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Vol.33 ノバルティス白血病治療薬臨床研究関与事件

医療ガバナンス学会 (2014年2月9日 06:00)


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※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。

http://jbpress.ismedia.jp/

関家 一樹
2014年2月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


製薬会社のノバルティスが、自社の白血病治療薬タシグナの臨床研究に関与していた問題について、2014年1月28日の東洋経済ONLINE「ノバルティス、白血病薬不正の隠せぬ証拠 医師主導臨床研究は「製薬会社主導」だった」で詳細が報じられている。
またノバルティスから報道関係者に送られた追加情報、実際に使用された書類の内容などから、新たな問題がより鮮明に分かってきた。
今回の事件はノバルティスが会見したように、MRにスタバのチケットを配ったことが一番重要な問題ではない。新たに分かってきたことを含めて、何が重大な問題であるのかを今一度検討してみたい。

●血液がんに関する個人情報を流出させたということ
今回の事件では医師からMR(medical representative=医薬情報担当者)に対して、臨床研究に参加した患者さんから取られたアンケートが渡されていた。
今回の臨床研究の対象となった慢性骨髄性白血病は、「血液がん」の1種類である。つまり今回医師がMRに渡したアンケートは「ある特定の患者さんの「がん」に関する個人情報を記載したアンケート」なのである。
したがって今回の事件では、医師が守秘義務に違反し、極めて重大な個人情報を流出させたと言える。そして医師がそのような個人情報を漏洩することは、秘密漏示罪として刑法犯になるのである。
これに対して一部から現在、「アンケートに記載されていたのは個人名ではなくイニシャルであるから問題ない」との反論が出てきている。
実際にはより多くの、個人名を含む情報がMRに渡されていた可能性があるが、では彼らの言うようにイニシャルであれば問題がないのであろうか?
まず実際に使用されたアンケート用紙によると、記載されているのは「施設名」「主治医」「性別」「イニシャル(姓)(名)」「生年月日」「年齢」「その他複数情報」である。つまりイニシャル以外の多くの情報が、アンケート用紙には記載されているのだ。
まとめると、アンケートを見れば「どの病院で、どのお医者さんにかかっている、何歳の男女か、が分かったうえで、名字と名前のイニシャルが分かる」のである。
今回の「SIGN研究」は医師主導臨床研究なので、厚生労働省の出している「臨床研究に関する倫理指針(H20.7.31厚生労働省告示415号)」に従うことになる。
同指針では「個人情報」を「生存する個人に関する情報であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等により特定の個人を識別することができる もの(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含む。)をいう」と定義している。
また「匿名化」を「個人情報から個人を識別することができる情報の全部又は一部を取り除き、代わりにその人と関わりのない符号又は番号を付すことをいう。 試料等に付随する情報のうち、ある情報だけでは特定の人を識別できない情報であっても、各種の名簿等の他で入手できる情報と組み合わせることにより、その 人を識別できる場合には、組合せに必要な情報の全部又は一部を取り除いて、その人が識別できないようにすることをいう」と定義している。

これを踏まえて今回の事件のアンケートを見てみよう。
まず個人のイニシャルは「その人と関わりの有る文字」であるから、この段階で「その人と関わりのない符号又は番号」に当たらず匿名化と言えない。
また同指針ではわざわざ括弧書きで個人情報に「(他の情報と容易に照合することができ、それにより特定の個人を識別することができることとなるものを含 む)」ものが、含まれることを明示している。今回のアンケートには名字と名前のイニシャルに加えて、「どの病院で、どのお医者さんにかかっている、何歳の 男女か」ということが記載さているのである。
以上のことから、臨床研究である「SIGN研究」で、今回のアンケートの記載内容が「個人情報」に当たらないと言うことはできない。
それでもまだ、普段医療に全く関わりのない人間に、今回のアンケートが渡されても、何も分からないと言えるとしてみよう。
しかし今回の事件で、アンケートを受け取ったのは、アンケートの対象となった患者さんが入院している病院に、何度も出入りしているMRである。

いったん、患者さんの視点に戻ってみよう。
自分の慢性骨髄性白血病(血液がん)の症状を記載した、年齢性別イニシャル付のアンケート用紙を、何度も病院に出入りしている製薬会社の人間が不正に持っているうえに、勝手に病院外に持ち出しているのである。
これで患者さんに対して「個人情報の流出がありませんでした」と結論づけることができるのだろうか? 常識的な判断が必要である。

