最新記事一覧

臨時 vol 154 「今からできる!現場でのインフルエンザ対策」

医療ガバナンス学会 (2009年7月3日 09:21)


■ 関連タグ

有限会社 T&Jメディカル・ソリューションズ
 代表取締役    木村  知  (きむら  とも)
             AFP(日本FP協会認定)
             医学博士
 わが国における新型インフルエンザ(ブタ由来H1N1)確定感染者数が6月26日時点
で1000人を超えたという。おそらく把握されているのが1000人超というだけで、潜在
的には数倍から数十倍の感染者が存在すると思われるが、今後数ヶ月後には、実際に
百数十万~数百万人規模の新旧合わせたインフルエンザ患者さんが発生するものと思
われる。
 確実に到来する「その時」に向け、われわれ実地医家が今から準備できることを考
えてみたい。
 今回は、毎年多くのインフルエンザ診療に携わってきた経験から、患者さんから発
せられることが予測される要望や質問(FAQ)をシミュレーションしてみた。今年は季節
性のインフルエンザと新型インフルエンザの双方が混在して発生する可能性があるこ
と、そして新型インフルエンザについてのマスコミによる偏向報道、政府が行ってき
た数々の行き過ぎたアピールによって、国民の意識のなかに、かなりの不安感と恐怖
感が刷り込まれている状況にあること、などから例年に増して現場での混乱が危惧さ
れる。
 以下は、われわれがこの数年で蓄積してきた「過去問」に新型インフルエンザ蔓延
期を想定した「応用問題」を加えたものである。ぜひ、実際の臨床現場で今冬の混乱
に直面するであろうと思われる実地医家の方には、これらに対する適切な回答と対応
を今のうちから「予習」しておくことをおすすめしたい。なお、発熱外来を経由して
来院した患者さんを想定せず、あくまでも一般医療機関に「普通に」来院したケース
として考えていただきたい。
(要望編)
H1.「勤務先(学校)で、急に熱が出た。今すぐ検査してほしい。新型ではないという証
明が今すぐほしい」
H2.「数日後にどうしても休めない重要な仕事(学校行事)がある。迅速検査で陽性が出
て新型が疑われても、新型の追加検査はしないでほしい」
H3.「ほかの医療機関で迅速検査を受けて陰性だったが、心配なのでもう一度検査して
ほしい」
H4.「迅速検査で陰性でも、心配なのでタミフルを処方してほしい」
H5.「先日私はインフルエンザにかかってしまったが、現在治癒している。今のところ
症状はないが、心配なので家族全員の検査をしてほしい」
H6.「先日私はインフルエンザにかかってしまったが、現在治癒している。ハイリスク
の家族がいるので、念のためタミフルだけ処方してほしい」
H7.「治療により解熱したが、出勤(登校)する前に陰性を確認しないと出勤(登校)する
なと職場(学校)から言われている。念のため再検査してほしい」
H8.「出勤(登校)しても確実に大丈夫という治癒証明書(診断書)がほしい」
H9.「ほかの病院で治療を受けたが、もう治ったようだ。治癒証明書を書いてほしい」
H10.「鼻風邪です、と言われても心配だ。検査をしてほしい」
H11.「咳が出ているので早退させられた。職場(学校)から検査してくるように言われ
た」
H12.「職場の同僚(クラスの友達)に新型発症者が出た。無症状だが検査してほしい(検
査してくるように言われた)」
H13.「職場(学校)で新型が流行ってきた。不安なのでタミフルを処方してもらいたい」
H14.「ほかの医者でインフルエンザの診断を受けた。ハイリスクではないのでタミフ
ル処方不要と言われ、一旦納得して帰宅したがやはり不安だ。家族が受け取りにいく
のでタミフルだけ処方してほしい」
H15.「先日ここで検査したときには陰性と言われたのに、翌日ほかで検査して陽性反
応が出た。誤診を認め、謝罪と何らかのことをしてほしい」
(質問編)
Q1.「さきほどから悪寒がしてきた。この状況で検査したほうがいいか?」
Q2.「熱が出て何時間後なら確実に診断がつくのか?」
Q3.「迅速検査で陰性ならば多少熱があっても出勤(登校)していいか?」
Q4.「タミフル、リレンザを使わないと重症化するのか?」
Q5.「タミフルが効かなかった場合、リレンザに切り替えたほうがいいのか?」
Q6.「自分がインフルエンザ治療中に家族に発熱者が出た。自分に処方されたタミフル
を飲ませたところ熱が下がったが、それで大丈夫か?」
Q7.「10代なのでタミフルを飲ませなかったが、3日経っても解熱しない。今から飲ま
せても間に合うのか?」
Q8.「解熱後いつから出勤(登校)できるか?」
Q9.「この病院は待合室が分離されていないが、感染対策は大丈夫なのか?」
Q10.「ここの医師は、診察時に防護服を着用していないが、感染対策として大丈夫な
のか?」
 例年は、インフルエンザと他の発熱疾患を区別しておきたい、という要望が多いの
だが、今年はさらに、季節性なのか新型なのかを区別したい、という要望が激増する
ことが予想される。おそらく、今冬の流行ピーク時までに新型迅速検査キットが開発
され広く市中に頒布されていることはまず期待できないし、従来のキットでA型が検出
された全員に新型の追加検査を行うことも手間と時間がかかるため現実的ではない。
よって実際の臨床現場では、「新型かどうかはわかりませんが、とりあえずインフル
