最新記事一覧

Vol.123 医療事故調をめぐる議論の現状と行方(2)~それでも第三者機関は必要か?~

医療ガバナンス学会 (2013年5月25日 06:00)


■ 関連タグ

諫早医師会副会長
満岡 渉
2013年5月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


長崎県医師会報2月号(805号)で、「診療関連死を、医師法21条に基づいて警察に届ける代わりに『医療事故調』を創設すべきである」という論理は、根 拠がなくなったと述べた(1)。診療関連死は医師法21条で定めた異状死体とは無関係であり、そもそも警察に届ける必要がないからである。それでも中立的 第三者機関(=医療事故調)は必要だと主張する人々がいると思う。筆者の立場は、中立的第三者機関は医療にとって有害であり、創るべきではないというもの である。「中立的」を、「公的」「権威ある」「唯一の」と言い換えてもいい。本稿では中立的第三者機関がなぜ有害なのか、どのような組織であれば医療者・ 国民双方にとって有益なのかを述べたい。

■ふたつの事故調
現在までに医療事故調査のあり方について、いくつかの案が発表されている。厚労省が2008年に発表した医療事故調の大綱案(2)、同年の民主党案 (3)、日医が昨年(2012年)9月に発表した日医案(4)、昨年末に発表された医療法人協会(医法協)案(5)、医法協案をベースにした四病院団体協 議会(四病協)案(6)と日本病院団体協議会(日病協)案(7)、NPO法人医療制度研究会の中澤堅次氏の中澤試案(8)、全国医学部長病院長会議の案 (9)などである。これらは大きく、中立的第三者機関が主体となって事故調査を行う「第三者機関型」と、院内調査を重視する「院内調査型」とに分けられる (10)。
・第三者機関型・・大綱案、日医案、(産科医療補償制度)
・院内調査型・・・医法協案、四病協案、日病協案、中澤試案、全国医学部長病院長会議案

「第三者機関型」でも院内調査は行われるし、「院内調査型」でも第三者的な機関が設置されている。よって両者の区別は明確でなく、区別する意味もないと思 われるかもしれない。しかし実際には両者の事故調査の方向性はまったく異なっている。結論から言えば、第三者機関型は医療者の責任追及を、院内調査型は医 療者による自律的解決を指向している。両者の区別も容易だ。ポイントは大きく二つ。ひとつは、第三者機関への届出が強制(全例・網羅的)か任意かという 点。もうひとつは、事故調査報告書が訴訟に利用できるか否かという点である。医療機関からの第三者機関への事故報告を強制し、現場の頭越しに第三者機関主 導で調査を行い、調査報告書を訴訟に活用するのが第三者機関型、そうでないのが院内調査型だ。民主党案は、第三者機関への届出は任意だが、調査報告書が訴 訟に使用できるので、両者の中間型といえる。また、産科医療補償制度は、対象は医療事故ではないが第三者機関型の典型だ。第三者機関型の事故調査の本質が 責任追及であることを、以下に明らかにしたい。

■入り口は再発防止、出口は医療訴訟というからくり
医療事故調査の目的は大まかに次のようなものだ。
(a)原因分析と再発防止
(b)当事者の処分(再教育・責任追及)
(c)患者・家族への説明(と納得)
(d)患者・家族への金銭補償
このうち、誰もがもっとも重要だと認める目的が、(a)事故の原因分析と再発防止である。事故情報を広く集めて分析し、再発防止に役立ちそうな情報を抽出 し、関係者に周知する。典型的には、薬品Aと薬品Bの名前が似ていたから誤投与が起こった、よって再発防止のため名前を変更する、というようなものであ る。原因分析と再発防止の重要性に異論はない。しかし第三者機関型の医療事故調は必要ない。なぜなら既に日本医療機能評価機構の医療事故情報収集等事業が あるからである(11)。平成16年に始まり、医療事故情報やヒヤリ・ハット事例の収集・分析・報告という、地味だが重要な仕事をしている。では、医療事 故情報収集等事業と第三者機関型の事故調はどう違うのだろうか。前者は完全匿名化、後者は匿名化なし。前者は自発的報告、後者は強制的報告。前者は情報を 訴訟に使われる可能性がなく、後者はある。第三者機関型事故調が、事故情報の収集に向いていないのは明らかであろう。

