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ol.39 誰も知らない乳がんに最もかかりやすい年代

医療ガバナンス学会 (2014年2月17日 06:00)


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克服すべきなのは「リスク」ではなく「リスクへの恐怖」

※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。

http://jbpress.ismedia.jp/

武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕
2014年2月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


2月9日に投開票が行われる東京都知事選において、「脱原発」が1つの争点となっています。
3.11の映像は今も生々しくすべての日本人の心の奥に焼き付けられています。原発に対してはほとんどの方が恐怖の感情を持っていることでしょう。ですから、脱原発が、国政ではない都知事選の争点になることを否定するつもりはありません。
でも、ここで私が指摘しておきたいのは、1つのリスクだけに目がいくあまり、他のリスクを無視してしまう危険性です。
2001年9月11日のアメリカでの同時多発テロの後に、多くの人たちが身を守るために、飛行機ではなく車で移動するようになりました。アメリカ人の飛行機から車への移行はその後約1年続きました。
飛行機は車よりもはるかに安全な乗り物です。予想通り、アメリカでの自動車事故死は急増し、1年後にはまたみんな飛行機に乗るようになりました。 アメリカ人が飛行機から車に切り替えたことで増加した死亡者数は約1600人と推定されており、実にテロの犠牲者数の半数を超えてしまいました。
このように、人間は恐怖にだまされるものなのです。
もちろん、脱原発を唱えている政治家の方々は、自分の気持ちに本当に正直なのだろうと思います。
しかし、結果的に、リスクに伴う恐怖で人がだまされてしまうことは避けるべきです。そして、同様のことは選挙だけではなく、医療でも良くあることなのです。

●乳がんに対する恐怖がリスクを過大評価させる
国民の半数ががんにかかり、3人に1人ががんで亡くなるという現在において、医療において人が恐怖をいちばん感じるのは”がん”という言葉でしょう。
そこで、この質問の答えを考えてみてください
「乳がんで亡くなる確率が最も高いのは何十歳代だと思いますか?」
乳がんが女性のがんの第2位であるというのは良く知られていると思います。けれども、この質問に正解を答えられる方は驚くほど少ないのです。
たいていの方が40歳代ないしは50歳代と回答されます(30歳代と答える方もいます)。また、年齢には関係ないと考えている方も結構いらっしゃいます。
実は、この質問に対する正解は、「90歳代」です。
(参考:「健康長寿ネット 図2 乳ガンの年齢別死亡率」のグラフをご覧ください。) http://www.tyojyu.or.jp/hp/page000000800/hpg000000776.htm

このように言うと「でも、20歳代後半から乳がんにかかる人が急増する。年齢に関係なく検診を受けるべきだと、ここにもあそこにも書いてありますよ!!」と必ず反論されます。
それはそれで正しいのです。ただし、一部の情報が省かれています。
その情報とは”分母”です。
20歳代後半の方から乳がんが急増すること自体は間違いありませんが、グラフからすると、20代の方の乳がんは罹患率として数万分の1程度になります。40歳代で600分の1なのです(あくまで罹患率で、40代の方の死亡率は数千分の1まで下がります)。
このように、乳がんに限らずがんは年齢によってリスクが増す病気なのです。
でも、世間ではこのことが十分に理解されていません。乳がん対する恐怖がリスクを過大評価させていると言えるでしょう。

●伝えられない「分母」
医療に従事している立場からすると、乳がんについて「20歳代後半から急増する、年齢に関係なく検査受けるべきである」と発言する意図はよく分かります。
たとえ、1万分の1の確率でも、検診施設は年に5000~1万件の検査を行っている以上、数年に1回遭遇する確率なのです。
20代前半女性の乳がんを、ある医療機関が十分な検診を怠ったために発見せず(見落とし)、その女性が命を落とした──。このようなニュースを聞いたときに、どう思われるでしょうか?
報道において、「分母」が併せて伝えられることはまずありません。
「なんてひどい医療機関だ、取り調べて裁判にかけるべきである」と誰しも思うことでしょう。
その一方、「リスクが大きい」と脅威を叫ぶ人が責められることは、まずありません。
ですから、きわめて可能性が低いと考えていたとしても、可能性がゼロではない以上、検査を行うよう推奨せざるを得ない部分があるのです。
この状況を打破するためには、一般の方も、感情に流されず、理性を駆使して確率を理解する必要があります。
がんにかかる確率を冷静に受け入れるのは、感情的に簡単なことではありません。しかし、そうすることによって恐怖が和らぐのであれば試す価値はあると思うのです。

●理性でリスクに対する恐怖を克服すべき
ここで、前回の私のコラム「大腸がんで死にたくなければ内視鏡検診を」 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39550 の補足を述べさせていただきたいと思います。
大腸がんも”年齢”が最大のリスクです。
大腸がん罹患(りかん)率は、40歳代が「数千分の1」、50歳代で「1000分の1」、70歳代で「数百分の1」です(参考:「日本における大腸がんの現状」)。

http://www.bravecircle.net/course/howto/case-rate.html

40歳代から急激に増加することは間違いありませんが、リスクを把握した上で検査を受けることもまた必要だと思うのです。
大腸がんは進行が遅いため、定期的に内視鏡検査を受ければ早期発見によってほぼ完治できます。ただし、ざっくり確率論として羅患率は1000分の 1、内視鏡検査は都合のついたときに数年に1回受ければ十分である、と考えれば、大腸がんリスクの恐怖もかなり和らぐのではないでしょうか?
もしも、アメリカで9.11の後、ブッシュ大統領が華々しく「テロとの戦い」を宣言する代わりに、「テロのリスクを含めたとしても、飛行機の方が 自動車より安全である」と繰り返し発言していればどうだったのでしょうか? すべての人の不安が取り除かれたわけではないにしても、多くの人が飛行機に戻 り、結果として交通事故死は減っていたとされています。
ここから言える教訓は、原発でも、がんにしても、リスクを実際よりも大きなものとして受け取られかねない発言をして、恐怖を煽るのは慎むべきである、ということです。
そして、我々も過度にリスクにおびえるのではなく、理性を働かせてリスクに対する恐怖を克服する努力をするべきではないでしょうか。

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