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Vol.73 “HOHP”による『男の木工』の進捗状況:新たなコミュニティの形

医療ガバナンス学会 (2014年3月21日 06:00)


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南相馬市立総合病院神経内科
小鷹 昌明
2014年3月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


本メルマガにおいて、過去に”HOHP”の活動状況を二度ほどお伝えした(http://medg.jp/mt/2013/02/vol49- hohphohp.html#more http://medg.jp/mt/2013/06/vol163-hohp.html#more)。そうした ところ、予想外にも、「その後の進捗を知りたい」という旨のメールをいただくことが何回かあった。私にとっては、被災地におけるもっとも有意義な社会勉強 の場に成長したボランティア活動であり、リクエストにお応えする形で最近の内容について、ひとりの参加者を中心に報告する。

このプロジェクトは、2013年1月から始動し、理由がある場合を除いて(盆暮れ正月と、全建総連の慰安旅行中など)、基本的にほぼ毎週開催してきた。 ちょうど1年が経過したことになるが、その間に15人の市民にご参加いただいた(その他、見学や取材による1回限りの参加者を含めれば、述べ100人くら いの人が訪れているだろうが)。
振り返ってみると記念すべき第1回目の参加者は2人だったのだが、2回目の開催のときに、ひとりの男性がやってきた。ずんぐりした体型のその男は、浪江町 出身の80歳で、名前を『大出』(仮名)と名乗った。彼は、しっかりとした足取りで、眼光鋭く「とりあえず見に来た」とつぶやいた。震災後は、妻と鹿島区 の仮設住宅に避難していたのだが、陰鬱としているところを社会福祉協議会の職員に勧められて、この教室を訪れた。
大出さんは、”棟梁”を務めていた元、大工職人だった。東京都世田谷区の建築会社で修業を積み、その後故郷に戻り、長く職人としての仕事を全うして定年を迎えた。悠々時的な暮らしをしていた中での震災との遭遇だった。

「大工仕事やるって聞いたから」と、自前の腰道具を携えながら参加の理由を説明してくれた。私たちは、「”仕事”ってわけじゃないんだけどな」と首をかしげながらも、「これは強力な参加者が現れた」と、その時は思った。
しかし、当たり前のことなのかもしれないが、職人というのはやはり寡黙で頑固なものだ。”棟梁”というと、普通は現場を統率するリーダーなわけで、単に 作っていればいいというものではなく、仕事の段取りや安全管理、仕上がりのチェックや後輩の指導など、その役割は多岐にわたるのが一般的と考えていた。そ ういう意味では、高い人間性を有する人物と勝手に思っていたのだが、この人のような”昔の人”の場合には、それとは少し違っていた。「見て覚えろ」的な、 典型的な職人気質のままだった。
80歳になって、技術は落ちて俊敏さは失われたであろうものの、やはり素人参加者との間には、はっきりとした技能の差があった(というよりは、棟梁として のプライドか)。その結果、周りと歩調が合わない。現役の全建総連の職人さんたちも、この元親方の前では全員が年下であり、何となく気を使う。どうしたっ て強く意見はできない。要するにコミュニケーションの取れない人だったのだ。

当人にしてみても、ひとりで製作した方が圧倒的に早くて楽なわけで、協同で役割を分け合ってひとつのものを仕上げるという活動には馴染まなかった。
彼をどのように輪の中に引き込み、足並みを揃えさせたらよいかを考えあぐねた時期もあったのだが、最終的に「無理に、そうする必要はないだろう」という結 論に至った。幸い、5卓のテーブルを作る予定だったので、私たちは、「まあ、1卓は大出さんに任せてやってもらおう」という体制に切り替え、以降はあまり 口出しをせずに、図面だけを見せて好きなようにさせたのである。
彼は、黙々と作業に没頭しているようだった。指導に入っていただいた現役の職人さんの手順説明について、一応耳は傾けるが、自分のやり方を曲げない。話し かけても、長い会話にはならない。唯我独尊といえば聞こえはいいが、はっきり言えば、コミュニティの創出としてはじめたこの活動の中で、そこからは正反対 の行動を取るタイプであった。しかし、彼にとってはそんなことはどうでもよかった。ついでを言うなら、「社会のため」というのも、もっと関係がなかった。 とにかく作る行為にこそ意味があった。開催を続けるたびに持参する道具が増えていき、そして、誰よりも早く現場に来るようになったのだ。その態度こそが、 活動の意義を雄弁に物語っていた。そして、皆を勇気付けていった。
前にも指摘したことだが、男にとって大切なものは、”コミュニティ”でも”絆”でも、ましてや”語らいの場”でもない。必要なことは、「打ち込める何か」なのだ。自分がそこにいるべき役割なのである。

