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Vol.24 倫敦通信(第5回)~高齢化社会の先を行く街、相馬市

医療ガバナンス学会 (2013年1月25日 06:00)


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星槎大学客員研究員
インペリアルカレッジ・ロンドン公衆衛生大学院客員研究員
越智 小枝(おち さえ)
2013年1月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

ロンドンから相馬に来て早くも1か月が経ちました。地元の色々な方と交流させていただく中で、先日、「ライフネットそうま」というNPO法人(1)の方のお話をお聞きする機会をいただきました。
「ライフネットそうま」の主な活動はお年寄りだけの家庭に声掛け訪問をするボランティアで、「地域から孤独死を出さないこと」をモットーにしているそうです。行政区ごとの「ひまわり会」の会長がその区域のボランティアをまとめています。
お年寄りへの声掛け、という発想自体はさほど目新しいものではありませんが、ライフネットそうまの特徴は3点あります。1つはボランティアが皆、その地域の住民であること。2つ目はこれが市の委託事業である事。そして3つ目は「やりすぎない」ことです。
理事長の阿部孝志さんは、ボランティアのメンバーが地域の住民であるこの大切さを語ってくださいました。
「最初は嫌がっていたお年寄りでも、『あんたは○○さんの息子さんの知り合いかぁ』など共通話題をきっかけに話がはずんだり、安心してもらえることが多い んです。また、新入居者と古い住民の間には、どうしても交流が少なくなっていますが、このボランティアに参加することで地域に溶け込むきっかけになる人も います。」
また、顔の見える距離での付き合いが、継続性にもつながるそうです。ライフネットそうまが立ち上がったのは平成15年、市の委託事業に認定されたのが平成 19年。声掛けの輪が広がり続けて10年がたち、今では21行政区、約340名のボランティアが64名のお年寄りに声を掛けて回ります。ひまわり会の人々 の間にも、「自分も将来このボランティアを受けられる」という安心感が生まれたそうです。
メンバーの1人はご自身も後期高齢者でしたが、ボランティア活動への参加を希望されました。数年活動をつづけた後、「私も80にもなったし、今度は声を掛 けてもらうよ」と、声掛けサービスに申し込んだとのことです。このようなボランティアと利用者の循環が、近代化により切れかけていた地域のつながりを回復 させているのではないでしょうか。
また、地域には、昔から住民の交流を支えてきた区長や消防隊、委員会などがあります。住民のことを一番よく知っているこのような人々です。このような人が ひまわり会を兼任することで、「○○地区の△△さんも見て回ってくれないか」などという情報が入ってくるのも、地元に根付くボランティアの長所です。
更に地元の病院との連携も大切です。自宅で倒れている方を発見し、すぐに病院に連絡した例も何件もあるそうです。また逆に、「○○さんが透析に来ないんだ けど…」という病院の連絡でひまわり会の会員が自宅に伺い、倒れている患者さんを発見したこともあるそうです。ライフネットの体験実習で学んだ蘇生法を実 施しつつ救急車を要請した、というエピソードもあり、地元ではACR講習の希望者も増えたとのことでした。

何の事はない、昔からある助け合いではないか、と言われるとその通りなのですが、興味深い点は、このようなボランティアが市の委託事業となっていることで す。行政が直接介入してしまうと、地域を長年守ってきた人々との軋轢が生じ得ます。しかし近代化した町々では、行政が見守らないことには、途切れてしまっ た地域のつながりを回復することは難しい時代に来ているのではないでしょうか。市が委託する、という形でライフネットを介することで、普段は協力しにくい 行政・病院・地域団体が、住民を中心にゆるやかなつながりを持っている、というのが相馬市の特性かもしれません。