エンザです」と対応することになるだろうと予測している。しかし、そうなった場合
でも、「どうしてもはっきりさせたい」、とか職場から「どうしてもはっきりさせる
ように」、という「指令」が出ている患者さんへの対応をどうするのか、という問題
がある。おそらく厚労省からは「診察した医師の個別の判断で」という通達がきて、
このときばかり「医師の裁量権」が認められる事態になることは想像に難くないが、
今回はわれわれも初めての経験である。現場では、トラブル、クレームを避ける保身
をはかる観点から、「医師の裁量権」より「患者主体」の要望を意のままに受け入れ、
過剰検査、さらには過剰治療を行う状況に陥ってしまうことも容易に予測できる。
 しかし、いかにトラブルを少なくするかも大切だが、私自身は、今冬のパニックへ
の対策については、患者教育(嫌いな言葉だが)を中心に以下のような対応策が必要と
考えている。
 まず、発熱した場合は、あわててすぐに医療機関に駆け込まないように周知徹底す
る。丸一日は水分を十分とって自宅で安静にし、外出はしないのだ。一日経って症状
が持続するなら、その時点で医療機関への受診を考えればよいのである。発熱して24
時間以内に急変するような感染性疾患は通常経験しない。水分がとれて意識がしっか
りしていれば、例えインフルエンザであっても手遅れになることはないのだ。あわて
て右往左往せず、検査の正確性が多少でも上がった頃合いで医療機関に受診すべきで
ある。そして限られた医療資源を適正に使うためにも、典型的なインフルエンザの症
状を、もっと広く周知して、無症状や軽微な風邪での「念のため検査」は不要である
ことを、個々の医療機関からでなく、政府や各自治体から繰り返し国民や教育機関、
企業などに呼びかけることが必要だ。
 そして、万一インフルエンザに罹ってしまった場合は、個人はあわてず現実を受け
止めるべきである。一週間は自宅でゆっくり静養するのだ。大切な仕事や楽しみにし
ていた学校行事は、残念だがすべてあきらめねばならない。病気になってしまったと
きは、この「あきらめる」というのが実は大切なのだ。われわれ医療者からはなかな
か言いづらい言葉であるが、現実を受け入れたほうが治療に専念できるということを、
患者さんにわかりやすく説いてあげるのもわれわれの仕事である。しかし、患者さん
にゆっくり静養してもらうには、取り巻く社会環境にも、その考えに追従して協力し
てもらわねばならない。教育機関、企業の管理者への教育は重要である。危機管理対
策を強調するあまり、生徒、労働者に不要不急な負担を強いたり、不利な立場に追い
込むことなどが決してあってはならない。
 現場を知らないひとが考えつく対策としては、1)インフルエンザ感染が疑われるひ
とは時間帯を決めて来院してもらい診療所の入り口付近で迅速検査を行う、2)待合室
に仕切りなどおいて一般患者と区切る、3)検査に際して医療者はフェイスマスクと防
護服を着用する、などがあるが、1)2)について効果的に実行できる一般医療機関が全
国にいくつあるのかについての調査は済んでいるのであろうか?3)については、もし徹
底するなら患者さんが変わるごとにすべてを着替える必要があると思われるが、実際
可能なのであろうか?医療機関が講じなければならない準備はもちろんたくさんあると
思うが、実際に実行可能な対策を検討しなければ無意味である。
 そして、検査の限界についてもしっかりと周知すべきだ。時間的なもの、手技的な
ものも含め迅速キットですべて解決できるものではないことを、多くのひとに理解し
てもらう必要がある。水際検疫の実効性が強調されすぎたために、今年は迅速検査に
対してかなりの期待が持たれているに違いない。迅速キットを家庭でも使用できるよ
うになればいいというのは、私の持論ではあるが、あくまで補助的なものであり、そ
れがすべてではないと思っている。安易に診断できるという誤解をこれ以上国民に浸
透させない意味でも、政府は今回の水際検疫の有効性について勇気と誇りをもって一
度否定しておくべきであろう。
 そもそも、インフルエンザの診断はいつころから、「わりと正確に」できるように
なったのであろうか?インフルエンザ定点調査の資料を見てみるとおもしろいことがわ
かる。平成11年には定点施設あたり約15人で、定点合計が約6万5千人であるのに、翌
平成12年には同約160人、合計約77万人と飛躍的に増加し、以後毎年数十万~百数十万
人が定点医療機関でインフルエンザと診断されている。もちろんこれは近年インフル
エンザが流行しやすくなったわけではなく、迅速検査キットの開発とインフルエンザ
治療薬の普及によるものである。われわれがインフルエンザの早期診断と早期治療の
恩恵を授かるようになって、たかだか10年なのである。そのことを知らないひとがほ
とんどであろう。
 われわれ医者も含め、国民いや人類全体が、医療技術の発達を享受しつつ、それに
過信、依存しすぎることになってはいないか。患者さんは、病院に行けば間違いなく
早期診断がつけられ、間違いなく適切な医療により早く治ると考えてはいないか。医
者も自らの診断技術、能力の向上を医療技術の発達と混同して思い上がりなどしては
いないか。
 今回のインフルエンザ問題は、医療技術発達によってわれわれ人類が見失おうとし
ている本質を思い出させてくれるのかもしれない。
MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