【MRIC編集部より】
http://medg.jp
2007年11月7日、東京地裁は”混合診療を禁止する国の政策は違法”とする初めての
司法判断を下しました。今回はこの『混合診療における健康保険受給権確認訴訟』控
訴審を闘っておられる清郷伸人さんよりのご投稿です。
清郷さんは2000年12月に腎臓がんと診断され、01年6月には頭と首の骨への転移が判
明、IFN治療に加えて保険適用外のLAK療法も併用することとなり、混合診療問題に直
面されました。
医療費の全額自己負担ががん患者らを苦しめている現状を訴え、一審を弁護士なしの
たった一人で闘い抜かれています。
今回の原稿は2009年6月16日、東京高裁における最終弁論で、被控訴人として述べら
れた意見に一部加筆・修正されたものです。
http://www.kongoshinryo.net/index.html
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私の提訴した混合診療における健康保険受給権確認訴訟について、6月16日
に行われた控訴審最終弁論において被控訴人の私は次のような意見を陳述しまし
た。
1. 日本における進行がん等重病患者をめぐる状況
毎日のように日本の病院で繰り返されている悲劇があります。「もう治療はあ
りません、ホスピスに行ってください。」日本人の2人に1人がかかるといわれる
がん治療の最前線では、患者や家族が医師にそう告げられて絶望の淵に追いやら
れています。しかし、それは国の認めた保険という範囲の治療はないということ
で、世界で有効性、安全性の認められた薬や治療はまだあるのです。ただ日本で
は保険でないために医師は実施できないのです。日本の審査や承認があまりにも
遅いだけではなく、コストが高いため保険承認の申請すらされないものもありま
す。このような行政制度の壁で助かる命が失われているわけです。病院や医師の
勇気ある好意で、保険外の世界標準薬や医学的根拠のある先進治療が行われるこ
ともあります。実際、臨床現場では保険外の先進医療を求める声は多く、潜行し
て行われているとも聞きます。しかし万一露見すれば病院の保険指定停止や保険
医療費返還という厳罰が待っており、医師も患者も萎縮しています。したがって
現状では保険治療の尽きた患者は、死を待つだけなのです。私もそうなる可能性
のある進行がんの患者です。
2. この状況を作り出した医療制度
日本では保険医療機関は感染症など急性期疾病だけでなく難病化、重病化する
がんなど慢性期疾病に対しても一律に保険内診療しか許されていません。認めら
れた少数以外の保険外診療は禁じられ、もし実施したら併用する保険診療の保険
給付は停止され、全額自己負担となります。この結果、世界標準の抗がん剤の4
割が使えず、日々進歩する治療も死に瀕した患者に届かないという状況が続いて
います。これが今の日本の保険医療制度です。
3. この医療制度の存在理由とされているもの
このような患者の生存権を侵すほどの権力行為の理由とされているのが、一つ
は医療の平等性の確保、もう一つが安全性の確保といわれているものです。平等
性の確保とは国民皆保険制度のもと国民は等しく公平に医療を受けなければなら
ないというものです。それは理念としては正しいのですが、対象世帯の1割以上
が月々の保険料を払えず、保険証を取り上げられたり、保険治療の自己負担分も
払えない人が多数存在する一方で、差額ベッドという月に何十万もかかる費用が
公認されている現状があります。さらに保険指定を受けない医療機関では自由診
療が認められ、病院が決めた高額な費用を払えばそれはいくらでも受けられます。
歯科では昔の差額徴収のような混合診療は公然と行われています。医療が平等で
ない現実がすでにこれほどあるのです。一方で他に治療がないような窮地の重病
患者が保険外診療を受けた時だけ行政は平等性が壊れるという理由で保険給付停
止という懲罰を加えるのですが、そこにおいてこの理屈は矛盾しており、苦しむ
のは裕福でない重病患者だけです。まさに弱者をムチ打ついいがかりです。
保険料をキチンと払った上に自費で保険外診療を受けただけで一切の保険を取
