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Vol.109 法律家たちの沈黙-厚労省事故調とりまとめ

医療ガバナンス学会 (2013年5月8日 06:00)


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この原稿は月刊集中5月号からの転載です

井上法律事務所
弁護士 井上 清成
2013年5月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1. 厚労省による初のとりまとめ案の提示
医療事故調の議論のとりまとめへの動きが急加速している。この1月の四病協合意、2月の日病協合意、3月の全国医学部長病院長会議報告と、医療界独自の考 え方が次々に提示された。これらはいずれも「院内事故調中心」と言ってよい。ところが、日本医療安全調査機構(いわゆる第三次試案・厚労省大綱案を引き継 いだモデル事業と同様)がこれらに対立している。ひと口に言えば、それは「第三者機関中心」の考え方と評してよいと思う。「第三者機関中心」論は、医療者 よりもむしろ、法律家(法律学者、弁護士)が主導している印象である。
「院内事故調中心」論と「第三者機関中心」論の対立の中で、厚労省は自らのスタンスを打ち出さぬままで来た。ところが、4月18日、厚労省検討部会(第 12回医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会)において、この4月に医療安全推進室長に就任したばかりの大坪寛子氏が、積極的に厚労省検 討部会のとりまとめ案を提示したらしい。

2.「第三者機関中心」論寄りの折衷案
もともと厚労省検討部会は、「第三者機関中心」論が大勢である。その1つの特徴は、いわゆる患者被害者側弁護士、いわゆる医療側弁護士、いわゆる医療系の 法律学者といった一群の法律家が、その基調において一致して議論をリードしていたことにあった。そのため、医療界独自の考え方(「院内事故調中心」論) は、1つの重要なファクターとして採り上げはするが、いくつかのファクターのあくまでも1つとして、相対化されている。
そのような中で、今までは自由な議論をさせたままで注視していただけであった厚労省が、いよいよ腰を上げた。当然、大坪医療安全推進室長は、折衷案ではあるが、「第三者機関中心」論寄りの案を、そのとりまとめ案として提示することになった。
実質的に「院内事故調中心」論の一部を採り入れてはいるが、やはり「第三者機関」をその中心に位置付けたものと感ぜざるをえない。次回の検討部会は5月 29日(水)午後1時に予定されている。とりまとめ案の詰めの議論は、もう少々続く。ただし、夏以降に提出される医療法改正案の作成までがリミットと想定 されているらしい。検討部会において、ならびに、医療界において、医療事故調とりまとめに関するしっかりした議論がなされることが期待される。

3. 法律家の思考の2つの基本
議論を詰める際に、嫌なことではあるが、是非とも知っておかねばならないことがあると思う。それは、法律家一般の思考傾向の基本である。根本的なことが2 つはある。ただ残念なことに、多くの法律家は、この2つを明言したがらない。しかし、これからの詰めの局面では、どうしても法律家がさらなる主導権を握る であろうから、あえて露骨に明示しておく必要があると思う。

4. 現行の刑法と民法の護持―基本その1
多くの法律家は、「医療にも業務上過失致死罪(刑法第211条第1項)の適用があるのは、当り前である。」と感じている。また、「医療にも民法はそのまま 適用され、債務不履行や不法行為に基づく損害賠償は、当り前である。」とも考えているし、むしろ当り前すぎて考えもしない。
少し誇張し過ぎかも知れないが、そんなところである。現行の刑法と民法の護持は当然、とまで言い切ってよいかも知れない。それゆえ、真正面から議論するの は逆に余りにもKYと感じ、結局、この議論はタブーとなっているに等しいのである。つまり、多くの法律家は、誰もこの当否について言及したがらない。
誤解されないように念のために付け加える。筆者は、それら法律家を非難しているのではない。ただ、その法律家の常識を知らないままに医療事故調の議論をと りまとめると、近い将来において二度と、医療における業務上過失致死罪の「法改正」云々といった議論は芽生えなくなるであろう、ということだけである。後 で言ったとしても「結着済み」と一笑に付されるだけでしかない。
とりまとめを決断する際に医療界は、まだ見ぬ未来の若い医師達に将来、「戦犯」「裏切者」などとあらぬ非難を浴びぬよう、よくよく考慮して議論しておくべきことではあろう。

5. 刑罰より先ず行政処分をー基本その2
多くの法律家は、「刑罰に処せられた医師だけが医業停止・戒告の行政処分を受けるのはおかしい。」「まずは民事、次に行政処分、最後にぎりぎり刑罰が世間 では当り前なのに、医療界だけは順序が逆なので変だ。」と感じている。もちろん、業務上過失致死罪を拡大しようと考えているのではない。むしろ、縮小しよ うと考えている(ただし、既述のとおり、廃止はありえない)。端的に言えば、「行政処分の数(特に、戒告レベル)を増大させるべきである。」と秘かに思っ ていよう。
もちろん、多くの法律家は、それがただちに実現できるとも思っていない。医道審議会で永年にわたり積み重ねられた慣行が邪魔しているからである。スルリと実現するためには、何か突破口が必要だと感じていた。
突破口は「医師の心情」に見つけたり、と察知した法律家もいたことかと思う。医師の心情とは、あえて誇張して表現すれば、「刑罰への怯え」と「警察取調べ への嫌悪」と言えるかも知れない。当然の心情である。しかし、この余りにも当然の心情が突破口となり、医療界を一時は盲目的に「行政処分数の増大」へと走 らせ、法体系の適正化(「民事→刑罰→行政処分」から「民事→行政処分→刑罰」へ)にもう一歩の所まで届きかかった。それこそが第三次試案であり医療「安 全」(注・「事故」ではない。)調査委員会設置法案大綱案だったのである。
その法テクニックは、医師法第21条改正と第三者機関中心論という2つを根幹としていた。行政処分数の増大を、医師法第21条改正の取引条件として甘受し、第三者機関中心を代償措置として甘受しようとしたものだったのである。

6. 医療界の決断に向けて
この春から夏にかけて、医療界は医療事故調について重大な決断を迫られよう。医療界のインフォームドコンセントにとって、法律家の思考の基本の2点の知識は、重要かつ不可欠な情報と考えた。ゆえに、少し誇張気味ながらも、大胆に明示した次第である。

 

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