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Vol.133 福島県県民健康管理調査はこれでよいのか?(3)

医療ガバナンス学会 (2013年6月1日 06:00)


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―原発被災地での血液検査に消極的なのはなぜか?―

上智大学神学部教授
グリーフケア研究所所長
島薗 進
2013年6月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


福島県県民健康管理調査の第10回検討委員会(2013年2月13日開催)の議事録が公開された(3月22日)。甲状腺検査の結果について鈴木教授が口頭 で発表した内容とその後の討議内容も確認できる。配付資料になく口頭発表だったので、議事録で発言内容が明らかになったのはよいことだ。だが、甲状腺がん の地域や年齢による違いなど資料の公開にあまり積極的でないことについて外部的な立場の委員から質問がなされていることも明らかになっている。
だが、この文章で私が問いたいのは、甲状腺の検査についてではない。甲状腺に比べ余り注目されてこなかった血液検査についてだ。健康診査で血液検査、とり わけ子どもの血液検査がどのように扱われているかは第10回検討委委員会で初めて概要が見えるようになってきた。当日配付資料3と議事録をp19-24参 照していただきたい。

http://wwwcms.pref.fukushima.jp/pcp_portal/PortalServlet?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=24809

第8回検討委員会でも40歳以上の血液検査の結果が出ているが今回は全年齢が出ている。このような結果公表でよいものかどうか。専門家の意見をうかがいたいところだ。
では、この「上乗せ健診」はどの地域の子どもたちを対象としたものか。実は避難地域に限定されている。そして、これはたいへんあやしい理由によるものだ。
県民健康管理調査では「健康診査」の対象者をどのように選んでいるのか。「健康診査」の「血算」の項目はたいへん重要なので、この健康診査は「白血球分画 等の項目を上乗せした健康診査」とも表現される。http://t.co/02DxaCOujZ 誰を対象とするのかは※1、※2を見なくてはならない。 「検討中(詳細は、第6回福島県「県民健康管理調査」検討委員会の「資料2」を参照ください。)」とある。
2012年4月26日開催の第6回福島県「県民健康管理調査」検討委員会「資料2」http://www.pref.fukushima.jp/imu /kenkoukanri/shiryou2.pdf は、「基本調査の結果より詳細調査を必要とする基準について」と題されている。そして1は「「基本 調査の結果、必要と認められた者」の当初の考え方」とあり(1)「「白血球分画等の項目を上乗せした健康診査」の対象」として「原発事故による放射線によ り、白血病発症リスク増大が考えられる者」とともに、「避難を余儀なくされ、疾病予防上不利益を被ったと考えられる者(通常の生活習慣リスクに加えて、炎 症などの評価も追加」と述べられている。
血液検査によって放射線の影響によるかもしれない異常が見出されるとすれば、それは白血病に限られるものではないだろう。後者は「避難を余儀なくされ」た ためでない「疾病予防上」の「不利益」も加えられるのは当然ではないだろうか。放射線の健康影響を調べるためにはたいへん重要な検査であり、後に述べるよ うにチェルノブイリ事故後の健康管理においてもたいへん重んじられていたものだ。
では、福島原発災害の場合、誰が「上乗せ健康診査」の対象に該当するのか。2では「これまでのモニタリング値や避難の状況、また、基本調査による推計値等 から考えられる被ばく線量及び現在得られている低線量放射線の健康影響に関する知見を踏まえると、健康に影響を及ぼすリスクは他の生活習慣と関連する健康 リスクに比べ低いと予想される」。つまり誰もいないかのような言い方だ。
だが、それでも3で「必要と認める基準案」を提示している。長くて分かりにくい文章だが、(第1案)は基準線量を明示するというもの。(第2案)は要する に様子を見てとりあえずは「やらない」と いうことだ。それは被ばく線量が比較的少ないし。設定するとすれば科学的根拠が必要だがそれは説明できない、また「必要以上の不安を招いたり、差別などが 生じる懸念がある」ためとある。資料2※2は2013年5月初め現在、未だに「検討中」となっているが、これは結局、(第2案)を選んだということではな いだろうか。健康管理上の必要性を考えると(調査上の必要性をさておいても)、これだけの時間が経っているのに検査・調査をしない理由が分からない。
これについて第10回検討委で複数の委員から質問が出ている(23ページ)。井坂晶委員(双葉郡医師会長)は「いわゆる避難区域の方々には重点的に電離健 診を加えたと理解しております。他の避難区域外の所は、それに入らないです。……これで全県民といえるかということですね。福島市と郡山市でも被ばく線量 が結構高かった地域があります。全県民の中に、電離健診を加えてもいいのではないかと思います。…全県民でもかまわないのかなと思いますが、その辺はどう でしょうか。」
山下座長はどう答えているか。「これは当初、国の避難指示で出された県民を対象とするということで、21万人が対象であったということが1つと、それ以外 の方々にも通常の健診をきちんと受けていただこうという話の中で進展中ですので、このラインの中で御理解いただければ…」。これは井坂委員の質問に答えて はいない。また、「当初」というが、実際には当初は避難地域以外の住民も検診対象に含めることが考慮されていたわけだから事実に合わないのではないだろう か。
避難地域以外の対象者をどのようにしぼるかにについては、2012年1/25、3/26の第5回、第6回準備会(秘密会)で検討されていたことが明らかに されている(毎日新聞2013年1月30日)http://mainichi.jp/select/news /20130130k0000e040231000c.html 。
毎日新聞記事は以下のとおりだ。

