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Vol.252 臨床試験の質を担保するために~ベイラー大学病院(ダラス、テキサス州)での取り組み~

医療ガバナンス学会 (2013年10月18日 06:00)


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ベイラー大学病院/ベイラー研究所/膵島移植部門
瀧田 盛仁
2013年10月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


最近、日本から世界的に有名な医学雑誌(Lancet)に掲載されていた高血圧薬(一般名: バルサルタン)の臨床試験(Jikei Heart Study)に関する論文が撤回された。理由はデータの偽造が疑われること、及び、著者一人が高血圧薬の発売元である製薬会社の社員であったのにも関わら ず、論文では隠蔽されていたことである(脚注1)。この他、同様な理由で「KYOTO HEART Study」と題された論文も撤回された(脚注2)。

私は米国で膵島移植(脚注3)に携わっているが、臨床研究(脚注4)に関する病院内の手続きが年々、厳格になってきており、データを偽造する隙はない。今 回の事件を聞いた際、強い違和感を感じた。そこで、当院(ベイラー大学病院、テキサス州ダラス)での手続きの実際を概説したい。

1. 臨床研究を開始する手続き
臨床研究はすべて、病院内の倫理審査委員会(IRB)の承認を得る必要がある。これは日本も同じだ。私は現在、病院内の10の臨床研究に登録されている。 そのうち3つは、研究の必要性を感じ自ら提案したものだ。まずは、医師・看護師など研究に関与する実務者間で合意を得、倫理審査委員会が定める書式に沿っ て研究計画を記述する。単純な既存の血液検査データの分析など、薬を新規に投与することがない研究(研究によって健康被害が起こり得ない場合)は、そのま ま倫理審査委員会に研究計画を提出し、審議を待てばよい。

新しい薬の効果や安全性を検証する研究を医師主導で行う場合は、本当に気の遠くなる、長い道のりである。実務者間の意見や役割分担の調整はもとより、病院 内の倫理審査委員会へ研究計画書を提出する前に、これまた、病院内の「Quality Assurance (QA: 品質保証)」という部門の担当者と細かい記述について修正する必要がある。まるで出口の見えない無限ループのような質疑応答を繰り返した末、まさに「分厚 い」研究計画書が出来上がる。その後、病院内の倫理審査委員会、連邦政府(FDA)への届出と承認の後、いよいよ臨床研究が開始される。病院内の強力な QA部門が、病院の現場と法規制を橋渡ししているのだと痛感した。

2. 臨床研究の運用―QA部門による厳しいチェックが鍵―
医師や看護師、薬剤師など医療従事者が互いに協力しながら臨床研究を進めていく。ただ、人間はミスをする。研究チームの構成人数が多くなれば多くなるほ ど、悪意のない誤解が多発する。ミスや誤解、研究計画書が想定していない出来事が研究チーム内で判明した場合には、その都度、研究チームのメンバーが病院 内の倫理審査委員会に自発的に届け出る。倫理審査委員会は勧告を発表し、それに従い、再度、研究メンバーへ情報共有を行ったり、研究計画書を修正したりす る。倫理審査委員会が重大な事案だと判断すれば、研究の中止及び主任研究者(大抵、病院の部長クラスの医師)への再講習が待っている。当然それでも、見過 ごされるミスはある。そこで活躍するのが上述したQA部門であり、私はこのQA部門のプロセスがデータ偽造防止に効いていると感じている。

QA部門は、臨床試験のデータや記録が適切に記述されているかチェックするとともに、それを通じて臨床試験の運用も常に監視している。通常、医師主導の臨 床試験では、病院内のQA部門が、製薬会社主導の臨床試験では、製薬会社が委託するQA組織が担当する。病院QA部門の経費は、臨床試験を行っている病院 内それぞれの臨床部門から、監査に費やした時間に応じて支払われる。QA監査の依頼元と経費の負担元が同一という点で金銭的利害関係があるが、実務上の癒 着はなく、QA監査は厳しく細かく行われている。

