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Vol.32 看護師養成の背景、意義および主体─千葉県の状況から考える(上)

医療ガバナンス学会 (2013年2月4日 06:00)


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この記事は時事通信社「厚生福祉」2012年12月21日号(5956号)からの転載です。

医療法人鉄蕉会亀田総合病院経営企画室員
社会福祉法人太陽会理事長補佐
小松 俊平
2013年2月4日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


●はじめに
社会福祉法人太陽会は、千葉県館山市において安房地域医療センターを開設しているほか、千葉県鴨川市において介護施設、障害者施設を開設している。太陽会 は、亀田総合病院を開設する医療法人鉄蕉会と協力関係にあり、亀田グループを形成している。太陽会は、安房地域医療センターの近隣において、安房医療福祉 専門学校を開設し、2014年4月から、3年間の専門課程による看護師養成を行おうとしている。1学年の定員は40人を予定している。
そのためには、多様な関係者に働きかけながら、人員、資金を確保し、施設、設備、規定、カリキュラムを整えていかなければならない。同時に、千葉県知事に よる専修学校の設置認可(学校教育法130条1項)と、厚生労働大臣による看護師養成所の指定(保健師助産師看護師法21条3号)を受けなければならな い。
太陽会において学校開設を具体的に検討し始めたのは、2012年4月のことである。5月に開設の意思を固め、6月に準備作業に入った。8月には学校設置計 画書を千葉県知事に提出した。これは専修学校の設置認可申請の事前手続きである。現在、2014年4月開学に向けた準備が進行中である。
その現場からみると、看護師養成をめぐる社会の状況や、政策上の問題、経営上の問題が浮かび上がってくる。本稿は、これについて述べるものである。

●千葉県における看護師不足
現在、千葉県では、全国2位の速度で高齢化が進行している。これに伴い医療・介護需要が急増している。医療計画における基準病床数の算定式と都道府県別将 来推計人口を用いた筆者らの試算(※1)によれば、千葉県の2030年の一般病床の需要は、2010年と比較して21%、病床数にして7242床増加す る。2030年の療養病床・入所介護の需要は、2010年と比較して109%、病床数にして5万6402床増加する。
これに対して、現時点の千葉県における医療資源は極めて貧弱である。千葉県が2011年に策定した医療計画(※2)によれば、2009年10月1日の人口 10万人あたりの病院一般・療養病床数は、全国974.5床に対して、千葉県709.0床、47都道府県中45位であった。2008年末の人口10万人あ たりの医療施設従事医師数は、全国212.9人に対して、千葉県161.0人、47都道府県中45位であった。2008年末の人口10万人あたりの就業看 護師数は、全国687.0人に対して、千葉県479.8人、47 都道府県中46位であった。しかも千葉県が2011年に策定した地域医療再生計画(※3)によれば、千葉県の2009年度の人口あたりの医学生数は47 都道府県中47位、看護学生数は47都道府県中45位であった。
今後、千葉県では、医療の需給がさらに逼迫していくと予想される。千葉県の地域医療再生計画は、「医療人材の不足」を課題の筆頭に挙げている。
とりわけ看護師不足は、千葉県における医療供給の大きな阻害要因となっている。保険診療においては、入院患者あたりの必要看護職員数が厳密に規定されてい るからである。千葉県には、看護師不足により実働していない許可病床が大量に存在している。こうした中で、千葉県は2012年3月20日、医療計画に基づ く3206床の病床配分を発表した。2012年10月24日には、さらに603床の病床配分の公募予定を発表した。
しかし、これを裏付ける看護師を確保できる目処は立っていない。2010年7月23日に開催された千葉県医療審議会地域保健医療部会における報告(※4) によれば、2009年度には千葉県で2382人あった看護師課程1学年定員は、2013年度には2083人にまで減少する見込みである。これには、千葉県 立衛生短期大学と千葉県医療技術大学校の千葉県立保健医療大学への改組に伴う160人の減少分が含まれている。
看護師養成を伴わない許可病床の配分は、実働しない許可病床を増やす。これが既得権益となって、現実に病床をより多く稼働させうる病院の増床まで妨げられ る。さらに、病院間の「看護師引き抜き合戦」が誘発される(※5)。一般社団法人全国公私病院連盟の「病院運営実態分析調査」によれば、2011年6月の 民間病院における医業収益に対する医業費用の割合は96.2%である。千葉県における民間病院の経営は、極度の人手不足の中で、わずかな利益を拾い上げる 努力の上に成り立っている。看護師引き抜き合戦の過熱による費用負担の増加は、病院の経営環境を悪化させる。千葉県の医療崩壊は別の次元に進みつつある。
安房地域医療センターでは、高齢者の救急患者が増える冬期に病床が不足する状況が続いている。病床利用率は上がり、平均在院日数は下がっているが、それで も病床不足の度合いは年々大きくなっている。入院診療業務の増加により、病棟に負荷がかかっている。病棟看護体制の充実が最大の課題だが、看護師の確保は 困難を極めている。安房地域医療センターは地方の中規模病院であり、全国的には無名である。他の都道府県から看護師を採用するのは難しい。このような状況 の中で、医療を安定的に提供し続けるためには、自前で看護師を養成する以外に道はないと覚悟したのである。

