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Vol.146 被災地におけるロコモティブシンドローム

医療ガバナンス学会 (2013年6月17日 06:00)


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相馬中央病院 整形外科
石井 武彰
2013年6月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


高齢化社会をむかえ近年、健康寿命の延伸が目指されるようになってきました。健康寿命とは「介護を受けることなく健康的に生活できる期間」のことです。つ まり何歳まで元気でいられるか?ということです。要介護の原因として脳卒中とともに運動器の障害つまり骨折や筋力・バランス能力の低下が注目されていま す。日本整形外科学会は、これら運動器の障害をロコモ(ロコモティブシンドローム)と名付けて啓発をはかっています。

整形外科の外来診療をしていると、患者さんの実年齢と見た目の年齢の解離にしばしば驚かされます。90歳を超えて足取りがしっかりしている人、70代にも 関わらず足取りがおぼつかない人と様々です。これは日常生活における活動量が大きく関わっているように思います。明らかな整形外科疾患を有していなくて も、活動量が落ちると筋力・バランス能力が低下した経験がある人も少なくないと思います。重力負荷のない宇宙での生活で、宇宙飛行士の筋力低下や骨粗鬆症 の進行はよく知られた事実です。健康を維持するにはやはり適度な刺激が必要なようです。

福島県相馬市で整形外科診療のお手伝いを始めて一年が経過しました。被災地、とくに仮設住宅において前述のロコモの問題を強く意識するようになっていま す。相馬市で実施された運動器検診の結果が公表され、運動機能低下とされた人が、仮設住民では一般住民の2倍の頻度であったことがわかったからです。測定 項目の一つは、目を開けて片足立ちが何秒間できるかの開眼片脚起立時間です。15秒未満が運動機能低下の一つの規準とされています。仮設住宅では65歳の 高齢者のうち実に6割以上の方が15秒未満の結果でした。開眼片脚起立時間の低下はバランス能力の低下をしめしています。転倒増加、それに引き続く骨折・ 寝たきりの増加が危惧されます。

仮設住宅での骨折を心配するのは、地域の医療環境も関係しています。地域の整形外科のベッド数はパンク寸前でリハビリテーション目的の長期入院は難しい状 況です。地域の介護施設は待ち人数は3桁であり既にパンクしています。通所リハビリ、訪問リハビリを希望しようにも、相双地区の理学療法士数は医療圏人口 8万人に対して29名と、全国平均より約4割少ない状況です。高齢化率の高い地域なので、理学療法士不足はより深刻だと思われます。仮設住宅の住環境も問 題です。ADLがしっかり回復せずに退院となった場合、介護ベッドの導入が勧められます。布団では起き上がるのが大変であるため寝たきりのリスクが高まる からです。しかし仮設住宅の広さは介護度など考慮されずに人数あたりで決まっており、介護用ベッドを入れてしまうと生活空間が極めて制限されます。高齢者 の骨折は寝たきりの増加だけでなく生命予後を悪化させるため、十分なケアが提供できない環境では問題は深刻です。

医療資源が不足している地域では、他の疾患と同様に骨折も予防が重要になります。相馬市では昨年より骨粗鬆症検診が始まり、相馬市医師会も継続して骨粗鬆 症検診を行うように行政へ提案しています。検診が実施されたこともあってか、地域の方々のあいだで骨粗鬆症への関心が高まっていることを診療でも感じま す。また相馬市医師会長をはじめ多くの医療関係者が参加した学術講演会では「骨形成促進薬による骨粗鬆症治療」、「なぜ生活習慣病では高い骨密度でも骨折 するのか?」と骨粗鬆症診療の第一人者による講演があり、骨粗鬆症対策・骨折予防への機運が高まってきています。

仮設住宅というリスク高い環境での生活を余儀なくされている方々には、検診として骨代謝マーカーの測定が有用な可能性があります。骨粗鬆症はお風呂の水に 例えられます。給水の勢いが骨形成(骨を作る)、お風呂の水量が骨密度、排水の勢いが骨吸収(骨を溶かす)です。一般的に行われる骨粗鬆症検診では水量 (骨密度)の測定をします。水量(骨密度)の測定では、いままでの生活で蓄えてきた結果を示すことができますが、いま増えているのか減っているのか、水は 澄んでいるのか濁っているのかの判断はつきません。生活環境が激変した仮設住宅住民では、いままでの暮らしで蓄えた水量(骨密度)を検査するとともに、給 排水の勢い(骨代謝マーカー)に注意することも有意義と思われます。

加えて転倒対策も進めて行く必要があります。運動器検診はその一つとなると考えます。相馬市の運動器検診は、仮設住民の運動機能低下を心配した福岡豊栄会 病院の理学療法士のボランティア活動から始まりました。検診会場で指導された運動を早速試す受診者もいて、体力について関心を啓発できている様子でした。 継続的な取り組みがもとめられます。整形外科医の集まりで、被災地健康運動支援として、ロコモ啓発の歌を作って仮設住宅を回っている仙台のグループと情報 交換をしました。ラジオ体操が出来ないレベルの人にもできる体操を歌にあわせて考えてあり、楽しそうな参加者の様子が印象的でした。

相馬市では一部で災害公営住宅への入居も始まり、徐々に復興が始まってきています。しかし、いつ仮設住宅生活が終わるのか見込みの立たない被災者も多くい ます。仮設住民の間でメタボが増えてきており、相馬市は検診活動を継続し、地域の医療関係者とともに住民の健康をまもるべく活動しています。骨粗鬆症治療 の進歩により、骨折・寝たきりも予防する時代へと入ってきました。仮設住宅というリスクの高い環境では、より積極的な対策を講じる必要があるでしょう。骨 折・寝たきりの高齢者を可能な限り少なくするために、出来ることを進めて行きます。

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