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Vol.32  医療現場でいつの間にか踏み越えてしまう法律の一線

医療ガバナンス学会 (2014年2月8日 06:00)


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※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。

http://jbpress.ismedia.jp/

関家 一樹
2014年2月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


この記事は先に書いた記事「東京大学血液内科とノバルティスの重大な過失 患者から見た医師と製薬会社に問われる法的責任」を増補する内容となっている。
先の記事では冗長となるため省略した部分について見ていきたい。

●臨床試験の費用はどこから出したのか?
臨床試験を行うためには費用が必要である。
研究チームの代表である黒川峰夫・東京大学血液腫瘍内科教授には、臨床試験の始まった2012年5月にノバルティスから300万円の奨学寄附金が渡されている。ノバルティスはその前年と前々年にも黒川教授に奨学寄附金を渡しているが、その額はいずれも200万円であった。
臨床試験が行われた2012年は普段の200万円とは別口で、100万円の寄付が追加で渡されており、合計300万円とめでたく奨学寄附金が増額されている。
ノバルティスと東京大病院は、臨床試験とこの奨学寄附金は関係がないとしている。
もし両者が嘘をついており、ノバルティスから渡された奨学寄附金を使って研究チームが臨床試験を行ったのであれば、企業の支援を受けない前提で倫理委員会 から実施の承認を得ていたのに、「企業の支援」どころか対象薬の製薬会社からのカネで臨床試験を実施していたことになる。
ではノバルティス以外の団体から出された奨学寄附金を使っていればいいのか?
先に指摘したとおり、本臨床試験は企業の支援を受けないことが承認の条件とされているが、研究チームは実質的にノバルティスが運営していた。つまり本臨床試験は倫理委員会の承認を経た「適正な研究」と言えない。
とすると本臨床試験に対して奨学寄附金から費用を支出することは、寄附者の寄附の目的である「医学研究の為」に反することになる。
したがってノバルティス以外の団体から出された奨学寄附金を使っていたとしても、寄附者に対して不正に奨学寄附金を使ったとして責任を負わなければならな い。仮に何らかの形でノバルティスの社員に、黒川氏を含む受寄者が受けた寄付金の一部が使われていた場合はより悪質性が強いことになる。

●プライバシー権の侵害
今回の事件ではアンケートへの回答を含む患者情報が、臨床試験を担当していた医師からノバルティスのMRに渡されている。
プライバシー権は患者側から見ると、憲法13条の幸福追求権の一形態として保護される権利だ。この権利が侵害された事件として、医療業界ではHIV情報に 関わるものがいくつかあるが、今回はあえて異業種かつ有名な事件である「前科照会事件」(最判昭和56年4月14日)を見てみたい。
詳しい概要は判例解説などに譲るが「従業員と会社の解雇をめぐる訴訟に際して、会社側の弁護士が弁護士会を通じて市長に対し従業員の前科を照会し、市長が これに回答して従業員の前科を弁護士に回答した行為が、違憲違法であるとして従業員に対する損害賠償の対象となる」とされた事件である。
この事件は、「前科」を市長が訴訟で必要としている弁護士に伝える行為を違法としているが、個人の「病歴」は前科と同様かそれ以上に秘密にされるべき重要な情報であると考えられる。
「病歴」がいかに重要な秘密であるかは、医師側からプライバシー権を見て守秘義務の問題として見るとよく分かる。
実は医師の名を冠する「医師法」にも、医療と名のつく「医療法」にも直接守秘義務違反を処罰する規定はない。医療法の1条の2と1条の4第3項から、医師に守秘義務があることが訓示規定として読み取れる程度である。
なぜ医師法にも医療法にも処罰規定がないのか、実は刑事法令の本丸である刑法に、直接医師の守秘義務違反を処罰する規定があるからである。医師が知り得た 情報を第三者に漏らすと、秘密漏示罪という刑法犯になるのだ(刑法134条1項「医師・・・又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務 上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、6月以下の懲役又は10万円以下の罰金に処する」)。
「病歴」を漏らすことを、直接刑法犯として処罰していることからも、「病歴」がいかに重要な情報として保護されているかは明らかである。
医師は、患者の秘密を漏らすと、患者からプライバシー権の侵害として民事上の損害賠償請求をされるだけでなく、秘密漏示罪になり刑法犯として訴追を受ける可能性がある。
また行政的な責任として、守秘義務違反により秘密漏示罪という刑法犯になる可能性がある場合は、犯罪を前提としていない行政法令である医師法や医療法への義務違反は当然にあるものと言える。
医師法7条2項は医師が「第4条各号のいずれかに該当」または「医師としての品位を損するような行為」のあったときは「戒告」「3年以内の医業の停止」「免許の取消し」ができると規定している。
守秘義務への違反は「医師法4条4号の医事に関し犯罪又は不正の行為」にも該当するし、「医師としての品位を損するような行為」にも該当する。つまり守秘義務違反は医師法7条2項の行政処分を受ける行為である。