り上げられるなら、では自費で個人年金を契約したら公的年金は取り上げられる
のですか。私塾に公立学校の子弟を通わせたら退学になり、罰金を払うのですか。
このように保険外診療の併用を禁ずるための平等性という理由は見せ掛けで合理
性はありません。保険外診療を併用しても保険診療には保険を給付する方が平等
に近づきます。
次に安全性の確保ですが、ここでも自由診療の問題が浮上します。自由診療と
いう保険外診療が危険だから、それと保険診療との併用は認めないというのが国
の理屈ですが、それならなぜ危険な自由診療を野放しにするのですか。すべての
医療機関に保険指定を義務づけないのですか。自由診療が存在する以上、誰でも
それを受けられます。保険診療を受けている患者も他の日に他の病院で受けるこ
とは十分可能です。保険診療だけ安全を検討して保険外診療は知らん顔というの
も医療の安全性からは矛盾した話ですが、それでも世間で医療事故や薬害が多発
しているということはありません。
なぜ多発しないかというと医師法や医療法や薬事法といった医療の安全性を担
う法律があって、機能しているからです。そもそも健康保険法というのは本質的
には患者が医療を安価に受けられるための経済的支援法なのです。経済的支援法
で安全性を確保しようという発想が誤っているのです。
国はこの平等性と安全性の確保という理由から、健康保険法には明文規定はな
くとも保険外併用療養費(旧特定療養費)の反対解釈によって混合診療禁止原則
の趣旨を持つといっています。しかし理由があれば規定は要らないというのも暴
論ですし、その理由も、平等性は事実として崩れている上、保険外医療が保険医
療に悪影響を及ぼして安全性を損なうという立法事実の証明はありませんでした。
それも当然で医療の安全性と保険は本来別問題なのです。保険であろうがなかろ
うが医療は安全でなければならないのです。
4. 健康保険法の解釈と混合診療
一方、健康保険法の意義は大きく、国民が安く公平に医療を受ける上での基礎
的社会保障です。だから保険財政の破綻は防がねばなりません。保険外併用療養
費制度はそのための立法です。先進医療をすべて保険にしたら財政が破綻するか
ら一部の先進医療には診察、検査など基礎部分に保険を給付する、あとは自費で
やるという制度です。もちろん保険診療には保険を給付します。それだからといっ
てこの制度に他の先進医療を併用した場合は保険診療まで奪うという規定などあ
りません。そもそも従来公認されてきた差額徴収という混合診療の一部が特定療
養として制度化されたからといって、その反対解釈で保険診療という最重要な国
民の権利を奪うことなど許されるはずがありません。
原判決は健康保険法を精査して、私の保険受給権剥奪に法的根拠はないと判断
しました。しかし混合診療の是非についての判断は留保しました。だから国は控
訴ではなく保険受給権剥奪についての立法措置を講ずればよいのです。混合診療
は難病患者の私にはメリットが大きいのですが、保険指定停止というペナルティ
が病院に課される以上、実施できない状況に変わりはありません。しかし国が混
合診療の禁止と被保険者の保険受給権剥奪をセットにして規制をかける以上、私
の請求が認められれば禁止規制に影響が出ることは避けられないでしょう。
これほどの強権をもって国が禁じている混合診療について考慮すると、デメリッ
トもありますがメリットの方がはるかに大きいと考えます。さきほどその平等性、
安全性について述べましたが、他に知識や情報の少ない患者が悪徳医に引っかか
るという懸念も禁止の理由といわれています。しかしそれは過大なパターナリズ
ムというべきで、国が免許を与えた大部分の医師を信頼して重病や難病の患者の
ニーズに応えるべきです。悪徳商法の多発する通信販売でも禁止になることはあ
りません。ニーズがあり、そのデメリットよりもメリットが大きいからです。悪
徳商法には商売を禁ずるのではなく法的罰則で対処しているように悪徳医には厳
罰を科すのが正しいのです。保険治療の効果がないためにやむなく保険外治療を
求める患者の選択肢を奪うことで悪徳行為を防ぐなど本末転倒の考えです。悪徳
