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Vol.205 医療事故調査法制化に向けての準備(3) 支援の仕組みについて

医療ガバナンス学会 (2013年8月21日 18:00)


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秋田労災病院内科
医療制度研究会理事長
中澤 堅次
2013年8月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


事故調、検討部会の取りまとめでは、調査の仕組みに関する概念図が公表され、第三者機関は、院内調査と事故被害者の下に書かれている。第三者機関は、事故 被害者の上に位置付けると裁判所の補助機関となり、下に書くと両者の問題解決を支援する役割となる。しかし、厚労省が考える第三者機関は、下に書いてある が支援機関ではない。真意がどこにあるかわからないが、院内調査にとって支援機関は重要であり、厚労省が考える第三者機関とは無関係に、医療者自身が立場 を超えて取り組まなければならない課題である。法制化の準備で最も重要なこととして院内調査の支援機能について述べてみたい。

■院内調査精緻化のための専門家による支援
手術のように専門性の高い診療で起きた事故では、同じ手術の成績が集積されている学会のシステムが力になる。しかし、専門家の視点は学術的なものであり、 事故のように個別の色彩が強い調査とは内容が異なる。また求めるものは最先端技術で、事故の判断に必要な水準より視点が高く設定されている。院内調査を行 うに当たっては、論点を詰め、専門的な判断が必要な事項を絞って、見解を求めることが重要である。見解は尊重するが、最終的な判断は院内調査で行い、被害 者への報告書は、院内の責任者が自らの責任で作成するものである。専門的第三者は、判定をくだすものではなく、自主的に行われる院内調査を学術的な視点で 見解を示し、院内調査の問題解決を支援する役割と位置付けられる。

■中小規模医療機関の院内調査支援
今回の取りまとめで、すべての医療機関に院内調査が義務付けられた。施設によっては院長自身が、自分の医療行為を自分で調査することも生じ得る。高次病院 に調査を依頼するという考えもあるが、これらの機関の立場は後方支援であり、後から見た医者のアドバンテージを持って他院の事故を見ることになる。いわば 後出しじゃんけんで、第三者機関特有の誤りを犯す可能性がある。もちろん中核病院や大学病院と連携があって当然だが、調査は事故のあった医療機関が主体と なるべきであり、地域医師会が同じ立場に立って院内調査を支援する仕組みを作ることが必要である。立場を同じくすることは、事故被害者の権利に応えること を意味している。事故の内容は、高次医療機関の事故と異なり種類は限られるので、被害者の権利のために行うという理念さえあれば、説明に理解を得ることは できると思われる。いずれにしても地域医師会は、理念を共有し主体的に調査をサポートする機関としての役割を持たなければならない。

■解りやすい説明に関連する支援
調査の結果を被害者に説明することは緊張感の多い仕事であり、特殊なむずかしさがある。それは専門的な事柄に初めて接する事故被害者とのギャップが関係し ている。病人権利では「解りやすい言葉で説明を受ける権利」があると宣言されており、これには外国語の問題も含まれるが、内容が解りやすいことが条件で、 事故でも同じことである。
解りやすい説明は、事故防止につながるので、医療者が常に心掛けるべきことであり、スキルは日常の診療において培われなくてはならない。残念ながら日本で は、医療者の間でこの理念が共有されていない。検討部会ではメディエータ―をつける話もあったが、第三者がサポートすれば済む問題ではない。医師個人に、 あるいは専門教育に根源があると思われ、全体的な意識改革が必要と思う。解りやすい説明は被害者のための支援であり、医療者とその団体には、病人権利に通 じるインフラ整備が求められていることを意味している。

■カルテの記載と病人権利
多職種のサービスが混在する医療・介護の環境下では、カルテの記載は普通の人が読めるものでなくてはならない。デンマークではカルテを自国語で書くことが決められており、病人権利でも重点項目の一つになっている。
カルテは当事者同士が共有する手段であり、両者の間の理解を深めるために力となる。しかし、第三者機関が介入するとカルテは犯人探しの証拠物件に成り下が る。本来ならばカルテは重要な医療のインフラともいうべきで、病人権利支援として整備されるべきものだが、日本では医療者の間で共有すべき問題として議論 する場が存在しない。法律で縛って医師会に強制加入させ、上から目線の医療を展開することをもくろむようなことがあれば、世界医師会がよりどころとする病 人権利を真っ向から否定することになる。

■補償は医療事故の最終的な問題解決であり究極の被害者支援である
事故被害者の真の支援には補償制度が重要である。日本では、過失があれば補償が受けられるが、過失がなければ補償はない。結果的に医療者の過誤に関心が集 中し、過失の究明が事故調査の目的になる。グレーゾーンにあるものを、訴訟に持ち込んで過失の有無と因果関係を争う、不毛な裁判が問題を解決するとは思え ない。
医療に国が責任を持つ北欧では、訴訟の多発を、過失・無過失を問わない無過失補償制度により解決した。民主党政権下で無過失補償制度に関する検討会が立ち 上がり、議論が行われることに期待を持ったが、付属の部会である事故調検討部会で事故調査のあり方が決まったことを理由に、親の検討会までが議論を中止し たという。そんなことなら事故調検討部会でもっと補償について議論するべきだった。得意のすり替えか、政権交代の結果なのかわからないが、この国から補償 の議論そのものが消されたことは真に残念なことである。

■事故被害者の社会復帰支援について
被害者が障害を残した場合、社会復帰には通常の障害とは異なる困難がある。事故を施設側で認めた場合、悪い結果はすべて事故との関連で取られやすく、医療 機関が行うアドバイスを、素直に受け入れてもらえない。恨みの感情を超えた問題解決は当事者同士には無理なのかもしれないが、当事者にはできない、支援機 能として今後考えられることが必要である。

■まとめ
すべての医療機関は、院内調査を行い、原因を究明し、説明や謝罪や補償を含めて、被害者の理解に努めることとなった。この問題解決は一医療機関の実力の範 囲を超えることがあり、様々な支援が必要である。検討部会で想定された第三者機関には支援機能がなく、支援機関は自主的に医療側が整備しなければならな い。内容は、院内調査精緻化に対する専門支援、個人の施設を意識した調査の支援の他、解りやすい説明やカルテなど、医療のインフラに関する支援、社会復帰 の支援など多岐にわたるが、最も重要なのは補償制度だと思う。厚生労働省が早くも無過失補償の検討を打ち切ったことは、国の制度として画竜点睛を欠き残念 なことである。

■おわりに
医療事故は、医療者が人間の死に関わる限り、今後も必ず発生する。死に至る要因は病気で、医療のすべては最終的に死に結びつく。人間である限り医療者も過 ちを犯し、過誤による事故は、少なくなっても無くなることはない。事故死は被害者にとって受け入れがたいものだが、何らかの形で折り合いをつけなければな らない。医療者は損害を受けた人の権利擁護のために院内調査を行い、過ちとの間に因果関係があれば、謝罪や補償も含めて被害者の納得を得なければならな い。
真相を明らかにするために、担当者の責任は問わないことが重要であり、良い悪いを言わずに、現場の視点で掘り下げた調査は、病気そのものにもおよび、共通の認識を産むのに力となる。
院内調査は、専門家の支援を必要とし、施設の能力を超える問題には同業者の支援も必要である。支援の目的は事故被害者の支援であり、過失の有無にかかわら ず補償は重要な支援ととらえるべきである。病人権利擁護の理念は、関係者すべてに共有されるべきであり、主導する医療者においては、個人にも、また団体に も意識改革が求められている。

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