「開示された配布資料や議事録によると、第5回準備会(昨年1月25日)で、福島県立医大の大津留晶(おおつるあきら)教授を委員長とする専門委員会の設 置 を決め、基準案作りを具体化。第6回準備会で(1)原発事故後の4カ月間で20ミリシーベルト以上とする(2)「(どのような基準でも)科学的根拠に乏し く国際的にも批判を呼ぶ可能性がありマイナスが大きい」ため基準値を設定しない−−の二つの案が示された。
委員からは両案それぞれについて支持する意見もあったが、山下俊一座長(福島県立医大副学長)が「すぐに結論を出す必要はない」と引き取り、決定を留保。 直後に開かれた検討委の本会合では、(1)案について「20ミリシーベルト」の数値を削除し、「線量の結果が一定以上」との表現にとどめた資料が配布・公 開された。(2)案についても「科学的根拠に乏しく」などの理由部分を削除した内容を提示。委員も具体的な数値に触れなかった。」

「秘密会」(「準備会」とする人もいる)で検討はしたが、判断はせずにそのまま放置した。そして「上乗せ検診」は避難地域に限定されたままだ。「検討中」とあるのはそういう意味である。
上乗せ健診が重要であることは、第10回検討委の配布資料3からも分かる。上乗せ健診で血液に問題があった住民には医師に相談するなどしてきたことが分か る。p101を見ると「健康診査」で「緊急に連絡をもらう場合の基準値」と「検診結果のうち医師に判断を仰いだもの」の一覧があげられている。後者では、 「血小板減少」16、「血小板増多」6、「白血球減少」13、「白血球増多」39などの数値が見える。
これらの数値は何を意味するのか。チェルノブイリでは長瀧氏、山下氏らはこうした数値の地域比較、年次比較を行っていた。今回はそもそも地域比較ができに くくなっている。避難地域外では同じ検査を行っていないからだ。資料3にはいくつかの比較が出ている。しかし比較で重視されているのは、生活習慣病に関す るデータが中心だ。小児も含め生活習慣病が増えていることを示し、それに対する対策を立てようとする意欲は十分に見える。他方、血液検査を充実させて地域 や時間経過によって比較することに消極的だ。
白血球等の異常が見えてくるのをきらっているのではないかと疑われてもしようがないだろう。血液に異常が見えれば対策をとらねばならないことは、上記 p102の記載からも明らかだ。避難地域以外の住民に対してなぜ検査し対策をとらなくてよいと考えるのか。今回の資料3では、これまで40歳以上に限られ ていた検査結果が他の年齢層にも広げられている。だが、子どもの資料はひじょうに限定的だ。また、血液検査は比較データがあまり出ていない。
ところで井坂委員が述べているように、「上乗せ検診」には「電離検診」が含まれている。「電離検診=電離放射線健康診断」は電離放射線障害防止規則第56 条によるもので、「放射線業務に従事し管理区域に立ち入る労働者に対しては、雇入れの際または当該業務への配置換えの際およびその後6ヶ月以内ごとに1 回、定期に、次の項目の健康診断を実施しなければなりません」とある。http://www.kenko-chiba.or.jp/06Topix /07Indust/Radio.htm この電離検診には「被ばく歴の有無の検査」、「白血球数及び白血球百分率の検査」、「赤血球数及び血色素料又は ヘマトクリット値の検査白内障に関する目の検査」、「皮膚(爪を含む)の検査」の項目が含まれている。
