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Vol.100 ボストンマラソン爆弾テロ事件からの1週間

医療ガバナンス学会 (2013年4月23日 18:00)


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ハーバード大学リサーチフェロー
大西 睦子
2013年4月23日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


4月15日の午後、ボストンマラソンのゴール付近で、2回の爆発が発生し、3人が死亡、少なくとも10人が手や脚を切断され、170人以上が重軽傷を負い ました。その後、爆弾テロ事件として、米連邦捜査局(FBI)を中心とする必死の捜査が始まり、連日ニュースで報道されています。

爆発の起きたコプリースクエア(Copley Square) 周辺は、街の中心で、ボストンに住んでいる人や訪ねた人にとって、とても馴染みのあるところです。そのコプリースクエア周辺の地面は赤い血で染まり、捜査 中のため完全通行止めとなりました。地下鉄のコプリー駅は閉鎖されています。私を含め、市民は不安と緊張はあるものの、いつも通りの生活を取り戻そうとし ていました。ただ、やはり気になるのは、「誰が、どうしてやったのか」ということでした。

爆発事件の翌日、アラブ人の友人が、「テロだからといって、私たちアラブ人を犯人と疑わないでほしい」と嘆いていました。ボストンには、いろいろな理由で 故郷と決別し、必死で生きている人がたくさんいます。いつもはお互いの文化や考え方の違いをポジティブに理解し合いますが、このような事件が起こると、人 種、宗教の違いに誤解を生じます。爆発で犠牲になった子供の姿をみて、幼い子供を持つ母親は、胸が引き裂かれるような悲しみを感じ、「これからどれだけ用 心すればいいのか」という、不安と恐怖感で苦しみます。

そんな状況が続く中、18日の深夜、マサチューセッツ工科大学(MIT)で銃撃事件がおこりました。容疑者は、紛争のためチェチェン共和国から逃れるため に米国に移住してきた2人の兄弟でした。兄がタメルラン・ツァルナエフ容疑者(26)、弟がジョハル・ツァルナエフ容疑者(19)で、米国永住権を所有し ています。

その後、2人の容疑者は、車を盗んで逃走し、銃撃戦になりました。容疑者捜索が続くボストンは、「非常事態」下に置かれ、外出は禁止、バスや地下鉄など公 共交通機関がすべて停止となり、特殊部隊やFBI、地元警察などが現場に動員されました。タメルラン容疑者は銃撃戦の末死亡し、弟のジョハル容疑者は、 19日の夜に身柄を確保されました。

ところで、実は私、18日の夜にMITで銃撃事件が起こったとき、その隣のビルにいました。15人ほどの仲間と授業を受けていたのですが、突然、「緊急事 態、外に出ちゃ行けない」という連絡を受けました。そして「警察官が射殺された」との連絡をうけ、全く外に出られなくなりました。先生、仲間たちとMIT の教室で1時間くらいじっとしていました。「電気を消すとかえって怪しい、そのままがいい。」「ドアをロックしよう。」などの議論がつづき、「この部屋を 犯人が見つけたら、私たちは殺されちゃうのかな…」とも考えました。その後、なんとか裏道から逃げて、ようやく家にかえりました。

私がMITに閉じこもっていたときに驚いたことがあります。恐る恐る教室の外を見たときに、掃除の人たちが、いつものように働いていたのです。仲間のひと りの「危ないよ、どうして逃げないの?」という質問に、「彼らは仕事を失うのが怖いんだよ」と答えがありました。多くの不法移民者たちが、米国人がやりた がらない仕事を低賃金で働くことで、米国の経済を支えています。彼らは、何としても米国で生き残らなければなりません。

ところで、兄タメルラン容疑者は、米国移住後、五輪出場を夢見ながらボクシングに打ち込んでいましたが、背中を痛めて夢を断念し、その後大学も退学、「ア メリカ人の友人は1人もいない。彼らを理解できない」と話していたようです。「親切でおとなしく、勤勉だった」という弟のジョハル容疑者は、優秀な成績で 奨学金も獲得しています。ところが、マサチューセッツ大学に在籍後、成績が伸びず、兄と一緒にイスラム教の信仰を深めていったようです。

米国社会は勝ち負けがはっきりしています。勝ち組は賞賛され、負け組は、現状から這い上がることがとても厳しい社会です。内戦やテロなどのため、故郷を捨 て、夢を求めて米国に移民してきた人はたくさんいます。ところが、人種、宗教、文化の違いに戸惑い、さらにお金、家族の問題などのストレスで、生きること に希望を失っている人はたくさんいると思います。

現在、ジョハル容疑者は警察との銃撃戦で重傷を負い、病院に搬送されています。オバマ大統領は、「多くの疑問点が残されている。なぜ米国で育ち、学び、社 会の一員になった若者が、このような犯罪に走ってしまったのだろうか」と述べています。ジョハル容疑者の回復を待って、特別チームによって、この事件につ いての捜査が行われる予定です。

私の友人が、「僕はボストンで育ったわけじゃないけど、今回の事件で、第2の故郷として、ボストンの街や人を想う気持ちが強まった気がする」と言っていました。今回の事件は、社会に無関心であった人々の、心の団結につながったと思います。

私が、昨日ラボに行ったとき、友達がこう語っていました。「僕のアパートの目の前の病院に、マラソン爆弾事件の負傷者たちが搬送されて治療を受けているん だ。昨日、同じ病院に、ジョハル容疑者も搬送されてきて、今、治療を受けているんだよ。複雑な気持ちだよ。今回の事件がどうして起こったかはわからないけ ど、単に彼に精神的な問題があるからといって終わらせられないと思う。彼の家族や故郷の話を聞くと、相当なストレスがあると思うよ。彼がこんな状態になっ て、被害者と同じ場所に運ばれてくる前に、人種や文化などの違う人間が、お互いに理解し合って、平和に一緒に生活できる場所はないのかな。」

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