4つの目的のうち、とくに (b)の責任追及は、(a)のための情報収集とは両立困難であることが広く知られている。自身の責任追及に使われるとなれば当事者は情報を出せなくなる し、情報の提供を強要すれば、黙秘権をはじめとする基本的人権の侵害になりかねない。したがって(a)と(b)は別組織で行うのが世界の常識であり (12)、実際「院内調査型」では、(b)を排除するために、届出を任意にし、原則として事故報告書を訴訟に使えないようにしている。だが「第三者機関 型」はそうではない。わざわざ「責任追及が目的ではない」と断りつつ、届出を強制し、訴訟に使用できる事故報告書を交付する。本当に責任追及が目的でない なら、そんな苦しい言い訳をせずとも、届出を強制せず、事故報告書を証拠制限すればよい。そうしないのは、端的に言って、再発防止のためという医療者に反 論しにくいレトリックで事故情報を提供させ、それを訴訟に活用したいということだろう。巧妙なからくりだがよく考えれば入口と出口が違う。

実は同じからくりが既に産科医療補償制度で使われている。産科医療補償制度では、脳性まひの児の生まれた分娩機関から、再発防止の名のもとに事実上強制的 に情報を提出させる。この情報を基に、原因分析委員会が、行われた医療行為の「ガイドライン違反」を摘発・列挙して児の家族に送付するという仕組みだ。 「再発防止のために、医師は”自発的に”情報を提供すべきである。もちろん責任追及が目的ではないけれど、結果的にあなたの情報があなたに不利に使われた としても、それがプロフェッショナル・オートノミーなのだから仕方がないでしょう」とは、昨年の産科医療補償制度の討論会での、制度を運営する高名な産婦 人科教授の説明(大意)である。

■第三者機関推進派の本音は責任追及
昨年10月26日の「医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会」は、厚労省医事課長が医師法21条の拡大解釈を撤回したことで注目を集めた が、その他にも極めて貴重な発言が飛び出した実り豊かな(一般的な意味では大荒れの)会議であった(13,14)。中立的第三者機関推進派の中心人物であ る弁護士2人が、白熱した議論の中で、はしなくも事故調査の目的が「故意・重過失を見つけること」であると口を滑らしたのである。彼らの発言を聞いてみよ う。
加藤良夫弁護士(栄法律事務所)「故意または故意と同視すべき犯罪がある場合は、その判断を速やかにするという仕組み、どうやってつくっていくのかという ことですね。私は、第三者機関に全て届け出ると。まず、報告がなければ調査に入れませんので、報告を網羅的に広く吸い上げるという抽出力を、国家とし て・・しっかりと報告という形で上げていって、調査をして初めて、故意、重過失等の色彩がわかってくる、そういう性質のものだということですね。」
宮澤潤弁護士(宮澤潤法律事務所)「通常の医療の中で犯罪行為というのは出てきてしまう可能性がある行為だと思うのです。・・ただ、結果だけを見ると、故 意犯というのもどうしても混じってくる可能性はある。だから、それを分けながらやるというよりも、・・全体を第三者機関のほうに委ねるということを考えて おかないと、なかなか難しいと思います。」
これで第三者機関への報告が全例・強制である理由がはっきりする。彼らにとって事故調査の目的は再発防止などではなく犯罪捜査なのである。けしからん医者を見つけて断罪したいということだ。これに対する医療側の委員の反発は悲痛なほどだった。
中澤堅次医師(NPO法人医療制度研究会)「ぜひ御理解いただけたらありがたいと思っているのは、要するに犯罪と一般の医療行為とは物すごく正反対なわけ ですよ。その正反対の医療行為の中で医療者の犯罪が疑われるという形で物事が進むと、もうふだんの診療行為は全部だめになります。信頼性において動いてい るのが医療ですので、その信頼ということの中で、私たちがふだん考えてもいない犯罪のことまで一つのものの中に入れて議論しなければいけないということそ れ自体が、もう本当にどうしていいかわからない、恐らく医療全体の大混乱に私はなると思っている」「ふるい分けをするのなら警察でやろうが、第三者機関で 扱おうが、それは同じことだと思います。ふるいを広くかけて、その中から悪いものを取り出すのだという手法は、ふるいの中に入る人は全部疑いをかけられて 入るわけです。・・ふるいをかける側に立てばこれほど都合のいいことはない。だけれども、ふるいにかけられる方の立場から考えると、これはやはり人権の侵 害と無関係ではない。」
有賀徹医師(昭和大学病院病院長)「今の宮澤先生のおっしゃっていることは、法律家としては多分正論なのだと思いますけれども、医療者はとてつもなくたま らない。加藤先生がおっしゃったみたいに、たくさん集めて、よし、よし、よし、ペケというふうな形をもしとるならば、そんな業界に私たちはもう働くことを しません。これは嫌なのです、そんなものは。」
厚労省の一会議で、日本の医療を左右するこれほど重大なやりとりが行われていることをすべての医療者は知るべきだろう。ぜひ議事録で直接確かめていただき たい(13)。第三者機関推進派の、少なくとも中枢にいる人々がこのような考えを持っている。彼らの求めているのは事故調査に名を借りた犯罪者捜しであ り、責任追及そのものである。

