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Vol.164 限界自治体

医療ガバナンス学会 (2013年7月1日 06:00)


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この記事は時事通信社「厚生福祉」2013年5月28日号からの転載です。

亀田総合病院副院長
小松 秀樹
2013年7月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

国立社会保障・人口問題研究所は、出生と死亡についてそれぞれ高位、中位、低位の3条件を設定し、合計9種類の将来人口推計を行ってきた。最新の推計は、 2012年1月の日本全体の推計と2013年3月の地域別推計である。これらの推計結果は、日本の近未来に二つの大きな問題が存在することを示している。

●首都圏での高齢者人口の急激な増加
一つは、戦後の団塊の世代を中心とする膨大な人口が、都市部、とくに首都圏のベッドタウンで一気に高齢化することである。出生中位、死亡中位推計による と、2010年から2030年までの20年間に、日本の総人口は1144万人減少する。20歳から64歳までの生産年齢人口は、1286万人減少する。一 方で、65歳以上の高齢者は737万人増加する。実は、この間に65歳から74歳までの人口は減少し、75歳以上の人口は859万人増加する。この内の 33%、285万人は東京、神奈川、埼玉、千葉での増加である。
日本の75歳以上の人口が最大に達するのは2053年である。生産年齢人口は2010年の7564万人から2053年には4471万人に減少する。
要介護者数は75歳以上の人口に大きく依存する。厚労省の平成22年度介護保険事業状況報告によると、平成22年度末の要支援・要介護出現率は、65歳以 上75歳未満では4.3%だったのに対し、75歳以上では30%だった。要支援・要介護者が首都圏だけで20年間に約86万人増加することになる。
問題は介護のための人材と財源の確保である。現状の介護報酬だけでは、給与が抑えられ、人材を確保できない。人口減少と経済の縮小の中で、公費と保険料に 頼るだけでは、給与水準を向上させることはできない。高齢者の望む付加価値の高い多様なサービスを提供して、高齢者に貯蓄を使ってもらう必要がある。費用 負担を納得してもらうためには、サービスの規格化と価格の合理化が必須である。負担とサービス水準が逆転するようなことがあっては納得が得られない。安心 してサービスにお金を使ってもらうためには、サービスの質を保障する仕組み、介護を含めた老後の生活保障を保険化することなど課題は多い。厳しい現実を見 据えて、必要最低限のサービスを明確にし、援助を必要とする高齢者に提供しなければならない。無理な理想を掲げて、現実的対応を阻害することがあってはな らない。

●限界自治体
さらに大きな問題は、少子化による人口減少である。国立社会保障・人口問題研究所による推計は、2010年の合計特殊出生率1.39を出発点とし、最低値 を1.33、最終的に1.35に収束することを前提としている。2010年の1億2806万人の人口が、100年後、減少幅が最も少ない推計で6020万 人、減少幅が大きい推計だと3014万人まで減少する。人口の減少幅を大きく規定するのは、出生であって、死亡が高位であるか、低位であるかの影響は少な い。
これまでの出生数の減少は、過疎地の人口減少と高齢化をもたらした。65歳以上の人口が50%を超える集落は、限界集落と呼ばれ、冠婚葬祭など社会的共同 生活の維持が困難になる。自治体全体として65歳以上の人口が50%を超えると、限界自治体と呼ばれる。2000年には高知県の大豊町だけが限界自治体 だった。その後、平成の大合併によって小さな自治体が減少したにもかかわらず、2010年、限界自治体数は9に増えた。2040年には167に増加する。
2040年、高齢化率が最も高くなるのは、群馬県南牧(なんもく)村の69.5%である。限界自治体では65歳以上の人口も減少する。2010年の65歳 以上の人口を100としたとき、2040年の65歳以上の人口指数が日本で最も小さいのも、同じ群馬県南牧村である。群馬県南牧村の総人口、0-14歳人 口、15-64歳人口、65歳以上人口について、2010年を100としたときの2040年の指数は、それぞれ29.0、19.4、20.8、35.2 だった。高齢者も大幅に減少するが、それ以上に出生数が減少するため、高齢化率が上昇する。
表1( http://expres.umin.jp/mric/mric.vol150.doc )に、群馬県南牧村と同じ漢字表記の長野県南牧(みなみまき)村、高齢化が著しい奈良県川上村と同名の長野県川上村の人口の推移を比較した。1970年に は、群馬県南牧村の人口は長野県南牧村の2倍以上だった。以後、群馬県南牧村の人口は激減した。2005年には、長野県南牧村より少なくなった。2040 年には4分の1以下になる。1970年、奈良県川上村の人口は、長野県川上村の1.3倍だった。以後、人口が激減。2005年には長野県川上村の半分以下 になった。2040年には8分の1以下になる。
表2( http://expres.umin.jp/mric/mric.vol150.doc )に、2040年の奈良県川上村と長野県川上村の年齢(5歳)階級別人口推計を示した。長野県川上村でも少子化が進むが、奈良県川上村の少子化はすさまじ い。2030年代後半には出生数が1年平均1人以下になる。2040年、0-4歳、5-9歳、10-14歳人口は、それぞれ4、5、6なのに対し、 80-84歳、85-89歳、90歳以上の人口は、それぞれ、66、67、68である。
群馬県南牧村のこれまでの産業の歴史が、群馬県のホームページにまとめられている。江戸時代から明治・大正・昭和にかけて、砥石、山仕事、和紙の製造、養蚕、こんにゃくと変遷してきた。産業の衰退とともに人口が激減した。
奈良県川上村は耕地に乏しく、江戸時代より林業が主産業だった。戦後の短期間、木材ブームで栄えたこともあったが、歴史的には貧しい山村が常態だった。近年、材木価格が低迷し、人口が激減した。
長野県南牧村と川上村は隣接している。八ヶ岳の東麓の高原地帯に位置する。標高が高く、気温が低い。戦前はへき地の貧しい寒村だった。たまたま、夏場の冷 涼な気候がレタスなどの野菜栽培に適していた。朝鮮戦争以後、野菜の生産が拡大した。日本人の食生活が変わり、生野菜の消費が拡大した。輸送手段、保冷設 備、栽培技術、販売戦略の発達で、生産農家の収入が大きくなり、しかも、安定した。川上村では村長の指導の下、村を挙げて高原野菜に取り組んだ。川上村の 農家の平均年収は2500万円にもなるという。

