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Vol.108 新型インフルエンザ対策が問いかけること

医療ガバナンス学会 (2013年5月7日 06:00)


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自治医科大学附属病院・感染制御部長、感染症科(兼任)科長、准教授
栃木地域感染制御コンソーティアム TRIC’K’ 代表世話人
森澤 雄司
2013年5月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


新たなる脅威・鳥インフルエンザ A (H7N9) をどう考えるのか
隣国で新たな鳥インフルエンザ A (H7N9) による感染症が発生しており、2009 年春から A (H1N1) 2009 インフルエンザで発生したような世界大流行になることが懸念されている。今回の中国の対応は迅速であり、すでに New England Journal of Medicine 誌上に 2 報の科学論文が掲載されている(文献 1, 2)。中国は世界保健機関 WHO に対する報告も素早く、インターネット上の報告も頻繁にアップデートされている(文献 3.)。また、わが国でも対応は早く、国立感染症研究所からリスクアセスメントと今後の対応のあり方が公表されており(文献 4)、また、国立国際医療研究センター・国際感染所センターからは病院における対応のあり方が示されている(文献 5.)。さらに保健所による健康危機管理のための情報支援システムがウェブ上に公開されており(文献 6.)、こちらも頻繁にアップデートされている。本稿を執筆している時点では鳥インフルエンザ A (H7N9) ウイルスが世界大流行をもたらす新型インフルエンザとなる徴候はなく、その可能性も高くないと考えられている(文献 7.)が、前述の 2009 年に経験した混乱から私たちは学び、現場レベルでは現実的な対応が実践されようとしていると判断してよいのではないか。
しかし、一方、新型インフルエンザ等対策特別措置法(文献 8.)の前倒しや唐突な法律による指定感染症・検疫感染症への指定が議論の過程が見えないままに強行されようとしている中、新たな混乱が発生することを危 惧するものである。しかし、2009 年当時の混乱は、当時の舛添要一厚生労働大臣が「勝手に」それまでに厚生労働省や内閣府が徴収していた専門家とは違う医師たちを呼び集めて提言させ、「自 称専門家」がさまざまなメディアで「勝手に」情報発信したことが原因であると内閣官房から御指導をいただいた(文献 9.)ので、ここでは「勝手な」ことは申し上げるまい。わが国は言論の自由を保障された民主主義国家であり、広く議論されることこそ国民のために有効な対 策を進める手段であると考えて公表した提言(文献 10.)も結果からみれば不適切なところもあったかもしれない。水際対策は無意味であった(文献 11.)と考えているし、個々の症例の対応は実際の診療にあたる現場の判断を尊重する枠組みをつくっていただきたい、という主張に変化はないが、ここでは 別の視点から以下に 2 点のみ問題提起として指摘したい。

1. 中国の感染症対策から学ぶべき点は取り入れるべきである
中国の医療は、医療機関へのアクセス、医薬品や医療技術のようなリソース、一般国民の保健衛生に関する意識など、率直に申し上げてわれわれの医療よりも厳 しい状況にあると考えるが、今回のインフルエンザに関する報告(文献 1.)によれば、「H7N9 ウイルス感染症疑い症例は 2004 年に設立された原因不明肺炎を対象とした中国監視システムを介して発見された」とある。わが国でも感染症法に基いて、疑似症定点医療機関は原因不明の発 熱・呼吸器症状を届け出ることになっている(文献 12.)が、残念ながら現場レベルではあまり認知されていないし、何より現場の医療機関で原因不明の急性呼吸不全の症例を診療する場合、診断を確定する努 力に優先して、様々な抗菌薬・抗ウイルス薬、ときには抗真菌薬まで併用された上、全身的ステロイド投与やその他の様々な補助療法が実施されてしまい、診断 が確定されないことはあまり注意されていないように見受けられる。また、疑似症定点が規定されていることから、その他の医療機関が何らかの新興・再興感染 症を疑ったとしても、保健所や地域衛生研究所などで十分に対応していただけるのか心許ない。諸外国の体制を参考にしつつ、さらには現場の感染症診療のレベ ルを向上させる国家的な取り組みが必要であろう。

2. 専門知が凋落した今日、さまざまなレベルでの対話こそが重要である
2009 年の新型インフルエンザの後、私たちは 2011 年 3 月に東日本大震災を経験した。そこから私たちの社会に生じた大きな変化の一つは、東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う「専門知に対する根深い不信」で ある(文献 13.)。原子力工学や放射線医学生物学、その他の関連する領域に関わる専門家の多くが「原子力ムラ」の「御用学者」とレッテルを貼られてしまい、”権威 づけられた” 「天下りの知」ではウェブから情報を収集して自分からも積極的に情報を発信する一般人を説得することは困難となっている。民主主義かつ高度情報化の進んだ 社会である今日、「自称専門家」を非難したところで何も得るところはない。重要事項に関する情報をメールやファックスで乱発するような対応が空しいことは 2009 年の新型インフルエンザで経験した通りであるし、密室の会議、「メモがありません」という裏ワザ、会議に先立った省内記者クラブへの意図的なリーク、など の手練手管から人為的に世論を味方にしようとする情報操作は前世紀の遺物であると考える。さまざまなレベルの対話から、現場における現実的な対応をよりよ くするための努力を中心に置いていただき、保健所や医師会が中心となって地域住民まで巻き込んだ対話が平常時から実現されるべきである。ゆっくりしている 場合でもないが、制度設計はそれぞれの地域で対話がもたれた後でもよいのではないか。