日医で昨年末に行われた「医療事故調査に関する検討委員会」では、第三者機関型の事故調査でなければ患者側の納得を得られないという意見が大勢だったと聞 く。われわれは患者側の納得を得るために何をするべきなのか。事故原因の説明・謝罪・金銭補償・再発防止策の検討などは分かるが、上記の弁護士のように、 残念ながら一部の人々は、医療者の責任追及・処罰を求めている。このような人々の納得を得るために、診療関連死が起こるたびに医療者を責任追及のふるいに かけるなら、誰もがハイリスクの医療から逃げ出してしまうだろう。結果的に他の多くの国民の不利益になりはしないか。そもそも彼らは本当に患者の代表で、 話し合いのカウンターパートとして適格なのだろうか。

誤解のないように付け加えるが、筆者は医療者の責任追及をしてはいけないといっているのではない。それが必要な場合もある。しかし責任追及は「医療」ではない。医療が対象であったとしても、責任追及を担う主体は「司法」であるべきだろう。

■医療の内と外
院内調査型のシステムの特徴は、「医療の内と外」(15)とを明確に切り離していることである。事故が起こった時、原因を分析し、結果を患者・家族へ説明 するのは医療の一部だ。再発防止策を講じるのも医療のプロセスの内だろう。しかし、補償や賠償は医療のプロセスの外であり、責任追及や処罰も、医療ではな く司法の役割だ。プロフェッショナル・オートノミーとして、医療者が自律的に処分すべきだという考えがある。だがそれは再教育など医療の向上のための処分 であって、責任追及や処罰とは自ら性格が異なる。医療が司法や警察の真似をすべきではない。

院内調査型の仕組みを、医法協案を例にとって説明する。医療機関は診療に関連した予期しない有害事象が発生したとき、院内事故調査委員会を設け調査を行 う。院内事故調は事故の原因分析を行って事故調査報告書を作るが、報告書は原則として証拠制限される。医療機関はこの結論部分を患者・家族に説明する。患 者・家族が説明に納得したらこれで終了だが、納得が得られない場合には、院内調査が妥当であったかどうかの評価を院外調査機関に依頼する。院外調査機関は みずから調査をせず、院内調査の検証・評価のみを行う。医療機関はこれを踏まえて、院内調査が妥当であれば改めてその旨患者・家族に伝え、調査が不十分で あれば再調査などを行うことになる。院外調査機関は、地域医師会・病院団体・大学病院などのメンバーで構成され、再発防止のため匿名化した情報を日本医療 機能評価機構などに報告する。

図 院内調査型の事故調査案 ( http://expres.umin.jp/mric/mric.vol123.ppt )

これらを経てもなお、患者・家族の納得が得られない場合は、医療の外のプロセス(=紛争)として、示談・ADR・訴訟などに移行することになる。院内事故調の報告書は内部資料として、患者・家族に交付されないが、当然ながらカルテ開示請求の権利は保障される。

これと対比するため、日医案(4)を例にとって第三者機関型の図も示しておく。第三者機関は、医療機関から事故報告を強制的に提出させ、医療機関に調査の 指示を出し、あるいは調査チームを派遣して、いわば現場の頭越しに調査を行う。調査報告書は医療機関と患者・家族に交付され、訴訟に使用できる。院内調査 と患者への説明・対話はないがしろにされ、現場の自律的な解決がむしろ妨げられるのが第三者機関型である。問題の調査報告書の内容だが、前述の第三者機関 推進派の弁護士の発言や、産科医療補償制度の貴重な経験から考えて、行われた医療行為の「ガイドライン違反」を網羅・摘発する事実上の鑑定書になることは 間違いないであろう。