もう1つ、このNPOが10年も続いている理由の1つには、「やりすぎない」という点にあると思います。例えばライフネットそうまでは昨年から配食サービスを行っていますが、ユニークな点は認定基準が厳しく、かつ食事の量がとても少ないことです。
例えば、生活保護の方は別のサービス利用が可能なため、このサービスは受けられません。また配食は昼のみで、料理も1、2品程度。利用者からは「もう少し 食事の量を増やしてほしい」という要望もあるそうです。しかしライフネットでは過剰な援助はしない、という方針を立てているそうです。あくまで孤独死予備 軍の早期発見が目的である、と言う方針から割り切ったようです。
行政のコストカットの言い訳、という見方もあるかもしれません。しかし相馬市は、震災直後に市外からの避難者も含めた全員分の仮設住宅を建て、現在も相馬市民と同様のサービスを提供している特異な市です。
「『相馬市民も大変な時に他の市の世話を焼いている暇があるのか』、という意見も強かったんですが、『もとをただせば相馬藩だろう』ということで…」
と、当初市役所に勤めていたという副理事長の鈴木裕さんは当時の苦労を思い返して苦笑されていました。それは、その相馬市の委託事業である以上、単なる「ケチ」からこのような方策はとらない、という意見の現れにも感じます。

日本はボランティアの歴史が浅いため、サポートする側の熱意も、刹那的であったり、中だるみしやすいという特性があります。助け合いの精神はある一方、一 生を人の為に尽くすほどエネルギーのある人は少ない。和辻哲郎の「風土」ではありませんが、四季折々の国、日本ではアツいエネルギーが長続きしないのかも しれません。
またサポートされる側も「甘え下手」です。世話をされるのは申し訳ない、とサービスを拒否する人がいる一方、善意に一方的にすがりついてしまう方も多く見 られ、例えば病院のコンビニ受診の一因にもなっています。ボランティアという言葉が日本語として根付かないのもこういう理由があるのかもしれません。

むしろ日本の文化は「3方1両損」だ、というのは、高齢者の仲間入りをした私の父が常々言っていることです。「皆が少しずつ不満を抱えるくらいが丁度良い んだよ。」と。ひまわり会の活動をお聞きして、父のこの言葉を思い出しました。ボランティア活動では若者の参加を呼び掛けるところも多いのですが、ひまわ り会では無理に子供や若者などを募るようなこともせず、参加者は退職した方と日中時間のある主婦の方がとても多いということです。古株、という言葉があり ますが、しっかりと地域に根付くためには、人々にもそれなりの年季が必要なのかもしれません。相馬市には「井戸端長屋」(2)や「リヤカー部隊」 (MRICvol.254 http://medg.jp/mt/2011/08/vol254npo.html )など、古株のやる気・活気を拾い上げ る計画が多いそうです。「高齢パワー」だとか、長年生きてこられた方を無意味に煽るような計画に疑問を感じていた私には、ライフネットさんの方針はとても 納得がいきました。

お話を伺っている最中にも利用者がひとり増えました。息子さんが都心に住んでいるため、親に声掛けをしてもらえれば安心だ、と申し込んだとのこと。
「了解。あとはそちらのひまわり会でお願いしますね」
と事務所では申し込み書のコピーをとり、特に正式な認定書なども作らず地域に委ねます。ゆるくて長いつながりの秘訣を垣間見た気がしました。

≪参考文献≫
(1)http://www.pref.fukushima.jp/kenminundou/100sen/100sen-html/community100sen_47soma-city01.html
(2)http://www.city.soma.fukushima.jp/0311_jishin/melma/img/0228_nagaya.pdf

略歴:越智小枝(おち さえ)
星槎大学客員研究員、インペリアルカレッジ・ロンドン公衆衛生大学院客員研究員。1999年東京医科歯科大学医学部医学科卒業。国保旭中央病院で研修後、 2002年東京医科歯科大学膠原病・リウマチ内科入局。医学博士を取得後、2007年より東京都立墨東病院リウマチ膠原病科医院・医長を経て、2011年 10月インペリアルカレッジ・ロンドン公衆衛生大学院に入学、2012年9月卒業・MPH取得後、現職。リウマチ専門医、日本体育協会認定スポーツ医。剣 道6段、元・剣道世界大会強化合宿帯同医・三菱武道大会救護医。留学の決まった直後に東日本大震災に遭い、現在は日本の被災地を度々訪問しつつ英国の災害 研究部門との橋渡しを目指し活動を行っている。

 

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