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Vol.3 常磐病院におけるホールボディカウンタの導入の経緯

医療ガバナンス学会 (2013年1月8日 06:00)


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財団法人ときわ会 常磐病院
新村 浩明
2013年1月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


福島県いわき市にある財団法人ときわ会常磐病院では、平成24年4月1日よりCANBERRA社製「FASTSCAN」によるホールボディカウンタを導入 し、市民のために内部被ばくの調査を行っています。その検査結果は、MRIC Vol.651「いわき市を中心とした内部被ばく量測定結果」にて谷本哲也先生に報告していただいています。また当会のホームページでも結果を公開してい ます。http://www.tokiwa.or.jp/hallbodyanswer.html 本稿では、常磐病院においてホールボディカウンタを導 入した経緯をご説明したいと思います。

財団法人ときわ会常磐病院のあるいわき市は、福島第1原発からおおよそ30~60㎞の距離に位置します。原発事故後から1年以上経過した現在の空間線量は、場所によって異なりますが、おおむね0.05~0.2μSv/hで推移しています。
原発事故発生からしばらくは、情報不足のため、いわき市での生活が安全であるかどうか全く分からず、当初、多くのいわき市民は市外へと避難いたしました。 その後、いわき市では空間線量の値が比較的低く、また原発事故が少なくとも拡大はしていないことが知られるようになり、徐々に避難した市民の方々が戻って きました。いわき市民以外にも、福島市や郡山市より低線量であることや、冬季に雪の降らない温暖な気候などの理由で、相双地区から避難されている方が2万 人いらっしゃるといわれています。
しかしそのような中でも、内部被ばくの不安は払しょくできず、当初、多くの子供たちは外出を控え、最小限の外出時もマスクをしているような状況でした。ま た、食品の安全性もしかりで、情報不足が原因で多くの市民は、地元産の野菜などの食品はなるべく口にしないようにしていました。
このような内部被ばくの不安を解消するためには、正確な測定に基づいた情報公開が必要と考えられました。そしてまた多くのいわき市民は、お子さんを含め自 分たちの正確な内部被ばくの状況を知りたいと思っていました。しかし、県や市は対応が遅く、また情報公開も不完全で、余計、市民の不安をあおっているよう な状況でした。

そこで、ときわ会グループ会長常盤峻士より、ときわ会としても市民の不安解消のため、独自でホールボディカウンタの導入を検討するように職員に指示があり ました。平成23年9月のことであったと記憶しています。自分をはじめとして、担当職員は放射線被ばくの専門家のいないときわ会でホールボディカウンタを 導入することは、全く荒唐無稽なことのように思われました。しかし、常盤会長のいわき市民の不安払しょくに対する熱意に押され、とりあえずわれわれ職員は ホールボディカウンタの導入が可能かどうかの調査を始めました。
一概にホールボディカウンタといえども、さまざまな機種があり、どの機種を導入してよいのか全く見当もつきませんでした。当会の総務部門が手分けをして情 報を集めたところ、CANBERRA社製「FASTSCAN」の信頼性が高いとの情報が得られました。早速、CANBERRA社の日本代理店に問い合わせ ましたが、この時期には各施設からの問い合わせが多く、また受注生産で早くても翌年4月の導入であることが分かりました。また、納入価格も数千万と決して 安い買い物ではありませんでした。
この情報を常盤会長に伝えたところ、なんとしても早く導入しろ、値段は気にするなと強い調子で指示がありました。また採算を検討するに当たり、一人あたり の検査費をいくつか仮定し、収支のシミュレーションを行い、常盤会長に報告しました。しかし常盤会長の考えでは、全く収支は考える必要はない、とにかくで きるだけ多くのいわき市民が気軽に測定できるように、未成年は無料、成人は数千円で行うようにとの指示がありました。
とにかくできる限り早く導入し、できる限り多くのいわき市民を測定するために、常盤会長の指示があった翌日には発注を行いました。また、ホールボディカウ ンタを設置する場所も、常磐病院の院内の各所を検討したところ、放射線科の一画を利用することになりました。しかし、そこも現状ではすぐには使えない形状 であったので改装が必要であり、すぐに建築業者に設計をさせ工事の発注を行いました。

