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Vol.126 医療法改正反対―WHOガイドラインに反する厚労省案

医療ガバナンス学会 (2013年5月27日 18:00)


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井上法律事務所 弁護士
井上 清成
2013年5月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1. WHOガイドラインに反する厚労省案
厚労省の医療安全推進室がまた暴走をし始めた。4月18日付けの厚労省とりまとめ案(医療事故に係る調査の仕組み等に関する基本的なあり方と論点)も酷 かったが、5月29日付け(予定)の改訂案も酷いらしい。文章と図解とに巧妙に項目を分散させて印象を薄めようとしながらも、内容は全く変えられていない だけに、かえって狡猾に感じられて鼻に付くものとなっているようである。
かつての第三次試案・大綱案を、官製民間版としてであってもどうしても復活させたいらしい。もうあの時から5年も経っているにもかかわらず、改善しようと せず、単なる復刻版といった印象である。たとえば、WHOガイドライン(患者安全のための世界同盟 有害事象の報告・学習システムのためのWHOドラフト ガイドライン 情報分析から実のある行動へ。監訳・一般社団法人日本救急医学会と中島和江。へるす出版)をも一顧だにしていない。
こんな調子で医療法改正にまで引きずられてしまったら、リスクの高い診療科の医師は減少し、リスクの高い医療は回避されてしまう。産科医療補償制度によっ て引き起こされてしまった現象(産科医の減少、産科から婦人科への移行など)が、すべての診療科に蔓延する。ちなみに、産科医療補償制度のアイデアは、今 回の厚労省とりまとめ案と等しい。これでは医師の人権が侵害されかねず、果ては、受療の機会を失う患者すなわち広く国民が可哀想であろう。

2. 1つの制度に2つの機能は難しい
WHOガイドラインの冒頭「監訳にあたって」で、中島和江医師は次のように述べている。「医療安全のための事例収集・分析・対応を行う現行の制度は『学習 を目的とした報告制度』と『説明責任を目的とした報告制度』に大別されています。前者は医療の専門家団体により行われていることが多く、幅広く事例を収集 して得られた教訓を基に安全なシステムを構築するための制度であり、後者は主として医療に関する監督官庁などにより実施されており、国民に対して説明責任 を果たすことが目的で、当事者が懲罰や処分の対象となる場合もあります。これらの制度は目的が異なることから、1つの制度に2つの機能をもたせることは難 しいと述べられています。」
ところが、厚労省とりまとめ案では、今もって「2つの機能」をもたせようとしている。「原因究明及び再発防止を図り」とあるが、すなわち、「原因究明」と は「説明責任を目的とした報告制度」のことであり、「再発防止」は「学習を目的とした報告制度」に相当しよう。厚労省とりまとめ案は、そもそも根幹からお かしい。

3. 非懲罰と機密の保護
中島医師は続けて、「医療の安全に資する制度には、当事者に対する非懲罰(nonーpunitive)と、患者や医療従事者の個人情報を含む報告内容につ いて機密の保護(contidentiality)が保証され、そのためにも監督官庁や司法機関などから独立(independent)していることが必 要であるとされています。」と紹介している。現に、「第6章 成功する報告システムの特性」の箇所(同書45頁以下)には、非懲罰性と秘匿性が重要な特性 として挙げられているが、まさにそのとおりであろう。
・「患者安全に関する報告システムとして成功するものは、次の特性を備えています。
・報告することが、報告する個々人にとって安全でなければなりません。」
・「非懲罰性
患者安全に関する報告システムが成功する上でもっとも重要な特性は、そのシステムが懲罰を伴ってはならないことです。報告書とその事例にかかわった他の人々のいずれについても、報告したために罰せられることがあってはなりません。」
・「秘匿性
患者と報告者の身元は、いかなる第三者にも決して洩らされてはなりません。医療機関のレベルにおいては、訴訟で使われ得るような公開される情報は作成しないことで秘匿性を保ちます。」

4. 草案を参考にした確定的なルール
これらの重要な特性は、オーストラリアのランシマン教授も挙げているらしい(同書47頁)。それは、「『説明責任を果たすこと』と『システムについて学習 すること(system learning)』とを切り分ける手続き」と「報告者の匿名性が守られる権利と法的な(免責)特権」などである。これらを受けて、有賀徹医師は、「翻訳 にあたって」において、今後の課題を提言した。それは、次の一文に表現されていると言えよう。
「翻訳した『ドラフト』ガイドラインは直訳すれば『草案』ですが、その趣旨は『草案』を参考にして『確定的なルール』を構築しなさいということです。」
そこで、日本病院団体協議会も、この有賀徹医師の提言を踏まえて、2月22日付け合意(診療に関連した予期しない死因究明制度の考え方)において、「診療 に関連した予期しない死亡の調査は医療従事者個人の責任追及の結果をもたらすものであってはならない。」「有害事象の報告・学習システムのためのWHOガ イドラインに基づき、原因究明のために、院内事故調査委員会が収集・作成した資料及び報告書は、当事者に不利となる使われ方をすべきではない。」と明言し ている。

5. 証拠制限契約
3月12日、日本医療法人協会は、有賀徹医師の提言及び日病協の合意を実践すべく、院内医療事故調査委員会運営規則のモデル書式を発表し、その中で「証拠制限契約」を採用した。その該当箇所を抜粋する。
・「この委員会の調査・議論等の一切は、いずれも本院内部のためだけのものであり、患者とその家族を含め本院の外部に開示するものではない。ただし、調査 及び科学的原因分析の結論のみは、患者とその家族に開示する。本院の関係者個人に対して民事・刑事・懲戒いずれの外部的責任の追及のためにも、使われては ならない。」
・「この委員会の目的・免責はいずれも本院来院の患者及びその家族の承諾を得ているものであり、その一切は本院も患者とその家族も民事訴訟法第2編第4章に定める証拠とすることができない。」

これらの条項を含んだ院内医療事故調査委員会規則を制定して院内掲示をし、または、診療契約書上にこの旨を摘示して患者の署名をもらうなどの手当てをすれ ば、少なくとも民事法的には有効な証拠制限契約となり、刑事対策にもつながる第1歩となることであろう。医療界に徐々に浸透していくことが期待される。

6. 厚労省とりまとめ案の廃棄へ
以上述べたところだけからでも明らかなとおり、厚労省とりまとめ案は、WHOガイドラインに違反し、四病協合意(1月)・日病協合意(2月)・医法協提案 (3月)・全国医学部長病院長会議見解(5月中旬)・日本医師会委員会答申(5月下旬予定)のいずれにも抵触しているものと言えよう。したがって、4月18日と5月29日(予定)の厚労省とりまとめ案はいずれも完全に廃棄されるべきであり、このような状況下での医療法改正など、もっての外である。

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