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Vol.185 福島県いわき市の震災後の医療状況とときわ会グループの取り組み

医療ガバナンス学会 (2013年7月27日 06:00)


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ときわ会グループ 事務局長 佐藤隆治
財団法人ときわ会常磐病院 副院長 新村浩明
2013年7月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

福島県いわき市では、東日本大震災以降、原発事故避難者の流入のため医療需要が拡大しているのに対し、医師や看護師の増加が少なく、医療需給のアンバラン スが顕著となっている。今回、いわき市における医療環境の現状を概説し、ときわ会グループにおける地域医療の取り組みを概説したいと思う。

●震災以後のいわき市の人口増加
いわき市は、福島県の浜通りといわれる太平洋に面した地域の南端にあり、人口約33万人の街である。この人口は、震災と原発事故の影響で、1万5千人減少となっている。このうち約5千人が18歳以下の若年者が占めており、若い世代の流出がより顕著となっている。
福島といえば雪のイメージが読者のみなさまに強いと思われるが、いわき市では雪が降ることは年に数回あっても、積雪となるような大雪はまずみられない。また気温も、いわき沖で親潮と黒潮がぶつかる影響で、夏は涼しく冬は温暖な、非常に過ごしやすい気候となっている。
こうした温暖な気候を背景に、東日本大震災以降、原発事故の避難者の多くが、温暖で地理的つながりの強いいわき市に居を構えるようになり、その数2万 4000人ともいわれている。また、原発作業員や除染作業員などの流入も含めると、約3万人が新たに流入していると考えられている。
いわき市で暮らしていると、3万人程度の人口増加でも、日々の生活の中で、その人口増が肌で実感される。朝夕の交通渋滞の悪化やスーパーのレジ待ちの長 さ、飲食店での混雑ぶりは明らかに震災前にはなかった光景である。その他、急激な流入者の増加で、いわき市では不動産バブルの様相を呈しており、多くの賃 貸物件に空きはなく、平成25年3月発表の公示地価では、福島県内の大半の地価が下落する中、いわき市は上昇している。
こうした状況は、医療機関受診者数の増加においても例外ではない。常磐病院でも混雑は顕著で、震災以前と比し長くなった外来の待ち時間のため、受診者の皆様に大変ご迷惑をおかけしている。
いわき市民に中には、避難者の流入により市民生活が不便になったために、彼らに対する不満を口にするものもいる。このいわき市人口増の現状は、毎日新聞「検証・大震災:福島・いわき市の現状 共生遮る誤解の連鎖」に詳述されているので、ご一読してみてください。

http://mainichi.jp/feature/20110311/news/20130524ddm010040016000c.html

●震災以前のいわき市の医療
いわき市での主要病院では、以前より、福島県立医科大学と東北大学からの医師派遣を伝統的に受けていた。研修医制度の導入以後、どの地方でも見られるよう に、医師派遣が減らされたり打ち切られたりする状況がいわき市でもあった。これは研修医制度以後、各大学の医局員数が減少したため派遣を切らざるをえない ためである。特にいわき市では、各医科大学から遠方でかつ交通が不便なこと、常磐道やJR常磐線の影響で、経済的つながりは隣県の茨城県や東京により強い ことなどが原因で、医師派遣をより忌避される傾向があるように思われた。
具体的には、平成23年3月1日の時点で、対人口10万人当たりの医師数は160.4人(全国平均219.0人)で、勤務医師数対10万人当たり75人(全国平均123人)となっている。
出典:福島県ホームページhttp://wwwcms.pref.fukushima.jp/pcp_portal /PortalServlet;jsessionid=FAB36F83A5E97C6EEB8C0DA5B118888C?DISPLAY_ID=DIRECT&NEXT_DISPLAY_ID=U000004&CONTENTS_ID=27673
いわき市では開業医は少なくないが、病院勤務の専門医が極端に不足している印象があった。そのなかで特に、救命救急や産科、小児科等の全国的にも不足して いる診療科は、ごく限られた人員でいわきの病院診療を担っていた。チーム医療の必要とするような診療科では、手術などの高度医療を行えず、それを求めるな らば郡山市や福島市まで受診の必要があった。待機できる疾患であればよいが、緊急を要する場合はドクターヘリや救急車で搬送していた。

