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臨時 vol 147 「新型インフル 蔓延したら白血病治療止まる」

医療ガバナンス学会 (2009年6月27日 11:35)


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              聴き手・ロハス・メディカル発行人 川口恭

 新型インフルエンザが蔓延すると間違いなく生命の危機に瀕する人たちがいる
と分かってきた。白血病治療に欠かせない輸血が欠乏するからだ。東京大学医科
学研究所の成松宏人客員研究員(血液内科医)は、第二波に襲われる前に注意喚
起しておくべきと考え、現在学術論文の投稿を準備しているという。
――新型インフルエンザと白血病の治療と、どういう関係でしょうか。
 朝日新聞の5月23日付報道によると、5月16日から22日にかけて兵庫県の赤十
字血液センターでは、献血者数が計画のわずか6割程度しか確保できなかったそ
うです。関西での新型インフルエンザの感染の拡大により、外出を控える人が増
え、献血が減ったことが原因と分析されていました。ほとんどの血液内科医が、
血小板は大丈夫だったのかと思ったはずです。
――なぜ血小板の心配をするんですか。
 血小板は、白血病の治療に欠かせないうえに保存期間が4日しかないのです。
わずか数日、献血者が減っただけで足りなくなりますし、よその地域から融通す
るのも難しいです。ちなみに赤血球は保存期間が21日あります。
――血小板を何に使うのですか。
 強い化学療法を行うと血液中の成分が失われます。血小板が過度に失われると
脳や消化管から出血して生命の危機に至るので、必要に応じて補充する必要があ
ります。このように、もっぱら使うのは白血病治療の際です。ほかに必要なケー
スは限られますが、血小板が減少するような重症感染症や人工心肺を使うような
大きな手術の際にも使うのではないでしょうか。
――その時期の兵庫県は大丈夫だったんでしょうか。
 問題が起きたという話は聞いていません。ただ、厚生労働省がこの時に出した
通達の内容を知って驚きました。「最低限の使い方にしなさい」というものでし
た。私もずっと臨床の現場にいましたけれど、血小板というのは元々貴重なので、
はじめから最低限にしか使っていません。ナンセンスな通達です。
――そんなに貴重なんですか。
 成分献血してもらわないといけないので1時間くらいかかります。全血献血な
ら10分程度で済みます。献血してくれる人の多くが全血を選びます。
――全血から分離できないんですか。
 成分献血の場合は何リットルもの血液から分離します。全血は多くて400㍉リッ
トルですから、分離したとしても少ししか取れません。
――なるほど、どれだけ大変なことか段々分かってきました。
 今回は関西の一部地域だけの話だったので問題になりませんでしたが、広範囲
に新型インフルエンザが蔓延したら、白血病の化学療法や造血幹細胞移植はでき
なくなります。1カ月あたり数百人の単位で、治療を受けられずに亡くなる人が
出ると思われます。
――白血病だけですか。固形癌の化学療法はどうなんでしょう。
 一般論としては大丈夫だと思います。ただ、新しい固形癌の化学療法はイザ何
かあったら血小板を輸血しないといけないというような強い治療が多いので、そ
のような治療はやりにくくなるでしょうね。すぐ患者さんが亡くなるわけではな
いにしても影響はあるでしょう。
――今回、学術論文をお書きになっているそうですが、それは献血量を減らさな
いようにしようというアプローチですか、減っても何とかなるようにしようとい
うアプローチですか。
 献血者を増やすような取り組みは、日赤が既に一所懸命やっていて劇的に増え
るようなことは考えにくいと思います。よって後者の取り組みになります。具体
的には、ソラレン誘導体という薬剤を使って輸血製剤の不活化という処理をする
と、血小板の保存期間が7日に延びるので、その導入を検討したらどうか提言し
たいと思っています。7日に延びれば、余裕のある地域から足りない地域へ融通
することも考えられます。
――不活化ですか。
 輸血製剤中のウイルス、細菌、原虫などの病原体を殺す技術です。EU諸国の一
部では既に承認されています。アジアではシンガポールやタイなどで使用が許可
されており、また米国でもFDAに申請中です。本来の目的は、輸血製剤による感
染防止です。
 現在、我が国ではHBV、HCV、HIVについて、核酸を増幅して調べるN
ATという検査が行われています。その成果で、輸血が原因でこれらの病気に罹
患する患者さんは極めて少なくなりました。でも、それ以外のウイルス、細菌、
原虫などが血液に混ざっていた場合、見つけることができずに、そのまま患者さ
んへ輸血されているのが実態です。
 未知の新興感染症に対応できないのは問題でないかということで、日本でも
2004年に議論が始まりましたが、未だに審議が続いていて治験も開始されていま
せん。学会などで、「安全性に関するデータ集積は不十分で、変異原性や発がん
性など人体への長期的な影響が完全には明らかにはなっておらず、導入するかど
うかは慎重に検討すべきである」との見解が優勢のようです。つい最近行われた
輸血・細胞治療学会でも、議論があまり進まなかったそうです。
 ただ、輸血製剤の保存期間が延びるということに関しては全く着目されて来な
かったと思うので、医療の危機管理として改めて議論を急ぐべきだと思います。
