医療ガバナンス学会 (2013年12月24日 06:00)
だがそうした中で、最近の”神経内科診療”においては、周りと少し違った変化を示しているような気がする。何となくの印象なので、科学的な裏付けがあるわ けではないが、それでもこのあたりの神経内科医は私ひとりなので、私の印象がそのまま神経内科診療につながることは事実だろう。
それは、「”脳血管障害以外の神経内科疾患”に限っていえば、外来患者は微増を続けているものの、入院患者は逆に減った」ということである。これは、おそらく他の診療科にはない傾向のように思える。
これをどう分析するかなのだが、結論から言うなら、「要するに一巡して、ひと通りの整理がついた」ということである。つまり、残念ながら亡くなる患者も多 かったが、1年をかけて然るべき病気には手を加え、介護の必要な在宅患者には往診を含めて介護・福祉サービスを入れ、不安定な病状にはそれなりのカウンセ リングと薬物コントロールとを試みた。
その結果、神経内科疾患に限っていえば、”頭痛”や”しびれ”や”めまい”や”物忘れ”での初診や、薬物調整を目的に外来に回る患者は漸増を続けているが、漫然と通院を続けていたり、入院しなければならなかったりするような重篤な患者は逆に減った。
そのようなことを打ち明けると、「治療がまあまあ上手くいった証拠だし、それならそれでいいではないか」と解釈されるかもしれないが、そういうものとは若 干違うような気がする。つまりそれは、「今の市立病院のけっして十分とはいえない現状に、患者側も理解を示してきた」ということである。
震災前からかもしれないが、この地では、神経難病疾患に対して高度な医療を実践してきたとは言い難い。だから、「患者もずっと我慢しているのだ」という意 見があったとしたら、甘んじて受けるしかないのだが、誤解を恐れずに言うなら、「進行する病態にある患者に対しても病状説明を詳しく行い、それに対する暫 定的な対応を示し、同居している家族を励まし、介護や福祉サービスを丁寧に入れていくことで、それなりの納得へと導いた」ということである。つまり、 「少々具合が悪い程度では、皆さん入院を希望しなくなった」ということである。良し悪しは別としても。
それは、結構意外なことだった。
とにかく無尽蔵に入院患者も増え続けると思っていたのだが、けっしてそうではなかった。神経内科だけ入院制限を設けているわけでは、もちろんない。しか し、当科への入院適応患者は、この時期にきて、むしろ減少傾向にある。それは、この地での”医療の現実”に理解を示す住民が増えてきたということなのかも しれない。中には当然、「入院したくない」と言い張る患者もいれば、仕事や家庭の事情で、どうしても入院できない患者もいる。ALSのレスパイトや精神疾 患患者の入院適応など(確定診断前の”ヒステリー”などで、経過観察目的の1泊入院なんかは結構ある)、まだまだ整備しなければならない状況もあるにはあ るのだが、何となくの譲り合いというか、身の安全は自分で何とかしようとする雰囲気が生まれてきたようにも思う。
これは、地域医療のひとつのモデルかもしれない。大学病院に勤めていた頃にはけっして分からなかった、患者背景を後押しする医療である。
私は、この1年9ヵ月の間に、主に神経難病患者の診療に重点をおいてきた。現在南相馬市には、パーキンソン病は70余人、ALSは6人、脊髄小脳変性症は 15人、重症筋無力症と多発性硬化症は、それぞれ10人以上いる。確かに日々進行する病態を呈するものもいるし、多くの不安を抱えたまま生活をしているも のもいる。
難病患者は、発症年齢や重症度、薬物の反応性や生活環境によって病状が異なる。ニーズにあった療養環境を整える必要があり、彼らの問題点について1例1例 検討を加えてきた結果が、いまの入院適応患者の減少なのであろう。勝手な憶測かもしれないが、「いざとなったら入院できる病院がある」という安心感が、 却って入院希望の気持ちを、病院から遠ざけているのかもしれない。
ただ、これを以てして、この地域の医療が充足したということではけっしてない。繰り返すが、「施設がなかったり、病院にはなかなか入院できなかったりする から、自宅で療養せざるを得ないのだ」という状況の患者もたくさんいると思う。介護力の低下は明らかである。そういう患者に対しては、「お互い様」という 形で”往診”することによって何とか居宅でつないでいる。「医者が来てくれるのだから、できるだけ自宅でケアしよう」と、患者家族に思ってもらうことが重 要である。そういう条件で、私は何人もの患者を在宅へお返しした。
日々運ばれてくる救急患者やうつ病患者など、課題を挙げればキリはないが、この病院で孤軍奮闘を続ける医師やコメディカルの働きで表面上の混乱は終息したように思う。あとは、その機能を充実させ、より高度な医療を提供できるように、いかにして発展させていくかである。
病院や施設をこれ以上増やしたくないのなら、入院によって得られる収入や、治療や介護にかかる手間暇を外来通院や往診の中で実践していくしかない。それに は、医療費の適正価格の設定と、もう少しのマンパワーとが必要だ。贅沢は言わない、ほんのちょっとでいい、医師・看護師・介護士などもう少しの予算と人員 とが確保できれば、余裕の中での十分な説明と丁寧な治療とによって、神経内科疾患患者のように、入院適応患者を減らせられるのではないだろうか。おそらく はかなりの割合で。
放射線事故に対しては、「エリアと食物にさえ気をつけていれば、住むのにはほぼ問題ない」という決着が付いた。そういう意味では「被災地なんかではない、 もう大丈夫だ」という良い意味での風評が広がるであろう。もちろん、それは歓迎すべきなのだが、でもだからといって、すべての課題が解決されるわけではな い。おそらく最後に残る問題が、医療や福祉や介護であろう。帰還者が増えるということは、高齢化に拍車がかかることを意味し、それによって障害者や被介護 者が増加するということである。
これからは、もっと限定されたピンポイントでの支援が必要である。産婦人科医と消化器内科医と小児科医が1人ずつ必要だとか、社会福祉士と歯科衛生士とを1人ずつ求むとか、そういう単位での支援である。
南相馬市においては、復興の正念場を今まさに迎えている。そして私は、病院機能の健全化のためのやり甲斐を、確かに感じている。あと少しである。何卒もう一押しの支援を賜りたく存じます。