以下、無用のことながら
さて、拙稿を執筆している時点(2013 年 4 月 28 日)で判断する限り、中国で 100 例を超えた鳥インフルエンザ A (H7N9) が世界大流行を来す新型インフルエンザとなるのかは不明であり、新しく認識された感染症の常としてより重症な症例が先行して認識されることから当初の致死 率は過大評価であることは指摘しなければならない。今後の動向を見極めつつ対策を先行して検討していくべきであるが、しかし、一方、現実におけるわが国の 焦眉の急は風疹であることは指摘しておくべきであろう(文献 14.)。もちろん、風疹のことさえ考えればインフルエンザなどどうでもよい、というようなことはなく、その逆もあり得ない。バランスよく、安心して暮ら せる安全な社会生活を実現していくことを考えたい。
社会保障制度の抜本的改革や原子力発電の継続の可否、グローバル化にも負けない経済成長の実現、民主主義の根幹に関わる国会議員の定数問題などを意図的に 除外して、憲法改正の是非を国政選挙の争点とするような目くらましは政治主導とは程遠い次元の低さのようにも思われるが、おそらく安部晋三内閣総理大臣に よる何らかの高度な作戦の一旦であるに違いない。「新しい国へ」(文献 15.)向けて発展することを期待している。

<参考文献>
1. Gao R, Cao B, Hu Y, et al. Human Infection with a Novel-Origin Influenza A (H7N9) Virus. N Engl J Med 2013; DOI:10.156/NEJMoa1304459
2. Li Q, Zhou L, Zhou M, et al. Preliminary Report: Epidemiology of the Avian Influenza A (H7N9) Outbreak in China. N Engl J Med 2013; DOI:10.156/NEJMoa1304617
3. World Health Organization. Disease Outbreak News on Human Infection with Avian Influenza A(H7N9) Virus. Available at: http://www.who.int/influenza/human_animal_interface/influenza_h7n9/en/index.html
4. 国立感染症研究所. 中国における鳥インフルエンザ A (H7N9) ウイルスによる感染事例に関するリスクアセスメントと対応 平成 25 年 4 月 19 日現在. Available at: http://www.nih.go.jp/niid/ja/diseases/a/flua-h7n9/2276-a-h7n9-niid/3477-riskassess-130418.html
5. 国立国際医療研究センター. H7N9 インフルエンザ疑い例に対する国立国際医療研究センター病院での対応 2013 年 4 月 25 日 第 1 版. Available at: http://www.ncgm.go.jp/topics/h7n9_taio_20130426.pdf
6. 緒方剛. 保健所支援情報システム 鳥インフルエンザ H7N9 健康危機管理. Available at: http://www.support-hc.com/index.php?go=1xuZiN
7. 森兼啓太. 対岸の火事か?鳥インフルエンザ A (H7N9) の中国での感染拡大. MRIC by 医療ガバナンス学会 vol. 104(2013 年 4 月 27 日). Available at: http://medg.jp/mt/2013/04/vol104-ah7n9.html#more
8. 森澤雄司. 新型インフルエンザ対策特別措置法の成立を憂慮する – 熟議の国会はどこに去ったのか? -. MRIC by 医療ガバナンス学会 vol. 443(2012 年 3 月 26 日). Available at: http://medg.jp/mt/2012/03/vol443.html#more
9. 第 162 回 ICD 講習会. 新型特措法下のインフルエンザ診療. 平成 25 年 4 月 21 日(日)13:30 – 15:30, 東京国際フォーラム・ホール C (http://www.icdjc.jp/kako_klist2013.html)
10. 新型インフルエンザから国民を守る会. 政府による新型インフルエンザ対策の見直しに関する提言. MRIC by 医療ガバナンス学会 臨時 vol. 263(2009 年 9 月 25 日). Available at: http://medg.jp/mt/2009/09/-vol-263.html
11. Sato H, Nakata H, Yamaguchi R, et al. When should We Intervene to Control the 2009 influenza (H1N1) pandemic? Euro Surveill 2010; 15 (1): pii = 19455. Available at: http://www.eurosurveillance.eu/images/dynamic/EE/V15N01/art19455.pdf
12. 厚生労働省. 感染症法に基づく医師及び獣医師の届け出について. 摂氏 38 度以上の発熱及び呼吸器症状(明らかな外傷又は器質的疾患に起因するものを除く。). Available at: http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-07-01.html
13. 西垣通. 集合知とは何か -ネット時代の「知」のゆくえ-. 中公新書 2203, 中央公論新社, 東京 2013
14. 厚生労働省健康局結核感染症課長. 「先天性風しん症候群の発生予防等を含む風しん対策の一層の徹底について(情報提供及び依頼)」の一部改正について. 健感発 0226 第 1 号, 平成 25 年 2 月 26 日. Available at: http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou21/dl/130226.pdf
15. 安部晋三. 新しい国へ 美しい国へ 増補版. 文春新書 903, 文藝春秋, 東京 2013

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