●こどもの人口の増加が予測されている基礎自治体
2010年から、2040年までの30年間で、全国の1800余りの基礎自治体の99.5%で0-14歳のこどもの人口が減少する。こどもの人口が増加す ると推計されているのは、9自治体に過ぎない。沖縄・離島4自治体、福岡近郊のベッドタウン3自治体、近畿地方の新興ベッドタウン1自治体、石川県の液晶 ディスプレイ工場を抱える1自治体である。石川県の自治体は、人口6200人と石川県最少だが、平成の大合併でどことも合併しなかった。液晶ディスプレイ の工場(松下電器→東芝松下ディスプレイ→ジャパンディスプレイ)があり、税収が大きかったからだとされている。しかし、液晶ディスプレイの生産は世界規 模で動いており、状況変化が激しい。いつまでも利益を生むとは思えない。液晶ディスプレイだけに頼りすぎると、液晶ディスプレイ生産の衰退と共に、町が衰 退しかねない。

●地域の努力
古来、町や村の間の競争があり、栄枯盛衰があった。生活条件の変化によって、人間は移動する。衰退する自治体から住民が流出する。限界自治体をこのまま放 置すると、移動能力のない貧しい高齢者が残って、悲惨な状況になりかねない。存続できないことが誰の目にも明らかな自治体は、上手に終わらせて、最後に 残った住民がひどく困ることのないよう対策を講ずる必要がある。
自治体住民の日々の営為は、地域ごとの生き残りをかけた努力でもある。日本の現状で、すべての自治体を存続させることは不可能である。努力の成否を決める のは国ではない。国には、地域ごとの盛衰の濃淡を決める正当性も能力もない。様々な地域で、国に頼らない独自の努力が必要である。成果は、世界の状況、 リーダーの資質を含む地域ごとの条件、努力に依存する。衰退した自治体から流出する住民は、大都市と雇用を創出できた地方の核となる自治体に向かう。
従来の地域振興策だった工場誘致は難しくなった。技術、知識など他国にない優位性がなければ、賃金の安い外国に工場を奪われる。現代の高度な工場は、外 貨を稼いでも、省力化が進んでおり多くの雇用を生まない。しかも、産業の賞味期間が短くなっている。明らかなことは、医療・介護が今後国内に生じる最大の 需要であり、多くの雇用を生むということである。医療・介護サービスは、生活するための基本条件なので、その濃淡は、人口の移動に大きな影響を与える。
地域生き残り策の必要条件は、個人の基本的能力を高めるための基礎教育、社会人を対象に含めた就労支援としての職業教育、女性の社会進出を促すための子育 て支援である。教育と子育て支援は、自治体に余力のある間に取り組まなければならない。教育による個人の能力の向上なしに雇用だけ求めても、時代の変化に 対応できない。

●過疎化への挑戦
亀田総合病院が位置する房総半島南部の安房地方は、館山市、鴨川市、南房総市、鋸南町の3市1町からなる。2040年までに南房総市と鋸南町の高齢化率が 50%を超える。館山市、鴨川市も高齢化が進み、人口が減少する。このまま過疎化が進めば、亀田総合病院の安房での存続が危うくなる。亀田グループは、こ の地域の人口を増やすべく「安房10万人計画」を大目標として掲げた。詳細な具体的大計画ではなく、20年後の大目標である。以下にミッションを示す。
1.首都圏の高齢者、要介護者に、安房で、楽しく穏やかに人生の終末期を過ごし、死を迎えてもらう。
2.高齢者を介護する若者に、安房で、結婚し、子供を産み育ててもらう。
3.安房を活性化することで、住民に職を提供する。
亀田グループだけではなく、さまざまな組織、人を巻き込んだ運動にしたい。
実際に計画は動き始めている。現在は、インフラを整える段階である。地方議員、市・町の幹部職員と定期的な勉強会を始めた。2012年11月には安房地域 医療センターで無料・低額診療を開始した。社会人の再教育・就労支援を視野においた安房医療福祉専門学校を2014年4月に開校する。念願の中高一貫の進 学高校設立のための努力が開始された。これには亀田グループは直接関わっていない。旧知の強力な個人が立ち上がってくれた。24時間保育、病児保育、学童 保育が可能な認定こども園の創設を目指して、自治体と検討し始めた。これが可能になれば、知人のIT関連会社の経営者たちの話では、東京からIT会社を誘 致できるかもしれないという。
現在、地域のNPOが寄付を受けやすくするための制度を創設すべく、自治体と協議を重ねている。
地域のリーダー、自治体、各種専門家、営利企業を巻き込んで、活動の中核となるNPOを創設するべき段階になりつつある。
問題は、高齢者が増えることではなく、出生が少ないことである。「安房10万人計画」の最大の顧客は、高齢者ではなく、若者であることを強調しておきたい。

 

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