――不活化しないと、新型インフルエンザそのものも輸血を介して感染する可能
性がありますね。
 インフルエンザが輸血を介して感染するというエビデンスはありません。しか
し、感染している可能性があれば献血しないでくださいという現在の対応だと、
壊滅的に献血の減る可能性があります。不活化すれば、疑わしい人からも献血を
受けられるので、非常事態には意味が大きいと思います。
――政府は新型インフルエンザの第二波以降は、ハイリスク群の被害を最小化す
るんだと言ってます。だとしたら、備えておくべきように思えますね。
 何らかの緊急措置を取った場合でも、導入するには月単位の時間が必要です。
秋以降の第二波に備えるつもりならば、すぐ検討を始めた方がよいと思います。
――でも実際には何も動いていない。国会質問もあったのに。どうも、血液製剤
の加熱・非加熱と同じで薬害の構図のように見えて仕方ないのですが。
 そうですね。対応する技術があって、それを導入しないことによる危険性はあ
らかじめ分かっていたわけですから、死者が出れば、不作為で誰か逮捕されるで
しょうね。
 でも白状すると、兵庫の件が報道されるまで、私自身も血液専門医でありなが
ら、この問題に気づいていませんでした。反省も込めてなんですが、現場の臨床
医が今まで関心なさ過ぎで行動しなさ過ぎたと思います。治療ができなくなって
一番困るのは患者さんですから、傍にいる臨床医が代弁して声を挙げないといけ
ません。
 どうも現場の臨床医はおとなしいというか、難しい問題は偉い先生方や厚生労
働省が何とかしてくれるだろうと考えがちです。意見が分かれるような社会的な
問題には関わりたくないというメンタリティがあります。
 少なくとも、このままだとこういう危険があるけど、どうするか議論しようよ
と社会に呼びかける責任はあると思います。今回の問題も、パンデミックの時は
白血病の患者さんが亡くなるのを容認しようと社会全体で決めるなら仕方ない話
ですし、不活化による薬害が起きるかもしれないけれど緊急に導入して白血病患
者さんを救おうというのも選択です。その議論すらされてないというのが大問題
だと思います。
――まったくその通りですね。
 この話は、医療の危機管理の問題として一般化もできると思います。今年初め、
骨髄移植に欠かせないフィルターがメーカーの事情で欠品するかもしれないと大
騒ぎになりました。関係者がかなり無理をして、米国で既に承認されている別の
会社のほぼ同効品を1カ月あまりの間に迅速承認して輸入し、なんとか骨髄移植
中断は免れました。
 かなりの無理をした一方で、あくまで通常時と同じ枠組みでの対応でした。次
回同じような問題が起きた時にどう緊急対応するか、という問題を避けて通って
しまいました。今にして思えば、こういう時はどうするんだという危機管理とし
ての議論をしておいたら、インフルエンザでビックリ仰天する前に動けていたの
でないかと残念に思います。多くの人の命が救われるような医薬品が、日本で承
認されていないために使用できないとか、採算が取れないために日本で手に入ら
ないとか、そういう事態が突発的に起きた時にどうするかです。
 通常時、医薬品の承認は安全性を担保するため科学的かつ慎重に審査を行った
上でなされます。また、医薬品の販売や供給については経済的な事情も多くを左
右します。緊急に承認を与えれば、安全性の検討がおろそかになるかもしれませ
ん。また、メーカーに強制的に医薬品の供給をさせれば、経済合理性を無視する
ことになります。一方でそのような緊急措置で患者を救える可能性があります。
 緊急時には、このメリットとデメリットを天秤にかけて判断する必要があると
思います。科学と社会のバランスを取ると言い換えてもよいかもしれません。そ
の判断を一握りの専門家や行政だけに求めるのは酷です。
 実は米FDAでは新型インフルエンザに関して、緊急時には必要に応じて未承
認・未認可の医薬品の使用を許可することができるようになっています。実際、
新型インフルエンザの感染拡大が認められてから、特定のインフルエンザ医薬品
や診断キットの緊急使用を許可しました。
――今、科学と社会のバランスを取るというお話をされましたけど、素人は、医
療者がバランスを取ってくれるものだと信じ込んでいます。
 実際には科学に偏っています。社会的コンセンサスを得るように行動をする機
会も、社会的な判断をする機会も多くありません。というよりも、そういう振る
舞いをしようとすると異端と見なされます。科学、特に急速に発達した分子生物
学という分野が大きいのですが、それをやっていれば、よい薬や治療法が出てき
て、治療成績も上がって、患者さんのためになった、という成功体験があるから
だと思います。でも、社会の事情も変化して、科学以外のアプローチも考えない
といけない転換期に来ていると思います。
 職業人としての医師が最大の目的とすべきは患者さんの利益であり、そう考え
れば、手法を科学に限らなければならない理由など、どこにもないのですよね。
何アホなこと言ってるんだと思う人も多いかもしれませんけど。
 論文を書いているのは、そうすることによって、一般の医療者にも関心を持っ
てもらえるかなと思っているからです。
(この記事は、ロハス・メディカルweb http://lohasmedical.jp に6月19日付
で掲載されたものを一部改編したものです。)

 

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