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Vol.249 現場からの医療改革推進協議会第八回シンポジウム 抄録から(2)

医療ガバナンス学会 (2013年10月16日 18:00)


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セッション2:医療改革の現在
11月9日(土)14:45~15:30

*このシンポジウムの聴講をご希望の場合は事前申し込みが必要です。

2013年10月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


◆医療改革の現在◆
土屋 了介
渋谷 健司
篠田 将

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●草刈・石田(日本郵船)による「がん研の経営改革」
土屋 了介

1. 草刈隆郎理事長による財団統治体制整備
財団法人癌研究会が国による法人改革による公益財団法人を申請するに当たり日本郵船会長の草刈隆郎氏に理事長就任をお願いしたことから、公益法人がん研究 会の経営改革が始まったと言える。旧理事会メンバーから要請を受けた草刈隆郎氏は理事長就任を受諾するまでの約1月の間に公益財団法人移行後の理事会、評 議員会、業務執行役員等々の人事案を固め、理事予定者と共に必要に応じて事前の勉強会を行い、磐石な体制を持って、2011年4月1日の理事長就任日を迎 えた。一流の経営者である。

2. 石田忠正顧問による経営分析
理事予定者の中でも石田忠正氏は公益財団法人発足の半年前から顧問に就任し、幹部職員からのヒアリングを草刈氏と共に開
始した。ヒアリングと現場視察、そして財務部の職員始め事務職員から報告を受けた資料を基に、経営を分析し、経営改革案
を旧理事会に示した。当時の問題点として、組織風土の硬直化、経営体制の未整備、個人主義(個人の力に頼りすぎ)、組織間の壁を指摘した。

3. 経営改革準備委員会からタクス・フォースへ
2011年4月に常務理事に就任した石田忠正氏をリーダーに経営改革準備委員会が組織された。3回に及ぶ一泊二日の合宿が行われ、がん研の現状の総括纏 め、では何をしなければならないか、具体的な取り組みテーマ、どのように進めなければならないか、を検討し、全職員を参加者とする経営改革タスクフォース 「プロジェクト01」を2011年10月1日に立ち上げた。その成果は2012年4月20日に第1回全体発表会、2013年5月31日に第2回全体発表会 で報告され、改悪の詳細が職員全体に共有された。

4. 中期経営計画の作成
ボトムアップとしての経営改革タスクフォースに応えるようにがん研究会設立後初めての「中期経営計画」が2012年2月に作成され、2012年4月より実施された。現在、4半期ごとに進捗状況を検証中である。

5. 財務状況の改善と投資の再開
経営努力と診療報酬の改定による効果とによって、2012年度には黒字基調が定着し新規の投資を計画することが可能となり、放射線治療設備の増強(治療装 置3台から6台へ)、手術室の増設(16室から20室へ)、検診センターと外来の拡張(増築)、診断機器の増設などが計画され実施されるようになった。
世界に冠たる” がん研” を目指して邁進中である。

●現場から社会を改革する:私に影響を与えた3人のこと
渋谷 健司

「渋谷先生、ルワンダに来て保健医療を手伝ってください」という1本の電話で、1994年以来久しぶりにルワンダの首都キガリを訪れた。電話の主は、僕が グローバルヘルスに関わるきっかけを作ってくれた人、マリー・ルイーズさんだ。彼女は難民だった。3人の小さい子どもをかかえて何週間もさまよい、命から がらキガリから僕が働くザイールの難民キャンプに逃げてきた。そんな彼女と震災が縁で、再度一緒に働くことになった。ルワンダでの虐殺の時に私が医師とし て難民だったマリー・ルイーズさんと出会い助け、そして福島での震災の時に、マリー・ルイーズさんが福島の子供たちを助けている。

もう1人は、マイクロソフトを辞めて自分で財団を立ち上げたビル・ゲイツだ。世界の保健政策というと今まではWHOだった。WHOは言わば世界の厚生労働 省である。しかし、そこにイノベーションとビジネスモデルで殴り込みをかけたのが、ビル・ゲイツだ。グローバルヘルスが過去10年間で興隆した最も大きな 原因は、米国NIHとビル&メリンダ・ゲイツ財団が貧しい国での保健医療の改善のための医学研究に投資を始めたからだ。彼は、テクノロジー、特に、ワクチ ンと教育が世の中を変えると信じている。そして、結果を出している。

最後は、ビル・ゲイツと同様にハーバード大学をドロップアウトしたマーシャル・ガンツだ。市民から社会変化を起こすオーガナイザーとして活躍した後に、実 に28年経ってハーバード大学に再入学した。彼を一躍有名にしたのは、2008年の米国大統領選挙でオバマ大統領の選挙参謀を務めたことだ。僕らの東大の グローバル・リーダーシップ・プログラムでも彼を招き、「市民の力で社会を変える」ためにはどうした
ら良いかというワークショップを行ったばかりだ。

ここでご紹介した3人は特別な人ではない。皆、目の前の問題に向き合った。決して、あきらめずに。そして、ストーリーの力を借りてコミュニティに対していろいろなことを発信している。語りかける先のコ
ミュニティが、語る側の価値観を共有している人たちであれば、その言葉が彼らの希望のもとになり、人々は実際にアクションを起こすのだ。

●浜通りの初期研修ライフ
篠田 将

ものの見方は人それぞれで、シーザーなどは「人は自分の都合のよい側面しか見ない」と断じている。人は長じると皆同じように感じるようで、私の叔母も、「自分にはとても気に入っている持ち物が、なぜか
周囲の人にはその良さがわからない」とこぼしているが、一方、「人それぞれ」であることは自然なことで悪いことではないと達観もしている。

私が、南相馬市立総合病院を初期研修先に選んだ時、多くの驚きの声が上がったが、その殆どが肯定的な響きとは限らず、「なにも福島第一原子力発電所の近く を選ばなくても」や、「研修指定病院になったばかりで体制も整っていない病院を選ばなくても」などの否定的な意見も多く存在した。

私が研修先として南相馬市立総合病院を選んだのは、もちろん在学中にお世話になった先生(上教授)方の影響も大きいが、同様に、人の見ていないもの見たさの好奇心に突き動かされたからという理由も存在す
る。実際に研修を始めると「私しか知り得ないこと」が山のようにあることがわかった。

初期研修の成果は、どれだけ患者に遭遇するかと、どれだけ診断・治療過程に立ち入ることができたかの二つの側面から述べられることが多い。この地域は 元々、人口1000人あたりの現役医師数が0.84人、と、東京都(1.59人)と比べると半分の地域である。医師不足は、医師一人ひとりの献身的な医療 活動により補われており、そのためか研修医にも、研修のみならず戦力の
一端としての期待もされることになる。すなわち、一人の研修医が関与する症例数も多く、また研修科の枠を超えての患者との取り組みを課せられる。

病院が立地する南相馬市は原発周辺市町村で唯一町村避難をしておらず、それ故か避難者の帰郷も早く、帰還割合も高い。震災前の68%、約4万9千人の市民 が現在居住するが、一人ひとり、一家族、一家族それぞれの悩みは個別のものとなり、「広く知られている大きな特色」を常に意識することはない。むしろ、初 期研修の枠を超えて行う自発的な地域社会との関わりの中で出会う原発被災地域の問題点を強く意識する。

今回の発表では、「広く知られている一般的な問題」ではなく、研修やボランティア活動などを通して「私しか知らないこと」に重点を当て、この地域を紹介していきたいと考えている。

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