●震災以後のいわき市の医療
震災直後は、原発事故の影響もあり、市外へと流出した医師や看護師が多かったようである。これは一時的であったようで、最近の福島県の統計によると、震災 前と比較し現在の勤務医師数はほぼ同数で、看護師は増加している(勤務医師数:平成23年3月1日261→平成24年12月1日260。看護師数:平成 23年3月1日2495人→平成25年1月1日2610人)。しかし前述した通り、震災以後、いわき市では避難者や原発従事者の増加で医療需要が増加して おり、需要と供給がマッチしていない状況である。
実際、いわき市内の医療機関では明らかに受診者数の増加が認められ、診療時間の待ち時間が長く、受診者の不満として表れている。救急搬送数の増加という形 でその状況は認められ、平成22年の救急出場件数が12,142件に対し、平成23年は13,305件、平成24年は13,223件と震災後はおおむね 1000件の増となっている。この医療需要の増加が、ただでさえ貧弱ないわき市の医療機関を直撃している。

●財団法人ときわ会常磐病院の震災以後の取り組み
ときわ会グループは、いわき市を中心に、透析と泌尿器疾患を中心に診療するグループで、1つの病院と6つの診療所、2つの介護老人保健施設から構成されている。

http://www.tokiwa.or.jp/

その中核となるのが常磐病院で、人工透析と泌尿器診療を中心として、内科、外科、整形外科、婦人科、小児科の診療を行っている。最大240床の規模である が、看護師不足のため現在50床を休床している。ときわ会の震災後の地域医療の取り組みとして、1)最先端の医療の提供、2)被ばく医療への取り組み、 3)各大学機関との業務連携、共同研究の3つに力を入れ、いわき市民はもちろんのこと、浜通りといわれる原発事故被災者のみなさまへより良い医療が提供で きるように心がけている。

1)最先端の医療の提供
常磐病院の人工透析センターでは、平成23年に竣工したセンターにおいて、全自動透析装置やオンラインHDFを導入し、より安全でより合併症を低減させる 透析を試みている。また、腹膜透析や腎移植も行っており、血液透析の要であるバスキュラーアクセスに対する手術やカテーテル治療も豊富に行っている。われ われのセンター内で、腎不全医療のすべてを完結でききる様に取り組んでいる。
泌尿器科診療部門では、昨年ダヴィンチシステムによるロボット支援腹腔鏡下前立腺全摘除術を開始し、これまでに約60例の手術を行っている。その他の泌尿 器悪性腫瘍においても、腎癌や膀胱癌ではほぼ腹腔鏡下手術を導入し、今後はこれらの疾患にもダヴィンチシステムで手術を行う予定である。さらに尿失禁や臓 器脱などの女性泌尿器も専門外来を開設し、専門性の高い手術を導入している。
画像診断部門では、128列のCTをはじめとして最新のMRIやPET-CT、マンモグラフィーを設置している。これらの機器を駆使し画像を撮像し、東京 女子医大の放射線チームとインターネット専用回線を接続し遠隔読影していただいている。いわきにいながら、非常に高レベルの画像診断を行っていると自負し ている。

2)被ばく医療の取り組み
常磐病院では、平成24年4月1日よりCANBERRA社製「FASTSCAN」によるホールボディカウンタを導入し、市民のために内部被ばくの調査を 行っている。これは、震災直後より、原発事故によるいわき市民の内部被ばくの不安の解消にこたえるため、正確な測定結果を直接市民の皆様に提供することを 目的として導入した。そのため測定料はいただかず、無料で行っている。また、楢葉町、浪江町の指定を受け、各町民の内部被ばく測定指定病院となっている。
福島県では、若年者の甲状腺がんの発見が大きな話題となっており、常磐病院でも精度の高い甲状腺エコーを行えるよう、当院の臨床検査技師が東京の伊藤病院 で研修を行っている。また、直接被ばく医療とは関係しないが、福島第一原発で働く作業員の健康管理している現地診療所と常磐病院が後方支援病院として連携 し、少しでも廃炉に向けた作業へのお手伝いができればと考えている。

3)各大学機関との業務連携、共同研究の取り組み
以前より、泌尿器科と人工透析部門では、東京女子医科大学、東邦大学、帝京大学などの大学病院より技術指導を受けていた。震災以後、災害医療や災害看護と いうテーマで、多くの研究機関と共同研究を準備中である。東京大学医科学研究所や自治医科大学、災害看護グローバルリーダー養成プログラムのメンバーであ る千葉大学看護学研究科のみなさまと、震災時のいわきの医療状況を振り返り、今後のいわき市の医療に役に立てるよう、さまざまな切り口で、医療及び看護の 研究を行っていく予定である。

このように、ときわ会グループでは、震災時の経験を非常に貴重な一つの糧として大切にし、今後もいわき市を中心とした、浜通り地区全体の医療をレベルの向 上に少しでもお役にたてるよう鋭意努力する所存である。皆様方におかれましては、今後とも変わらぬご指導、ご支援を賜りますよう心からお願い申し上げま す。

 

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