図 第三者機関型の事故調査案 ( http://expres.umin.jp/mric/mric.vol123.ppt )

■それでも第三者機関は必要か
第三者機関型は、表向きは「再発防止のため」という「医療の内」の目的であることを装いつつ、その調査結果を「訴訟」という「医療の外」の場で活用するこ とを想定している。換言すれば、中立的第三者機関の機能は、医療の内と外の境界を取り払うことにある。境界が取り払われるというと一見良いことのように思 えるが、それは医療が、「医療の外」の論理にむき出しで晒されることを意味する。

実際の医療現場には様々な制約と不確実性がある。また医学は紛れもない実験科学であり、本質的に試行錯誤の積み重ねである。医療者は診療ガイドラインとい う形でとりあえずの理想を掲げるが、現実が理想通りになることはない。そもそもガイドラインに書かれた理想は仮説的・暫定的で、日々更新されるべきもの だ。診療行為に望ましくない結果が出るたびに、どうしてガイドライン通りに行わなかったのだと医療の外の論理で断罪されれば、医療者は立ち去り、医学は死 んでしまう。我々が行うべきなのは、警察や司法の真似ではなく、医療行為の一部として事故原因を分析し、患者・家族に誠意をもって説明し、必要なら謝罪す ることに尽きる。院内調査型の精神は、現場の医療者が医療行為の中でできる限り患者・家族と向き合うことであり、多くの医療者の理解を得られるものだと思 う。

■事故調の行方
本稿の大部分を書き上げた後、前述の厚労省の検討部会(10)で事故調案が大筋で合意に至ったとのニュースが届いた(16)。第三者機関の創設を盛り込ん だ医療法改正法案を今秋の臨時国会にでも提出するらしい。記事を精読していただければ分かるが、この合意は、一見院内調査型を取り入れているよう見えても 本質は第三者機関型である。検討部会内の多勢に無勢で、第三者機関推進派に押し切られたということだ。これは危機だと思う。現場の医療者に今こそ大きな声 を上げていただきたい。

<参考資料>
(1) 満岡渉:医療事故調をめぐる議論の現状と行方
MRIC by 医療ガバナンス学会 vol38, 2013年2月11日

http://medg.jp/mt/2013/02/vol38-21.html

(2) 医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000022qp8-att/2r98520000022qu5.pdf
(3) 医療事故調査制度民主党案と政府案の対比表

http://y-sengoku.com/05/0808image/080820-02.pdf

(4) 日医案

http://www.jsrm.or.jp/announce/030.pdf

(5) 医療法人協会案
www.j-bee.com/ihokan/mca/doc/iryoujiko04.doc
(6) 四病院団体協議会

http://www.hospital.or.jp/pdf/06_20130308_01.pdf

(7) 日本病院団体協議会案

http://www.hospital.or.jp/pdf/06_20130308_02.pdf

(8) 中澤試案

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002ukg8-att/2r9852000002ukmh.pdf

(9) 橋本佳子:「事故調査は医療者の責務」、全国医学部長病院長会議
m3.com 医療維新, 2013年3月28日.

http://www.m3.com/iryoIshin/article/168998

(10) 中澤 堅次:厚生労働省医療事故調査検討部会における二つの流れ
MRIC by 医療ガバナンス学会 Vol.93, 2013年4月15日

http://medg.jp/mt/2013/04/vol93-1.html

(11) 医療事故情報収集等事業

http://www.med-safe.jp/

(12) 医療安全報告制度/WHOガイドライン

http://kurie.at.webry.info/200804/article_19.html

(13) 第8回医療事故に係る調査の仕組み等のあり方に関する検討部会議事録

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002pfog.html

(14) 井上清成:医療事故調は捕物帳なのか
MRIC by 医療ガバナンス学会 Vol.15, 2013年1月17日

http://medg.jp/mt/2013/01/vol15-1.html

(15) 井上清成:医療事故調査委員会の考え方―中立的第三者機関は不要かつ有害―
MRIC by 医療ガバナンス学会 Vol.555, 2012年7月27日

http://medg.jp/mt/2012/07/vol555.html

(16) 橋本佳子:事故調の創設法案、今秋国会の提出目指す
m3.com 医療維新, 2013年4月19日.

http://www.m3.com/iryoIshin/article/170536/

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