当たり前のことかもしれないが、職人にとっての結果は作品である。どんなに人間性が優れていたとしても、作品がダメでは意味がない。そういう、良い意味で の男としての態度に触発されてか、他の参加者の方々も、それなりに良い物を作りたいという欲求が芽生えてきた。そして、少しずつだが、周りとの対話が生ま れてきた。
大出さんからも、「いい仕事したいんだったらこうした方がいいよ」とか、「見本を作っといたから、これを真似て作りな」とか、そういう発言が出るようになり、一方で、他の参加者からは、「これでいいかい、大出さん」みたいなやり取りが増えてきたのである。

しかし、その彼が、ある日を境にパタリと来なくなった。「気分のムラのある人だから、また気が向いたらそのうち参加してくれるだろう」と、あまり気に留め ていなかったのだが、「どうやら身体の具合が悪いらしい」ということであった。しかもそれが、「癌らしい」と。80歳という高齢であるからして、何がどう なってもおかしくない。私たちは、経過を静観するしかなかった。彼が参加しなくなって3ヵ月あまりが経った時点で、私は自宅に電話をかけてみた。
「腹切ったからしばらく調子が出ねえ。まだちょっと、どうなるかわからねえな」という返事だった。
私は、順調とはいえない病状を察し、深い内容まで尋ねることができなかった。「何かあったら、専門は違いますけど私も一応医者なので」と伝えた。
それからしばらくして、彼はひょっこり現れた。スリムな体型にはなったものの、これまでとは変わらない態度で、腰袋に道具を携え、ハンチングの帽子を被り、チェックのシャツを着込んで、何食わぬ顔で現れた。
私たちの「病気は大丈夫なのか?」の質問に対して、「切ってもらったけど、歳も年だから薬は使っていない。まあ、あと何年かは生きられるんじゃねえが」と 笑って答えてくれた。紛れもなく、私たちメンバーは安堵した。普段、あまり会話を交わさない私たちと彼とではあったが、それでも本当に嬉しかった。それか ら数ヵ月、彼はみるみる元のずんぐり体型に戻っていった。「やっと最近、調子も戻ってきたね」と、カンナ懸けやノコ引きなどにおいて、復帰どころか病前よ りもキレのある身のこなしになってきたように思う。

年末の予定に関するお知らせをしたかったので、彼の自宅に久しぶりに電話をかけた。留守中だったので伝言を頼んで切ろうとしたところ、電話口の向こうから 奥さんから、とても丁寧な言葉を告げられた。「大出は何よりも、この木工教室を楽しみにしていて、『何を作っているんだ』と話してくれます。日曜日の朝な んか6時くらいから起きているのよ」とこっそり教えてくれた。
相変わらずシャイな彼は、ほとんどしゃべらない。時々周りの人に、「もっとペーパー(紙やすり)かけて」とか、「ここは65ミリの半ネジで留めろ」とか、 「あばれないように(材料が乾燥して反ったり曲がったりする状態のこと)こっちの面を表にして」とか、「ここの骨組みをしっかりやらないと、すぐダメにな る」とかを、ときどき言っている。何よりも、他のメンバー全員が、楽しく彼を慕って指示に耳を傾けている。まさに、私たち『男の木工』の棟梁になりつつあ るのだ。

こういうのが、きっと被災地での新しいコミュニティの形なのだろう。部落や職場や家族構成がシャッフルされた。多様な価値観の混沌の中で、住民たちは、それぞれの生活基盤を新たに構築し直している。
共通の思惑ありきで協同できるのではない。ひとつの目的のために、協同できる道筋を模索するのである。意志疎通が円滑だからまとまれるのではない。まと まっていくことの意義を見出しながら、相手を受け入れていくのである。相手の意見をねじ伏せて自分を通すのではない。相手の価値を認めることで、自分も変 わっていけるのである。

最後に、これまで製作したリストを紹介する。これからもスキルを上げ、復興にお役立ていただける手作りの木工製品をお届けしていきます。

・テーブル(小高区役所内カフェ「いっぷく屋」):5卓
・陳列棚(小高区役所内カフェ「いっぷく屋」):2棚
・寄附札(原町区映画館「朝日座」):1枚
・ベンチ(小高区駅前通り):3脚
・メッセージボード(小高区駅前通り):2枚
・花台(日野市にも寄贈):10台
・本棚(小高の小学校):5架
・踏み台(小高の小学校):4台
・看板(南相馬ソーラー・アグリパーク):1枚
・その他(コースター・竹とんぼ など)

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