医療ガバナンス学会 (2013年5月2日 06:00)
そもそも、インフルエンザを、このような方法を用いて「水際」で防ぐことが出来るのでしょうか。サーモグラフィーは体表温度を測るものですから、その設定 温度によって、暑い部分が赤くでます。例えば、実際、熱があること以外にも、暑い外気温にさらされたり、アルコールを摂取したりしても赤くなります。また 逆に、熱があったとしても表面温度が高くなければ、機械で検知されないこともあります。
それから、インフルエンザには「潜伏期」がありますから、症状が出ていない時期に感染者を見つけ出すことは不可能に近いといえます。実際、2009年の H1N1豚インフルエンザ流行の際には、成田空港において348人のサーモグラフィチェックを行い、発見されたのはわずか10名でした。この結果を元にし たシミュレーションでは、空港で8名の患者が発見される間に、感染者100名が通過しているという結果も出ています。
水際作戦とはそもそも軍事用語であり、軍事的に効果が無いことは、硫黄島において栗林中将が自ら証明しています。
また、感染症対策においても、14から15世紀に流行したペストでは、汚染国から来た船を40日間沖に留め置きました。これが検疫quarantineの語源となってます。しかしながら、どの国もペストの脅威から免れることは出来ませんでした。
また、特措法に謳われている人の移動の制限や、国境閉鎖、学校閉鎖、集会の禁止なども、インフルエンザを含む感染症に風向だという科学的根拠は得られていません。
特措法は、小松秀樹氏が指摘するとおり、「国に巨大な権限を与えると、インフルエンザから国民を守ることができるという妄想」の元に作られています。イン フルエンザである限り、H7N9は日本に入ってくるでしょう。そしてある程度の広がりを見せて、終息してゆきます。最も重要な対策の基本は、その被害の程 度を抑える事にあります。すなわち、重症化を出来る限り防ぐことです。インフルエンザに罹って重症化しやすい人は、小さい子ども、高齢者、免疫機能が低下 している人達です。これらの人達が、必要なときに、滞りなく医療サービスを受けられることがインフルエンザ対策の第一義であり、科学的根拠に基づかない検 疫強化ではありません。
検疫は、検疫法に基づき行われます。これによれば、「隔離」とは英語のquarantineとほぼ同義で、有症者だけでなく、感染した恐れのあるもの(た とえ検査が陰性の健常人も含む)を、検疫所長の権限で留め置くことが可能です。この権限は、人の自由を制限する、すなわち基本的人権に関わる大きな権限で す。
1900年、米国カリフォルニア州、サンフランシスコ市で、中国人コミュニティから数人のペスト患者が発生しました。この際、中国人というだけで隔離の対 象となり、人道的にも経済的にも大きなダメージを生みました。米国連邦裁判所はこの措置に関して、「偏見に基づく違法な行為」としています。
繰り返しますが、インフルエンザを水際作戦で抑える、という科学的根拠はありません。そのような不確かな手法に対して、人権侵害をも引き起こす、「隔離・停留」という権力行使を許容する今回の措置法は、全く持ってナンセンスであり、廃止すべきであると考えます。
また、特措法の中心をなす検疫法は、昭和初期の時代遅れの法律であり、措置法の廃止とともに、検疫法の速やかな書き換えも、喫緊の仮題です。