●医療計画の意義
千葉県の状況から、医療計画制度の問題を見て取ることができる。医療計画とは、医療法30条の4第1項に即していえば、「都道府県における医療提供体制の 確保を図るための計画であって、都道府県が、厚生労働大臣の定める基本方針に即して、かつ、地域の実情に応じて定めるもの」である。現行制度上、病床の整 備、医療従事者の確保は、医療計画に基づいて行われる建前になっている。
医療計画制度の中核をなすのが、基準病床数制度による病床規制である。一般病床および療養病床にかかる基準病床数は、医療計画の必要的記載事項であり(医 療法30条の4第2項11号)、2次医療圏ごとに算定される(医療法30条の4第5項、医療法施行規則30条の30第1号、別表6)。既存病床数が基準病 床数を既に超えている場合、あるいは超えることになる場合、都道府県知事は、病院開設・増床の中止または申請病床数の削減を勧告することができるとされて いる(医療法30条の11、平成24年医政発0330第28号)。さらに、この勧告に従わない場合、厚生労働大臣は、申請病床の全部または一部を除いて保 険医療機関の指定を行うことができるとされている(健康保険法65条4項2号)。
基準病床数制度による病床規制については、現状追認的であり、対人口比の地域間格差を許していること、許可病床が既得権益となり、新規参入者の権利ないし 利益が不当に扱われることなどが指摘され、これまでも、その合理性、合法性、合憲性に強い疑問が示されてきた(※6~8)。それでも厚生労働省は、基準病 床数制度の目的を、「病床の整備について、病床過剰地域から非過剰地域へ誘導することを通じて、病床の地域的偏在を是正し、全国的に一定水準以上の医療を 確保」することにあると説明し(※9)、病床規制を維持してきた。病床規制を支えてきたのは、「医療が供給過剰な地域に病床規制をかけておけば、医療の供 給が不足している地域の状況が間接的にせよ改善される」という論理であった。
しかし、供給不足にあえぐ千葉県で実際に起きた事態は逆であった。許可病床の配分により、実働しない許可病床が増え、これが既得権益となって、現実に病床 をより多く稼働させうる病院の増床まで妨げられた。病院間の看護師引き抜き合戦が誘発され、それまでどうにか病床を稼働させてきた病院の経営まで脅かされ る事態になった。千葉県の状況は、病床規制を維持する正当性が失われたことを示している(※5、10、11)。