改めて今回の事件について見てみよう。
今回の事件で、医師が情報を漏らした相手は、正規の手続きで依頼をしてきた訴訟で情報を必要としている弁護士などではなく、倫理委員会の承認によって本来関わってはいけないこととされていた製薬会社の人間である。
先述の秘密漏示罪(刑法134条1項)は親告罪(135条)であり、告訴がなければ公訴を提起することができない(捜査や逮捕勾留はでき、捜査後に公訴提起をすると決めてから、告訴を得ればよいだけなので通常あまり問題にならない)。
裏を返せば今回様々な「病歴」等の秘密を漏洩された、臨床試験に参加した患者さんは、秘密漏示罪の被害者として研究チームの医師を告訴することができる。告訴は法律上(刑訴230条)の手続きで、行われると捜査機関に一定の応答義務が生じる。
本臨床試験に参加したある病院では内部調査が行われたようであるが、その中では「医師が第三者である製薬会社のMRに機密情報を渡していたこと」を認定する内容となっているという。
その病院の臨床試験に参加した患者さんが、担当医師を告訴し、その内部調査が裁判所に証拠として提出されることになると、その「お医者さん」は刑法犯になる可能性が高い。
以上のように医師が「病歴」という秘密情報を、製薬会社のMRに渡すという行為が、どれほど問題のある行為であるかは、上記の前科照会事件と比較すれば誰でもすぐに分かることである。医学部に合格するような頭の良い方ならなおさらだ。

●自己決定権の侵害
今回の事件では、臨床試験の対象となった患者に対して、研究チームの運営が実質的に製薬会社によって行われていることを告げずに、参加同意を取っている。
どのような治療を受けるか・受けないかを決める権利は、「生命」「自由」「幸福」のすべてを追求することにつながるので、憲法13条で保護される権利である。
自己決定権が問題となった事件として、「輸血拒否事件」(最判平成12年2月29日)がある。概要は「ある宗教の信者である患者に対して手術をしたところ、医学的必要性から輸血し手術は無事終了した。
手術後、その患者は自分が信じる宗教では輸血が禁じられているため、輸血を伴う手術であればたとえ病気で死んでも受けたくなかった、そして医師からは手術前に輸血を伴うとの説明がなかった、と主張し訴訟を提起した。
判決では、輸血を伴うとの事前の説明がなかったため、患者の輸血を伴う手術を受けるか受けないかの意思決定の機会を奪った、したがって損害賠償の対象となる」とされたものである。
この事件を読んで、どのような感想を抱くかは人それぞれであろうが、注目すべきは「患者にはある治療を受けるか受けないかを決定する権利があり、その際に十分な情報が医師から提供されないことは患者の自己決定権の侵害となる」という点だろう。
そして「患者がある治療を受けるか受けないかを決定する理由は、医学的なものである必要はない」ということも読み取れる。

この事件を踏まえて、今回の臨床試験を見てみよう。
まず、患者さんに臨床試験に参加してもらうという、医師からの治療行為の説明に当たって、「臨床試験の運営が実質的に製薬会社によって行われている」という事実は、恐らく一切告げられていないだろう。
そして「臨床試験の運営が実質的に製薬会社によって行われている」という事実は、患者側から考えてみると、「試験の中立性への不信」や「製薬会社の広告に使われることへの嫌悪感」などから、十分に臨床試験に参加しない理由となるだろう。
信仰を理由とした意思決定の機会が奪われたことに対して過去の判例が権利侵害を認めている以上、今回の事件で患者の意思決定の機会が奪われたことは明らかである。

●望まない治療を受けない権利への侵害
今回の事件では、実際に新薬のタシグナを投与された患者がいる。
先の記事で「望まない治療を受けない権利」と呼んだため「自己決定権」と重複しているのではないかと、混乱を招いてしまったかもしれないが、自己決定権は精神的な損害であるのに対して、前者は実際に身体に関して生じた損害という意味である。
いずれも最終的には慰謝料という形で損害賠償請求の対象となる点に変わりはない。
典型的な医療過誤の場合、事前に医師が十分に説明していれば、自己決定権への侵害は生じていない。しかし実際に治療を行ったときに通常許容されないミスが生じ、患者の体に害が生じた場合、身体的な損害が生じたと言える。
なぜこの項目の議論が必要かと言うと、実際に投薬を行われた人間は、臨床試験に参加したけれども投薬されなかった人よりも要保護性が高いからである。
したがって、今回の臨床試験に参加し実際にタシグナを投薬された患者は、望まない治療を受けない権利を侵害された可能性がある。
体の中に望まない薬を入れられてしまった恐怖感は、それだけで損害賠償の対象となるということを改めて強調しておきたい。

●おわりに
今回はやや細かな法的な話を、判例などを踏まえて検討してみた。
医学研究において不正が行われるとどのような問題が生じるのか、そのような事態を防ぐ必要性の高さ、については機会がいただければまた記事を改めて検討してみたい。

<略歴>せきや かずき
1986年東京生まれ。2009年3月法政大学法学部卒業。現在は企業で法務担当

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