では、過去の事例では誰を対象に何を調べたか。1999年に起こった東海村JCOウラン加工工場臨界事故の場合はどうか。参議院から刊行されている『立法と調査』338号(2013年3月)を見よう。
http://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber /20130308.html 文教科学委員会調査室の栁沼充彦氏による「東海村JCOウラン加工工場臨界事故を振り返る――周辺住民の健康管理の在り方 を中心に」という記事が掲載されており、次のように記されている。

「住民の不安に対し適切な対応をとるため、健康診断、健康相談を実施することが適当とした。健康診断については、1ミリシーベルトを超える者、避難要請区 域内の住民のうちの希望者を対象とし、健康に関する一般的な助言に資するという目的から、当分の間、年1回行うことが適当であり、健康相談は窓口を設け幅 広く希望者を対象とすることが望ましいと指摘した。この報告に基づいて、科学技術庁、茨城県、東海村、那珂町の4者は、周辺住民等の健康管理の実施につい て基本的な枠組みを確認し、周辺住民等の健康診断の効果的な実施のための「JCO事故対応健康管理委員会」を設置するとともに、12年4月に健康相談、同 5月に健康診断をそれぞれ実施している。また、労働省においても、JCO臨界事故で被ばくした労働者の長期的な健康管理の観点から検討を行い、結果に基づ いて事業者への指導等を行った。」

JCO事故の時には、「1ミリシーベルトを超える者、避難要請区域内の住民のうちの希望」者を対象として上乗せ健康診断を行った。検診項目は2011年度 の例では、東海村、那珂市でのふだんの「検診項目に加えて、血液検査(血球計数、白血球百分率、リンパ球数)と血液生化学検査(総コレステロール)」であ る。12年間にわたる総受診者数は3252人、年平均約254人が受診している。
今回は4ヶ月で20ミリシーベルトという案が検討されはしたが、それも採用されず、1ミリシーベルト以上の者や同等程度の地域の希望者に対する上乗せ健診 は議論されてもいない。「基準値を設定しない」という案もあり、それは誰でも希望者には上乗せ健診をするということであるのかもしれないが、それも行われ ていない。被災者の健康管理という点から見て、これは妥当だろうか。被災者の健康を軽視したやり方ではないか。このような健康管理のやり方は、どのような 種類の生命倫理委員会でも認めることができないものではないだろうか。
不思議なことは、井坂晶双葉郡医師会長が発言しているような異論が、日本の医学界、とりわけ大学等の研究機関からほとんど聞こえてこないことだ。原発被災 地での生活習慣病の検査には関心をもっている医学者が多いが、ありうるかもしれない放射線の健康影響について関心をもつ医学者はきわめて少ない。これはど うしたわけだろう。

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