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Vol.29  いわき市に見た風景

医療ガバナンス学会 (2014年2月5日 06:00)


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ときわ会常磐病院麻酔科
松野 由以
2014年2月5日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


●いわき市に見た風景
2012年8月より、福島県いわき市ときわ会常磐病院に麻酔科医として勤務している。
いわきでの生活・仕事は、約1年5か月となる。大学麻酔科医局を退局後、次に赴く場所に、縁もゆかりもなく知り合いもいない、このいわき市を選んだ理由、そしていわき市での医療の現況について感じたことを、書き記しておきたいと思う。
2011年3月の東日本大震災当時は、都内でペインクリニックの研修をしていた。4月から栃木県内の大学病院勤務に戻ったが、父が20年来福島市で働いていたことから、福島第一原発事故後の福島県内の状況は気にかかっていた。
医師8年目(麻酔科5年目)の年に、病を得て手術を受けたこともあり、それまでの手術麻酔業務から、体や心の痛みを扱うペインクリニック業務に興味は移り つつあった。EBM(evidence based medicine)よりNBM(narative based medicine)。痛みが患者本人の人生にとってどのような意味をもち存在するかというストーリーを見つめ、共感、サポートすることへの志向性が強く なった。大学病院業務を離れることを決めた後、諸々の理由から、次の就職先が決まらないでいた中、2012年春、知り合いの案内で宮城県の女川町を訪ね た。親戚を亡くした女性が、仮設住宅の中を案内してくれたり、がれきの壁が延々何十kmも続く石巻市内の道路を車に乗せてくれて話すのを聞きながら、被災 地という想像をはるかに超えた大きな問題を目の前に、自分の問題の小ささを感じた。
その後、別の知人のつてで福島県いわき市を訪れた。ときわ会常磐病院の「ゆりかごから墓場まで」、そして「医療周辺を含めた地域医療貢献」という理念と、 いわきの穏やかな気候・雰囲気が気に入った。小学~高校時代を過ごした島根県松江市によく似た空気感・風景を重ね合わせてもいた。震災後の福島の状況を、 退職後の父が気にかけていた様子も、医療従事者として福島に行ってみようという気持ちを後押ししたのかもしれない。温泉が院内にあるのは魅力だった。
その後、麻酔科医の過重労働について、後進のため病院上層部に意見を述べて大学病院を辞めた。麻酔科医は非常勤勤務で生計を立てる形も首都圏では多いが、一時的にそれを行うことが、被災地を訪れた時点であまり魅力的と思えなくなっていた。
いわき市での勤務が始まり今に至るが、いわきでの生活はどう?、と元同僚や友人に聞かれると、「「サンシャインいわき」という名にふさわしい、海や山の風 光明媚な、自然豊かな食べ物のおいしい土地だよ」と決まって答えるようになった。福島第一原発事故の前は「東北の湘南」と呼ばれていたというのもむべなる かなである。
いわき市も東日本大震災、福島第一原発事故の被災地であるが、人口の流入・増加に伴う医療機関の疲弊、医療従事者(マンパワー)不足は、いわきの人々の生 活不安として顕在化している。日々、それがいわきの人々の日常を取り巻く諸問題の大きな一要因となっていることを実感しており、次回書き記してみることと する。

●いわきの医療とは
それまで大学病院勤務や、地域医療連携の充実した地域での勤務が長く、事前にいわき市の医療についての知識はほとんどなくこの地に赴いたため、当初いくつ か驚いた。いわき市内で対応できない患者搬送に、郡山まで車で1時間、福島市まで2時間かける距離感覚や、専門性の高い疾患は、患者自ら都内の病院を選択 し交通費と時間をかけて受診・通院するという、首都圏近郊のような医療サービス格差を不思議に思った。
私の専門の麻酔科は、いわき市内の常勤医師数が少ない。現在、いわき市立総合磐城共立病院は、麻酔科常勤医3人で、その他の非常勤医と一緒に、年間約 3400件の手術件数を麻酔科管理下に行っている。体重500gの新生児から、急性大動脈解離の緊急手術まで、まさに地域の要となる手術室だが、人員補充 が足りずマンパワー不足による常勤医の疲弊は、震災以降は一層厳しさを増している。
2011年度より全国医学部長病院長会議主導、日本麻酔科学会の協力で、被災地支援で、全国各地の麻酔科医が週替わりで磐城共立病院麻酔科に派遣された。 現場は非常に助かったと伝え聞くが、来年度以降は打ち切り予定である(本年度は支援が延長された)。支援に来た知人に感想を聞くと、「仕事でなかなか被災 地に行けなかったが、微力ながらお手伝いできてよかった。」「ニュースで見聞きするのと、実際の現場での震災体験を直に聞くのは大きく違い、自分の中でも 思うところがあった。」と、手術麻酔支援にとどまらない、前向きな互助・ボランティア精神を感じとってもらった印象であった。外から支援を続けてもらった ことには大いなる感謝が必要だが、今後さらなる手術待機患者数の増加、救急医療体制の破綻が懸念される。
いわき市内の医療従事者・スタッフ不足の問題は、震災以前より存在していたが、東日本大震災、原発事故以降の福島第一原発の近隣都市としての、被災地のイ メージ、放射能、風評被害の影響も大きいと感じる。私もいわき赴任当初、身内・友人は大変心配し、学会などで知人に話すと、皆ほぼ決まって、放射能につい ての懸念を口にする。いわき市出身の知り合いの医師は、いわきを心配しながらも子供が小さく、当面連れて戻るつもりはないと語る。
こうした状況におかれたいわき市に、新たに他の地域から医療従事者を引っ張ってくるには、いわき市に住むメリットを感じてもらう街づくりがかかせない。例 えば、通勤の便利さ、飲食店のコストパフォーマンスのよさ、高等教育、文化施設(図書館、いわき市芸術文化交流館アリオス)などについては、他地域と比べ て遜色ないものが、いわき市にもあると思う。
このような中、豊かな自然環境、食文化、温泉は、震災・原発事故以後も変わらず存在する。いわきの空や海と同じオープンマインドさで接してくれる地元の 人々との交流、「フラダンス一緒に踊りましょう」といった、南国ハワイのアロハスピリッツに通じるゆるやかな雰囲気のよさにサポートされながら、医療従事 者としての貢献を自問自答しつつ過ごす日々である。そして、復旧・復興に向けた取り組みが現在まさになされている、その土地にいるという現実を貴重な経験 と感じながら、地元の新聞、ニュースに触れてもいる。
2014年2月9日(日)、「いわきサンシャインマラソン」が開催される。ときわ会常磐病院、いわき市立総合磐城共立病院他、医療スタッフも多数参加予定 で、現在走り込みの話題に事欠かない時期となってきた。毎年かなりの盛り上がりを見せるが、今大会はさらなる盛り上がりが期待される。「それでもやっぱり 海はきれいだと思う」と地元の人々が誇る、穏やかにきらきら光る、いわき・小名浜の海岸線を皆で走り抜けながら、いわきの元気な姿をお届けできるかと今か ら楽しみにしている。遠方からもぜひ、ご声援・注目の程をお願いしたい。

【略歴】松野 由以(まつの ゆい)
麻酔科専門医。信州大学医学部卒業。自治医科大学麻酔科学・集中治療医学講座にて手術麻酔、ペインクリニック業務に従事し、2012年8月より福島県いわき市ときわ会常磐病院麻酔科勤務。

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