●虚偽の説明をして患者さんを臨床研究に参加させたということ
今回、実際に患者さんに臨床研究への参加をお願いする際に使われた、「説明文書・同意書」という文書がある。この文書はワードファイルで、プロパティにおける会社名は「Novartis」となっており、ノバルティスによって作成されたものと考えられる。
この文書では「この臨床研究について」という項目で「この臨床研究は、臨床研究の中でも「研究者(医師)主導臨床試験」に分類されます。(中略)製薬企業 が主体となって行う、新薬などの「治験」と呼ばれる臨床試験とは異なります」として、はっきりと医師主導であることを謳っている。
また「この臨床研究の倫理審査について」の項目では「(前略)患者さんの権利が守られていることや医学の発展に役立つ情報が得られることなどが検討され、計画が適切であることが認められています」として、倫理委員会の承認を得ているということが明示されている。
そして「プライバシーの保護について」の項目では「本臨床研究関係者以外の外部に流出したり目的外に利用されたりしないよう適切に保護しますし、これらの 情報だけでは、当院のコンピューターや管理表などを見ない限り個人を特定することはできません。(中略)いずれの場合においてもあなたのお名前など、直接 個人を特定できるような情報が外部に流出することはございません」として、第三者への個人情報の流出が生じない旨を、重ねて確約している。

さらに「研究の組織・資金源・利益相反について」という項目では「臨床研究が、研究者や企業の利益のためになされるのではないかとか、研究についての説明 が公正に行われないのではないかといった疑問が生じることがあります。(中略)この研究は金銭的な利益やそれ以外の個人的な利益のために専門的な判断を曲 げるようなことは一切ありません。また研究薬の企業との雇用関係ならびに親族や師弟関係等の個人的な関係なども一切ありませんので、この研究では「利益相 反」することはありません」と高らかに宣言しているのである。
この文書の製作者の会社名が「Novartis」であること自体、何かの悪い冗談である。それぞれの項目について、実際はどうであったのかを見てみよう。
まず医師主導で有る点については、数多くの文書をノバルティスが作成しており、アンケートの回収などを同社のMRが行っており、研究チームの運営も実質的に同社によって行われていた。明らかに医師主導ではない。
次に倫理審査を経ている点について、研究チームは今回の臨床研究を行うにあたって「企業の支援を受けない」として、倫理委員会から承認を得ている。先述のノバルティスの関わりからすれば、この研究チームの倫理委員会に対する説明は明らかに虚偽である。
後で改めて検討するが、研究チームは倫理委員会の承認を詐取しており、今回の臨床研究は倫理委員会の承認を実質的には得ていなかったと言える。
プライバシーの保護については先述の通り、患者さんの血液がんの情報が記載されたアンケート用紙を、倫理委員会の承認条件によって臨床研究に参加させてはならない、製薬会社のMRに渡して病院外に持ち出させていた。
またこの説明文書自体の作成者がノバルティスであることからも、当初よりノバルティスが関与しており、第三者への個人情報の流出が生じる状態であったと言える。
利益相反の項目について、この文面を「Novartis」の名がつく作成者はどんな顔をしながら書いていたのであろうか。もはや論ずるまでもない。
あまりに酷いので細かく見てきたが、この説明文書の核心部分には多くの虚偽の内容が含まれている。
世界医師会によるヘルシンキ宣言では「判断能力のある個人を、本人の自由な承諾なしに、研究へ登録してはならない」としている。当たり前のことであるが、 同意していない患者さんを医療における臨床研究に参加させてはならない。そして患者さんが同意をするにあたって真実のことが告げられなければ、同意を詐取 したということになる。
既に見たように、今回の臨床研究で患者さんの同意を得るためになされた、説明の内容の多くは虚偽であった。
今回の事件は、患者さんを騙して医療に関する臨床研究に参加させた、という点が極めて大きな問題なのである。

●臨床研究を不正な目的に利用したということ
今回の臨床研究は、白血病治療薬をノバルティスのグリベックから、同社の新薬であるタシグナへ、切り替えて経過を観察するというものである。そしてタシグナの方が、薬価が高いのである。
詳しい背景を見ていこう。現在利用されているノバルティスの白血病治療薬グリベックは特許が切れているため、ジェネリックを利用することができる。ジェネ リックは価格が安いため、患者さんが治療薬をジェネリックに切り替えてしまうと、ノバルティスの売上はゼロになってしまう。
これに対してタシグナは現在もノバルティスの特許期間中であるため、もし患者さんの治療薬がタシグナに切り替えられた場合は、ノバルティス以外から薬を買えないことになる。
ではどれくらい金額に差が出るのか?
白血病治療薬は極めて高価である。グリベックの1年あたりの費用は401万円であり、ジェネリックでも269万円である。これがタシグナとなると1年あたりの費用は513万円となる。
グリベックの日本国内での年間売上は2011年に約400億円で、この数字はノバルティスが報道機関に発表したグリベックの利用患者数が約1万人であるという主張に、グリベックの年間費用をかけた数字と一致する。
とすると治療薬がすべてタシグナに切り替えられた場合、ノバルティスは約510億円以上の売り上げが見込めたはずである。
つまり、本来グリベックをジェネリックへの切り替えることで、年間270億円程度で済んだはずの社会の薬価負担は、タシグナに切り替わることで年間510 億円となり、この費用増加は患者さん自身の自己負担とともに、高額療養費制度を介して国民の保険料から支払われることになる。
まとめると、治療薬がジェネリックに切り替えられつつあるグリベックから、タシグナに切り替えられることで、ノバルティスは年間510億円の売り上げを得ることができるようになるのだ。
この背景を踏まえて、今回の事件で行われた行為を見ていこう。

