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Vol.198 倫敦通信(第9回)~相馬健診、その先にあるもの

医療ガバナンス学会 (2013年8月13日 06:00)


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星槎大学客員研究員
インペリアルカレッジ・ロンドン公衆衛生大学院客員研究員
越智 小枝(おち さえ)
2013年8月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

ロンドンより一時帰国し、先日相馬市の仮設住宅健診に1週間参加させていただきました。

この健診は内科健診だけでなく、九州大学・豊栄会病院チームの皆様によるロコモティブシンドローム(生活不活発病)の健診がある事が特徴です。ロコモの健 診内容については以前石井武彰先生が広報されていますので割愛しますが、仮設住宅の人々のあいだでは、このロコモ、及びメタボ(メタボリックシンドロー ム、生活習慣病)が未だ改善されぬ問題として残されています。

筋肉が廃用をおこすロコモと、生活習慣病のメタボとの共通点は、運動や食事などの生活習慣の改善により改善が期待できることです。しかしこの「生活習慣の改善」という言葉は、大きな誤解のもとなのです。

多くの人は、生活を改善するためには「本人の努力」「正しい知識」が一番大事だ、と考えがちです。確かに運動する習慣がない、あるいは健康に対する知識が ない、ということが、ロコモやメタボの原因にはなっています。しかしメタボは本当に教育や個人の努力のみで改善し得るのでしょうか?

2000年頃から、欧米を中心に肥満に対して’Obesogenic environment’と(肥満原環境とでも訳すのでしょうか)いう言葉が用いられるようになってきました。すなわち肥満は本人の努力よりも環境によっ て作られる、という考え方です。例えば近代的な町では古い町に比べ肥満が多いと言われます。住宅街の中にスーパーがないため大型スーパーまで車で行かなく てはいけないため運動不足になり、また買いだめの必要のため新鮮な野菜は買わなくなる。更に交通事故の危険が増すため子供たちを外で遊ばせられない、この 為小児の肥満が増える。Obesogenic environmentの研究者は、今町の設計や広告・教育などを含めた環境作りに力をいれています。

被災地についても同じことが言えると思います。
健診でお聞きした中でも、運動ができない理由として以下のような事を挙げられる方がいました。
「被爆が怖くて外へ出られない。理屈では分かっているんですが…」
「仕事も家もないのに健康になったって…」
「震災後歩けなくなった両親の介護が忙しくて外に出られない」
「運動の音で周りに迷惑がかかるし、家の中に運動用具も置けないし。」
「外に出たら帰る時に仮設住宅を見なくちゃいけない。それが嫌で外に出ない」
これだけを見ても、ロコモ・メタボを発見するだけでは解決にならないことが分かります。また、健診は主に医療従事者が行うものですが、解決法は医療提供だ けでは足りません。被災地の健康被害はどうしても「仮設住宅」という特殊性に目を奪われ、インフラ回復と医療提供の因子だけで考えがちですが、住宅が建た ない限り何も解決しない、という視野狭窄に陥らないようにしなくてはいけないと思います。

ここで、非常に根本的な問題です。
“そもそも防災・減災・復興とは何のためにあるのでしょうか?”

私は、これは人々の健康を守る為にある、と考えます。
ここでいう健康とは、WHOが定義した
「単に病気がないとういう状態ではなく、身体的・精神的・社会的に健全な状態」(1)を指します。あるいはBircherの定義した、
「身体的・精神的な力によって特徴づけられる健全という流動的な状態であり、年齢・文化・個人の責任に応じた人生への欲求を満たすもの」(2)
と定義しても良いかもしれません
つまり医療だけでなく精神的・社会的・経済的な支援の全てが、健康のために必要なのです。

しかし世界的にみても、「復興」を「インフラの復興」と捉える官僚的なシステムにより、復興計画は「人」不在となりがちです。例えばメキシコ湾岸の油田事故の後JAMAに寄せられたあるレポート(3)で、著者らは以下の点を挙げて米国の復興プランを批判しています。
・復興計画に保健・医療の担当部署がない
・災害医療はある一定期間の医療提供だと思っている
・復興のスピードには格差がある。社会的に弱い部分・弱い人は復興も遅いが、このことは往々にして失念されている
この批判はそのまま日本の現状にも当てはまるのではないでしょうか。

人不在の復興計画。そこには、災害という分野における公衆衛生が軽視されてきた経緯があると思います。例えば、災害の専門科はあまり公衆衛生に興味をもた ず、インフラ復興に注目しがちです。また医療従事者の間でも、災害医療は、救急医療の一部とみなされがちなマイナー分野です。更に、災害研究者と復興計画 の実行者との間には大きな隔たりがあります。つまり災害の研究者は問題を発見しても、解決の力を持っていない、という傾向があります。つまり被災地研究は 実学からまだまだ遠い所にあるのです。

これを目指すためには、支援に入っている全ての方が「健康」という共通目標を自覚されることが重要です。ロコモやメタボは病院の医療よりも、むしろ学校教 育、スポーツ支援、心のケア、町づくりなど、医療以外の支援活動と密接に関連しています。この支援グループが横につながることで被災地の10年、20年後 の健康が達成できれば、これは被災地だけでなく今後の高齢化社会に対する大きな貢献ともなり得ます。未曾有の災害を乗り越えて後進に誇るべき活動のきっか けとするために、様々な知恵が今求められているのだと思います。

参考文献
(1) http://www.who.int/about/definition/en/print.html
(2) Bircher J. Towards a dynamic definition of health and disease. Med. Health Care Philos 2005;8:335-41.
(3) Chandra A, Acosta JD. Disaster recovery also involves human recovery. JAMA 2013;304:1608-9.

略歴:越智小枝(おち さえ)
星槎大学客員研究員、インペリアルカレッジ・ロンドン公衆衛生大学院客員研究員。1999年東京医科歯科大学医学部医学科卒業。国保旭中央病院で研修後、 2002年東京医科歯科大学膠原病・リウマチ内科入局。医学博士を取得後、2007年より東京都立墨東病院リウマチ膠原病科医院・医長を経て、2011年 10月インペリアルカレッジ・ロンドン公衆衛生大学院に入学、2012年9月卒業・MPH取得後、現職。リウマチ専門医、日本体育協会認定スポーツ医。剣 道6段、元・剣道世界大会強化合宿帯同医・三菱武道大会救護医。留学の決まった直後に東日本大震災に遭い、現在は日本の被災地を度々訪問しつつ英国の災害 研究部門との橋渡しを目指し活動を行っている。

 

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