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Vol.104 対岸の火事か?鳥インフルエンザA(H7N9)の中国での感染拡大

医療ガバナンス学会 (2013年4月27日 06:00)


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山形大学医学部附属病院
検査部部長・病院教授
感染制御部部長
森兼 啓太
2013年4月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

2013年2月、中国からインフルエンザA(H7N9)のヒトへの感染事例がはじめて報告された。以後、感染症例の発見・報告が相次ぎ、4月26日現在 100名を超える数となっている。このまま感染者数が増え続け、やがては4年前のような新型インフルエンザとなって世界中で流行するのではないかという懸 念が持たれるのも無理はない。

A(H7N9)の流行や臨床情報に関しては、メディアでかなり詳細な情報が時々刻々と報道されているので、ご存知の方も多いだろう。世界保健機構 (WHO)や中国疾病対策センター(CDC)をはじめとする公的機関も、逐一情報を公開し更新している。中国は、現在のところ非常に迅速にこの疾患に関す る情報公開を行っている。ウイルスの遺伝子配列も公開し、ウイルスそのものを世界の研究者と共有している。学術的にも、中国CDCはすでに2本の学術論文 を発行している[1,2]。もっとも、決定的に重要な情報を隠しているのではないかという懸念は払拭できないが。

死亡した3例の詳細な臨床的情報は4月11日に論文で公表された[1]が、それを見ると全ての患者が発症後抗インフルエンザウイルス薬の投与を受けるまで に7日程度を要している。また、4月23日には82例の疫学的解析が公表された2]が、症例の77%が鳥をはじめとする生きた動物との接触があり、動物か ら感染したものと思われる。

ウイルスの性質に関しては、日本の国立感染症研究所のウイルス研究センターの田代氏らが、動物衛生研究所(茨城県)、およびアメリカと日本の双方で働く研 究者の河岡氏らと共同で、詳細な解析を非常に迅速に行っている。その結果はすでに学術論文として公開されている[3]が、基本的には鳥インフルエンザが起 源になっており、2009年のA(H1N1)のようにヒトのウイルスを起源とする成分は含まれていない。

このような情報をあわせて考えると、このウイルスはヒトからヒトへと容易に伝播する能力を備えていないと言え、パンデミック(世界的大流行)が差し迫っているとは考えにくい。

もちろん、先ほどの82例の解析において、残りの4分の1の症例は動物との明確な接触がなく、他の人から感染した可能性はある。また、少なくとも2つの家 族内で複数の患者が発生しており、家族内での伝播が疑われている。しかし、10年も前から散発的に鳥からヒトへの感染が続いているが、未だにヒトからヒト へ効率的に伝播する能力を獲得していない高病原性鳥インフルエンザA(H5N1)も、家族内での伝播はすでに数事例存在すると考えられている。

気になるのは、この病気にかかったときに重症になるのかならないのか、であるが、82例の症例報告ではすでに17例(21%)が死亡しており、残りも重篤 な患者が多いことから、このグループだけ見ると相当高い死亡率であるかのように見える。しかし、このウイルスによる感染症と診断されるためには、特殊な検 査が必要である。現状では重症な患者に限って検査が行われ、その結果軽症者が多数見逃されている可能性が否定できない。なお、インフルエンザ診療で我々が よく目にする迅速診断キットが、A(H7N9)感染症の診断に有効かどうかは不明である。

100例を超える症例について各所から発表されている疫学情報をざっと眺めてみると、都市部である上海の症例は多くが軽症であり、一方江蘇省や浙江省の症 例は多くが重症である。発症から医療機関受診、治療までの日数は不明だが、両省が上海に比べて医療へのアクセスが悪く、抗ウイルス薬による治療が遅れてい るのも一因ではなかろうか。

さて、日本では折しも、新型インフルエンザ等対策特別措置法が4月13日に施行された。実際に新型インフルエンザなどが発生したら、国・都道府県に対策本 部を設置し、水際対策として該当国の船や航空機の検疫を強化し、船や航空機の来航を制限することを要請できるとしている。場合によっては新型インフルエン ザ等緊急事態宣言を出し、都道府県知事が住民に外出の自粛を要請し、学校・社会福祉施設・興行施設などの使用制限や停止を要請または指示でき、医薬品・食 品等を業者から収用することができるなど、行政に大きな権限を持たせる内容となっている。さらに24日には、鳥インフルエンザA(H7N9)が感染症法上 の指定感染症と検疫法の検疫感染症に指定されることが決まり、5月上旬に施行される。

社会秩序を保つ上で、行政にある程度の権限を持たせるのは必要だと考える。しかしインフルエンザの流行に対してそれが必要であり、有効に作用するのだろう か?仮にA(H7N9)の流行が拡大し、日本でも患者が発生し(もう発生しているかもしれないが)、流行していくとしても、現在の疫学的および臨床的情報 から考えると、医療への良好なアクセスと早期治療がカギであり、流行を低くする最も重要な手段であると考える。

2009年のA(H1N1)流行のときも同様であり、検疫や渡航制限は意味を持たず、それらが及ぼす害の方がはるかに大きかった。これは、A(H1N1) の病原性が低かったこととは何の関係もない。インフルエンザが検疫で検知するには不向きな疾患であり、渡航制限がもたらす社会的損失は計り知れない。さら に、外出の自粛や施設の使用制限や停止の指示、物資の収容といった強権的内容が絵空事であり、社会混乱の防止を目的として実施するとされているこれらの施 策を実施した方がよほど社会の混乱をきたすと考えるのは、私だけであろうか。政府・厚労省には同措置法の適用に関して是非とも謙抑的であり、患者を診療す る現場の医療者を支援することを中心に施策を考えて頂きたい。

文献
[1] Gao RG et al. Human infection with a novel avian-origin influenza A (H7N9) virus. N Engl J Med. 2013 Apr 11. Epub ahead of print. PMID: 23577628
[2] Lin Q, et al. Preliminary report: epidemiology of the avian influenza A (H7N9) ourbreak in china. N Engl J Med. 2013 Apr 24. Epub ahead of print.
[3] Kageyama T, et al. Genetic analysis of novel avian A(H7N9) influenza viruses isolated from patients in China, February to April 2013. Euro Surveill. 2013 Apr 11. PMID:23594575

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