●ノバルティスと医師が協力して、倫理委員会の承認を詐取した
ある病院の内部調査で、臨床研究を担当した医師は「ほかの治療薬がある中でタシグナへの切り替えを促す今回の臨床研究に違和感を感じた」と言う。
先述の背景からすれば、ノバルティスは当然タシグナへの切り替えを促す臨床研究を行いたいだろう。つまり今回の臨床研究は、実施計画の段階から製薬会社の意図が入り、公平なものとは言えなかったことがうかがえる。
むろん製薬会社が主導する「治験」であれば、自社商品の効果を調べるのは当然である。しかし再三述べているように、今回の臨床研究は医師主導であり製薬会社の関与・利益相反はない、とされているのである。
今回の事件では、こうした「臨床研究もどき」に医師が関わり、医師主導としてあたかも中立的であるかのように装い、倫理委員会の承認を得ているのである。
つまり、ノバルティスに医師が協力する形で、倫理委員会の承認の詐取したものと言える。そして実際の臨床研究では「医師主導」の皮を被って、ノバルティスのMRが資料の作成、アンケートの回収、研究チームの運営と手取り足取り活動していた。
ノバルティスが自社の利益となる臨床研究に、医師を介し中立的であるかのように嘘をついて、患者さんを参加させた
既に検討したように、今回の臨床研究で患者さんに対してされた説明では、医師主導の中立的な臨床研究であることが明記されている。しかし、実際は当のタシグナの販売会社であるノバルティスが深く関与した臨床研究であった。
本来、製薬会社が関わるのであればその旨を明らかにしなければならない。それを医師を介することであたかも中立的であるかのように装い、患者さんの同意を詐取して、自社の薬価の高い薬に誘導する研究へ参加させた。
ノバルティスと医師が協力することで、患者さん騙して、製薬会社の利益となる医療的な臨床研究に参加させたのである。このことは絶対に非難されなければならない。

●医師が奨学寄附金を不正利用した
また医師が受け取っている奨学寄附金を、不正利用したという点も見過ごせない。
今回の臨床研究の費用はノバルティスを含む寄附者がいる中で、ノバルティス以外の寄附金から支出された、と医師側は主張している。
ノバルティスの寄附金を使っていれば、それこそ財布もノバルティス持ちだったということになる。またノバルティス以外の寄附金であったとすると、他の寄附者の奨学寄附金をノバルティスの利益となる不正な研究に支出したということになる。
いずれにしても極めて問題のある奨学寄附金の使用を、医師が行ったということである。

最終的に今回の臨床研究の結果は、ノバルティスの社長自身が認めているように、同社の新薬タシグナの販促に使われた。
グリベックのジェネリックからタシグナに白血病治療薬が切り替えられることで、社会の薬価負担は年間240億円程度上昇する。そしてその上昇分は売り上げとしてノバルティスの懐に入る。
せっかくタシグナに治療効果があるとしても、ノバルティスが不正な形でタシグナへ誘導する臨床研究に関与していたということは、その行為をもって患者さんと国民の保険料から年間240億円程度を詐取しようとしたということになる。
そして医師が、そのような製薬会社の利益を企図した「臨床研究もどき」の片棒を担ぎ、がんの個人情報を流出させ、患者さんを騙して参加させたのである。

●おわりに
今回の記事では、新たにこの問題について分かった追加情報を含めて、これまで私が書いてきたことをまとめてみた。
この問題については既にJBpressで2つほど記事を書かせて頂いているので、そちらもあわせてご参照いただければと思う。
*「東京大学血液内科とノバルティスの重大な過失 患者から見た医師と製薬会社に問われる法的責任」  http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39783
*「医療現場でいつの間にか踏み越えてしまう法律の一線 続:東京大学血液内科とノバルティスの重大な過失」  http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39799

最後に、改めて今回の問題について多くの方が議論し、「何が問題であるか」について様々な視点から検討していただければと思う。この記事がそのための契機になれば、筆者としては幸いである。

<略歴>せきや かずき
1986年東京生まれ。2009年3月法政大学法学部卒業。現在は企業で法務担当

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