医師を出さないために患者から薬を取り上げるという論理です。
保険治療の尽きた難病や重病に苦しむ患者のためにも、混合診療はルールを定
めて原則解禁すべきと考えます。
5. 審理過程そして憲法判断
私は混合診療における保険受給権剥奪には法的根拠がない、この行政措置は違
憲行為であると原審から一貫して主張してきました。これに対し、国は原審では
療担規則と医療の不可分一体論および保険外併用療養費制度の反対解釈論を法的
根拠として主張し、敗訴すると健康保険法の成り立ちや経緯、立法者意思を持ち
出して混合診療ははじめから禁止されていたことを控訴の理由としました。しか
し控訴審で立法精神が立証できないとなると、特定療養費制度以降には禁止の趣
旨を持ったと言い出しました。国はいったい何を法的根拠と確信してきたのでしょ
うか。
たとえば憲法29条2項には「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように
法律でこれを定める」とあります。それは、公共の福祉の要ともいえる健康保険
受給権は給付も剥奪も法律で定めるよう憲法が命じていると解釈できるのであり
ます。憲法のいう法律で定めるとは、明文で規定するという意味です。憲法は、
法律内容を明文規定でなく趣旨とか反対解釈で解釈することはきわめてあいまい
で恣意的になりやすく、行政権力が濫用しやすいことを見抜いております。だか
らこそ法治国家においては、法律の明文規定によらないで行政が国民の権利を奪
うことは許されないし、同時に法律を作る立法府の責任も憲法は明示しているの
です。
私は健康保険法に私の保険受給権を剥奪する根拠はないと主張いたしますが、
万一根拠があるとされたら、今度は健康保険法の違憲判断を求めねばなりません。
憲法で保障された国民の基本的人権は、法律に具体化されて守られるのが法治国
家の第一条件と思います。しかし基本的人権が国籍法やらい予防法などの法律に
よって破られてきたことも事実です。私の保険受給権は法律ではなく裁量行政に
よって違法に破られた例と思っていますが、司法の判断次第では法律によって破
られたことになるかもしれません。
その場合、健康保険法によって毀損された基本的人権とは、まず何よりも自ら
望み、必要とする医療によって命を少しでも保つ生存権、納付義務を果たした被
保険者間の給付に関する看過できない不合理な差別という平等権、税金とは別に
強制徴収された保険料の対価としての給付という財産権であります。
私の場合、がんの転移の確定後、放射線治療に続いてインターフェロン療法と
LAK療法の併用が4年間行われ、そのため症状は悪化せず日常生活を送れたので
すが、この混合診療が公になったことで、LAK治療は中止となりました。保険受
給権の剥奪によって混合診療を禁ずる現行の医療制度は、患者から治療効果を期
待できる医療の可能性の芽を摘んでいることで、患者の治療選択権、医療におけ
る自己決定権を侵し、その結果生存権を侵しております。また正しく保険料を払っ
た被保険者が保険外診療を一つ受けただけで、保険受給権を奪われるのは、保険
診療のみを受けて保険を受給する被保険者との間に生命と健康と給付に関する看
過できない不平等の扱いを受けているといえます。また健康保険は支払った保険
料の対価ですから、法的にも被保険者の財産といえるものです。個人の財産を国
といえども奪うには、相当に重大な理由が必要ですが、混合診療がそれに当たる
とはとてもいえないと思います。
このように健康保険法によって、私が憲法で保障された基本的人権をこれほど
侵されているとするならば、私は健康保険法に対して違憲の判断を求めるのであ
ります。
6.まとめ─私の訴えの真実
この裁判で私が求めているものは、命の瀬戸際に追いつめられた難病や重病の
患者が、世界の標準治療や先進治療を知る医師と話し合って選んだ治療が今の日
本の保険で認められていないというだけの理由で、それを受けた途端に医師の診
断やCT検査やインターフェロン治療のような保険診療まですべて保険給付を取り
上げられて自費になるだけでなく、それら大切な保険診療そのものを受けられな
くなるという理不尽で非人道な国家権力の停止であります。