医学の進歩によって新たに生まれた「脳死状態」という状況を、法律によって
「死」であると定義して本当によいのでしょうか――。東京財団および有識者有
志は、以下の通り、今国会で審議されている臓器移植法改正案に関する緊急声明
を発表しました。ご意見ご感想、またこの趣旨にご賛同いただける方からのご連
絡をお待ちしています。
※連絡先は末尾をご参照下さい。
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臓器移植法改正案に関する緊急声明
「人の『死』は法律で『定義』するのが『本当に』いいのでしょうか」
呼吸をしない、冷たくなった身体、そうした事実を以て、古来、人間も動物も
死を受け入れてきました。しかし、医学の進歩により「脳死状態」という新たな
状況が生まれたことで、私たちの思いや考えは、生と死の狭間で揺れ動いていま
す。
長い間、心肺停止が一般的な死でした。しかし、現在は電気ショックや心臓マッ
サージにより蘇生する人も多くいます。医学の進展とともに、死の認識は、変わっ
ていきます。近い将来、「脳死」からの蘇生が可能になっても不思議ではありま
せん。
にもかかわらず人の死を「法」といういわばデジタル的な判断の世界にゆだね
てしまってよいのでしょうか。法律で一度、決められれば、「死」は解釈の問題
へと転化されていきます。法律の専門家集団である日本弁護士連合会は97年と08
年に、それぞれ会長声明でこのことに対する強い疑念を表明しています。
法律で死を定義すれば、脳死状態あるいはその直前の人を救うより、移植医療
の進展に力が注がれるようになるかもしれません。保険の適用範囲もかわるかも
しれないのです。
脳死は人の死と定義している国もいくつかありますが、それは医療保険制度や
医療現場での医師の裁量に関するルールなどと併せて見なければなりません。だ
からこそ、私たちはこの問題に対する日本人としての対応の仕方を徹底して考え
るべきだと考えるのです。
従来、脳死を一般的な人の死とすると主張してきたA案の提案者の間ですら脳
死の位置づけが揺れています。厚生労働委員会の審議で、A案提案者の中から
「(臨床的)脳死は死ではない」との答弁があったのです。このまま、A案*が
立法化されれば、さまざまな法解釈が生まれ、医療現場が混乱することは必至で
す。
臓器の提供者とその家族が100%納得して移植が行われるのはいいことです。
しかし脳死を人の死として法律で定めることは別次元のことです。それによって
移植が増えるわけでもないでしょう。
人の生死を法律で定めることの重大性、将来に残す影響の大きさをすべての国
会議員の良識にかけてもう一度じっくりと議論して頂きたくこの声明を出す次第
です。
*現行法では、「脳死した者の身体」を「移植術に使用されるための臓器が摘出されることとなる者であって、脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至った
と判定されたもの」と定義するのに対し、A案では「脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止するに至ったと判定されたもの」と定義、太字部分が削除されている。
2009年6月11日
【呼びかけ人】(五十音順、敬称略 6月22日現在)
合原一幸 東京大学教授(脳科学者)
上野 誠 奈良大学教授(国文学者)
小川後楽 小川流煎茶家元
加藤秀樹 東京財団会長、構想日本代表
蟹瀬誠一 ジャーナリスト、明治大学国際日本学部長
金田康正 東京大学教授(数学者)
北本正孟 プロデューサー
鬼頭 宏 上智大学教授(歴史学者)
麹谷 宏 グラフィックデザイナー
小六禮次郎 作・編曲家
近藤和彦 東京大学教授(歴史学者)
三枝成彰 作曲家
佐藤勝彦 東京大学特任教授(宇宙物理学者)
塩野米松 作家
島薗 進 東京大学教授(宗教学者)
住 明正 東京大学教授(気象学者)
瀬戸川雅義 建築家
高橋世織 文芸評論家、東京工業大学特任教授
谷川彰英 筑波大学特任教授(教育学者)
筒井清忠 帝京大学教授(社会学者)
南淵明宏 大和成和病院院長(心臓外科医)
倍賞千恵子 俳優、歌手
長谷川眞理子 総合研究大学院大学教授(進化生物学者)
姫田忠義 民族文化映像研究所所長
藤原誠太 日本みつばち在来種養蜂家
増浦行仁 写真家
町田宗鳳 広島大学教授(宗教学者)
松井孝典 千葉工業大学惑星探査研究センター所長(惑星物理学者)
松原隆一郎 東京大学教授(社会経済学者)
松本健一 評論家
黛まどか 俳人
光石忠敬 弁護士
南美希子 エッセイスト
宮台真司 首都大学東京教授(社会学者)
中村桂子 JT生命誌研究館館長
西川りゅうじん マーケティングコンサルタント
野宮 博 株式会社RHJインターナショナル・ジャパン代表取締役
安田喜憲 国際日本文化研究センター教授(環境考古学者)
山本益博 料理評論家
山折哲雄 宗教学者
湯川れい子 音楽評論家、作詞家
米本昌平 東京大学特任教授(科学・生命倫理学者)
【臓器移植法改正案に対するこれまでの取り組み】
■5月19日 第1回 東京財団政策勉強会の開催
http://www.tkfd.or.jp/topics/detail.php?id=142
場 所:衆議院第2議員会館
テーマ:「臓器移植法改正案を検証する A~D案提案者による
説明と討論」
スピーカー:
冨岡 勉 衆議院議員(自民党)
石井啓一 衆議院議員(公明党)
阿部知子 衆議院議員(社民党)
岡本充功 衆議院議員(民主党)
■6月4日 東京財団からの問いかけ「脳死=死とすれば本当
に臓器移植数は増えるのでしょうか」
http://www.tkfd.or.jp/admin/files/0604.pdf
■6月11日 第2回 東京財団政策勉強会の開催
http://www.tkfd.or.jp/event/detail.php?id=133
場 所:衆議院第1議員会館
テーマ:「法で死を定めることがいかに重大か」
スピーカー:
渡辺淳一 小説家
米本昌平 東京大学先端科学技術センター特任教授
松原隆一郎 東京大学総合文化研究科教授
町田宗鳳 広島大学大学院総合科学研究科教授
加藤秀樹 東京財団会長
<本件に関するお問い合わせ>
東京財団 政策研究部 大沼 03-6229-5502
広報部 今井 03-6229-5504
ファックス 03-6229-5508
〒107-0052港区赤坂1-2-2 日本財団ビル3階