●医療計画の限界
各都道府県の作成した医療計画は、分量が異様に多い割に中身がない。計画といいながら、将来予測に基づく行動方針を含まない。方針の実現を裏付ける人員、資金の話も含まない。
現行の医療計画制度は、「医師誘発需要の理論」を背景に、病院開設・増床の制限によって、医療費の膨張を抑えようというものであり(※12)、供給不足に対処する有効な手段を持たない。医療計画が基準病床数の記載以外に実質を持たないのは当然である。
医療・介護需要の動向は、将来推計人口から予測可能である(※1)。医療の提供は、これに基づいて計画されなければならない。しかし、基準病床数自体が現 状追認的な数字である。望ましい水準を設定したうえで需要を積み上げたものではなく、医療提供の基準にはなりえない。また、看護職員の需給については、各 都道府県が医療計画とは別に、厚生労働省の定める方針(平成21年医政発0828第1号)に基づいて見通しを作成している。その需要の把握方法は、各施設 にアンケートを送付して看護職員の配置予定を調査するというものであり、およそ医療・介護需要の動向を正しく反映しうるものではない。
医療計画制度を法学的観点から批判する阿部は、以下のようにいう(※8)。
「実は、需要と供給は市場で決まることで、行政的な測定は不可能である。今日、規制緩和が説かれている理由の一つはこの点が認識されだしたからである。こ れまで需給調整を行ういわゆる特許法制においては、需給調整は行政の広い裁量のもとで何とかごまかしてきたにすぎない。たとえば、タクシーの免許制では、 行政がタクシーの需要を算定するが、実はそれを適切には判断できないので、行政の裁量というヴェールのもとで正当化されてきたにすぎない」
行政の性質上、そもそも適切な需給予測が期待できないのであれば、行政に需給調整を担わせるのは無理である。
仮に千葉県健康福祉部医療整備課が、医療・介護需要の動向を正しく反映した行動方針を打ち立てたとしても、「縦割り行政」の中で、人員、資金を確保し、そ れを実現していくのは至難の業である。千葉県の医療行政は、看護師不足を認識していたが、教育行政ないし財政上の都合で千葉県立機関による看護師養成数が 減らされた。これが問題として報道されることもなかった。医療行政の最重要政策の実現が、教育行政ないし財政上の都合でこれほど簡単に阻まれるとすれば、 医療計画を作成する意味はない。

※文献
1.小松俊平, 渡邉政則, 亀田信介. 医療計画における基準病床数の算定式と都道府県別将来推計人口を用いた入院需要の推移予測. 厚生の指標 59(1), 7-13 (2012).
2.千葉県. 千葉県保健医療計画 (千葉県ウェブサイト, 2011).
3.千葉県. 千葉県地域医療再生計画 (千葉県ウェブサイト, 2011).
4.千葉県. 看護職員養成課程定員の推移 (千葉県ウェブサイト, 2010).
5.小松秀樹. 病床規制の問題3: 誘発された看護師引き抜き合戦. MRIC 566 (医療ガバナンス学会ウェブサイト, 2012).
6.行政改革委員会. 最終意見 96-98 (行政改革委員会, 1997).
7.総合規制改革会議. 規制改革の推進に関する第2次答申: 経済活性化のために重点的に推進すべき規制改革112-113 (総合規制改革会議ウェブサイト, 2002).
8.阿部泰隆. 行政法の解釈(2): 行政訴訟の最前線 67-144 (信山社, 2005).
9.厚生労働省. 基準病床数制度について (厚生労働省ウェブサイト, 2010).
10.小松秀樹. 病床規制の問題1: 千葉県の病床配分と医療危機. MRIC 539 (医療ガバナンス学会ウェブサイト, 2012).
11.小松秀樹. 病床規制の問題2: 厚労省の矛盾. MRIC 540 (医療ガバナンス学会ウェブサイト, 2012).
12.岩村正彦. 社会保障法入門(40). 自治実務セミナー 41(6), 11-17 (2002).

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