実際には、被験者の人数によって変動するが、凡そ月に1度、更に我々の場合は移植の度に、研究や医療行為が計画書通りに実施されているか、病院内QA部門 の監査が行われる。このQA部門の監査で、後で悪意によりデータが改変できないよう、検査結果のデータがロックされる。これには、基礎研究部門から提供さ れた新規バイオマーカーの検査結果や測定記録も含まれる。また、データの解析は、医療・生物統計の専門家集団である”Health Care Research and Improvement”という病院内の別の部門が担当する。QA担当者は病院内のIRB担当者とも密に連携しており、臨床試験において重大な違反が判明 した場合、QA担当者がIRBに通告、IRBが臨床試験の中止を命令することもある。

さらに、半年から1年の間隔で、病院外の第3者のQA組織或いは臨床試験の専門家(FDAを退職された方々など)による監査が行われる。病院内のQA部門 が徹底的にミスや改善点を指摘して下さるため、我々の部門では現在のところ、外部のQA監査で大量のミスを指摘されることは少ない。ただし、 「Quality Assurance (QA)」に携わる人々は臨床試験の専門家であって、それぞれの医療行為の専門家ではない―例えば、QAの人々は必ずしも膵島移植の専門家ではない―た め、外部QA監査と別に、半年から1年の間隔で、外部の膵島移植を専門としている臨床医に臨床研究が適正に安全に行われれているか検証していただいている (Data Safety Monitoring Board: DSMB)。

Jikei Studyは約3000人にも及ぶ大規模な被験者数、並びに薬剤投与の有無が関係する臨床試験であり、データ入力を行う担当者とは別に、個々の患者さんの データと安全を確認する大規模なQAの体制が必要となる。今回、研究費は慈恵医科大学が負担していると公表されており(脚注5)、臨床試験を開始する際 に、主任研究者及び大学が、十分なQAを行う体制を確認する必要がある。Jikei  studyではどのような体制で臨床試験の質を保証していたのが解明が待たれる。

3. おわりに
このように幾重にも研究チーム外の監査が行われるため、「研究者は、よほど信用されていないのか」「監査のためにかける労力と費用は非効率的」「がんじが らめ」と感じることがしばしばある。しかし、冷静に考えれば、ミスや改善点の指摘が多ければ多いほど、また、第3者の方に関与していただければいただくほ ど、研究チームにノウハウが蓄積し、医学的に、そして倫理的により適正な研究が実現できる。現在の病院に勤務して5年になるが、テキサス人のよいところ は、監査により大量のミスを指摘されても研究スタッフが笑顔で対応するところであり、ミスがあったからと言ってもやり直せるところである。ここに紹介した 手続きは、決して理想的なモデルではなく、日々、臨床研究に関する細かい手続きや書式は更新されている。日本発の大規模臨床研究の論文が撤回されたことは 悲しいが、その信頼回復には、地道に誠実に、どのようにすれば信用される臨床研究が実施できるかを考え、試行錯誤する他ない。

脚注1. Lancet Editors. Retraction–Valsartan in a Japanese population with hypertension and other cardiovascular disease (Jikei Heart Study): a randomised, open-label, blinded endpoint morbidity-mortality study. Lancet. 2013 Sep 7;382(9895):843.
脚注2. Retraction of: Effects of valsartan on morbidity and mortality in uncontrolled hypertensive patients with high cardiovascular risks: KYOTO HEART Study [Eur Heart J (2009) 30:2461-2469, doi: 10.1093/eurheartj/ehp363]. European heart journal. 2013 Apr;34(14):1023.
脚注3. 血糖値を下げるインスリンというホルモンを作る細胞を、インスリンを作ることができなくなった糖尿病患者さんに移植する治療法。1型糖尿病患者さんには脳 死患者からの細胞を、難治性慢性膵炎の患者さんには、すい臓を摘出のうえで患者さん自身の細胞を肝臓に移植する。
脚注4. 病院で行われる、患者さんを対象とした研究。
脚注5. http://clinicaltrials.gov/show/NCT00133328

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