ときわ会として、実際のホールボディカウンタの導入の方法や測定の実際を知るために、福島県で先行して測定していた南相馬市立総合病院にお話を伺いたいと 考えました。南相馬市立相馬病院で内部被ばく測定を中心的に行っているのは、坪倉正治先生でした。幸いにも坪倉先生は、震災後に当院で透析困難となった際 に透析患者移送に大変なお力をお貸しいただいた、東京大学医科学研究所の上昌広先生の研究室から派遣されていました。そこで、上先生に当院でのホールボ ディカウンタの導入の是非を相談したところ、坪倉先生をご紹介していただきました。
まずは常磐病院の医師を含む職員全員が、ホールボディカウンタでの内部被ばく測定の必要性を理解するために、平成24年2月1日と22日の2回、上先生、 坪倉先生を常磐病院にお招きして「内部被ばくおよびホールボディカウンタ」の講演を行っていただきました。南相馬市の現状と測定結果につき詳しく解説して いただき、職員は放射線被ばくに対する正確な情報・知識を得ることができました。またできるだけ早く常磐病院にもホールボディカウンタを設置しなければい けないと感じるようになり、常磐病院において自分が中心となり、放射線科と検診室のメンバーで構成される「ホールボディカウンタプロジェクト」を立ち上げ ました。
本プロジェクトを通して、ホールボディカウンタ導入に向けて、さまざまな課題が上がりました。特に、南相馬市より人口の多いいわき市で、民間病院がホール ボディカウンタを導入することによって、検査希望者が殺到し日常業務に障害が出ないか危惧されました。また、予約方法や適切な検査料など決めなければいけ ない事項が多く、やはり実際に検査を行っている南相馬で学ぶべきとの結論に達しました。
坪倉先生のご紹介をきっかけに、福島県で先陣を切って内部被ばく測定を行っている「南相馬市立総合病院」との交流が実現しました。当地へ当院スタッフが可 能な限りうかがい、ホールボディカウンタ運用のノウハウを教えていただきました。震災以前であれば、国道6号線を北上すればいわき市から南相馬市へ簡単に 行けましたが、震災以降は立ち入り禁止エリアを大きく迂回しなければいけないため、片道3時間の行程でした。
当初、当院では電話による予約を考えていましたが、南相馬市立総合病院では、導入直後は予約や問い合わせの電話が殺到し、電話回線がパンクし救急隊からの 要請も受けられない程であったことをお聞きしました。そのためFAXやネットでの予約に切り替えることとしました。また、検査の流れや問診の内容、データ 解析などの細かな運用方法をお聞きすることができました。坪倉先生をはじめ、南相馬市立総合病院放射線科の皆様には、あらためて御礼を申し上げたいと思い ます。

また坪倉先生より、市民の皆さまは測定結果より、その値が安心安全なものなのか、また これからの生活でどのような対策が有効かなどの情報を知りたがっていることをお聞きしました。当院でもホールボディカウンタを導入するからには、結果をお 知らせするだけでは不完全で、個々の皆様に直接相談に乗ってあげられる「放射線相談外来」を立ち上げたいと考えましたが、当院にはその専門家が残念ながら いませんでした。そこで上教授に相談したところ、血液内科が御専門の谷本哲也先生をご紹介いただき、また 谷本哲也先生より森甚一先生、関谷剛先生をご紹介いただくことができました。これらの各専門家の先生方より、ホールボディカウンタで異常値が出た方を中心 に、詳しく放射線による健康被害に関して説明していただいております。
このような準備を経て平成24年4月のホールボディカウンタ導入に至りましたが、最後にどのような方々を優先して検査を行うべきかが、最も頭を悩ませまし た。常盤会長の指示で、ひろく市民の方々に検査を受けていただきたいと考えました。しかし、30万を超えるいわき市民に対しては、当院での1台のホールボ ディカウンタでは対応できないと考えられました。1回あたり2分間の測定ですが、着替えや測定の誘導の時間や、待合室のキャパシティを考えると、せいぜい 1日50名から100名程度が限度と考えられました。

そこで、いわき市の将来を担う若い人たちこそが優先して検査すべきとの、常盤会長の考えで、まず幼児を中心とした未成年の方の検査を行うこととしました。また、多くの方々に積極的に検査をしていただくために、料金も未成年の方は無料といたしました。
混乱を避けるために、ホールボディカウンタの告知は当会のホームページ上だけにし、いわき市内の幼稚園、保育園に常磐病院にホールボディカウンタが導入す ることを直接ご連絡いたしました。幼稚園、保育園の関係者、親御様の内部被ばくに対する関心は非常に高く、要請があれば当院職員が各施設に出向き内部被ば くの講演を行いました。当会放射線技師長秋山淳一が中心となり、内部被ばく測定の必要性や内部被ばくを避けるための注意点などに関し、平成24年3月より 市内の私立幼稚園を中心にまわらせていただきました。
こうして多くの園児らが当院で内部被ばく測定を行い、当院では園児の割合が、9月末の段階で総数4571人の検査のうち64%(2925人)もの高い割合 となっています。4月導入から9月末までの測定では、セシウム-137は 4571名中 4552名では検出されず、検出者は 19名(0.42%)でした。しかし、いずれのかたも10 Bq/kg 未満と非常に低い結果でした。これらのうち、小児の検出者は1名で、同居者では検出されず、また、本人の 1ヶ月後の 再検査では検出されませんでした。この結果より、事故後、1年7か月経過した現在、いわき市において特別な食生活をしない限り「慢性内部被ばく量」は非常 に少ないと考えられました。

以前、常磐病院を訪問してくださったベラルーシ共和国、ベラルド放射能安全研究所のアレクセイ・W・ネステレンコ氏によりますと、セシウムの半減期が長い ため、長期にわたっての内部被ばくの監視が必要で、必ず自家栽培や自家採取による食品からの被ばくを受ける方が存在し、そのような方々を早期に発見し指導 する必要があると述べられていました。いわき市も例外ではないと考えられ、常磐病院でも今回の結果で安心することなく、これからも長期にわたり、各専門の 先生方の助言をいただきながら内部被ばくの測定を続けていきたいと考えております。ときわ会グループでは、スローガンである『笑顔とまごころ、信頼の絆』 を合言葉のもと、今後も、広くいわき市民に安心できる被ばく医療を提供できるよう努力していく所存です。皆様方におかれましては、今後とも変わらぬご指 導、ご支援を賜りますよう心からお願い申し上げます。

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