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Vol.79 震災をきっかけに医師へ転職

医療ガバナンス学会 (2014年3月29日 06:00)


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茂藤 優司
2014年3月29日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


私は東日本大震災を機に当時勤めていた会社を辞めて医学部進学を決意し、今年多くの方の応援やご協力のおかげで山形大学医学部に合格することができました。

小学生の頃、学校の先生から途上国の子供たちが貧困や飢餓に苦しんでいるということを聞く機会があり、その頃に医師という職業に憧れを抱きました。しか し、それはただの憧れに過ぎず、また難関の医学部の試験を突破できる自信もありませんでした。高校生の頃はただ物理が得意だったという理由で理学系の学部 に進学しました。大学の頃は主にアルバイトや交友関係に時間を使い留年してしまったり、就職活動でも結果が出せず半年以上も就職活動を続けたりと、本当に 出来の悪い学生でした。就職してからは時間に追われることが多くなり、年齢も30 歳目前だったので医学の道は諦めかけていました。

思いが再燃したきっかけは東日本大震災でした。直後に何か行動を起こしたいと思ったものの、知り合いに「今は何もできることは無い」と言われ自分の無力を 実感したからです。医師であれば何かできるのでは無いかと思い医師を目指そうと思いました。しかし、働きながら難関である医学部に合格する自信は無かった ので、医師を目指すには当時勤めていた会社を辞めなければならないと考えていました。当時年齢は28 歳で社会人経験も浅く、もし医学部への挑戦が失敗したら親に非常に心配をかけてしまうことになるため、思いはあったものの少し慎重になっていました。

その迷いがふっきれたのは福島市の常円寺の住職、阿部光裕さんとの出会いでした。阿部住職は震災後自らボランティアを組織して、福島市内の除染に取り組ん でおられる方です。私はたまたまインターネットを通してそのボランティアのことを知り、震災の約1 年後の2012 年3 月からお手伝いを始めさせていただきました。それから月1 回程度参加させていただく中で、阿部住職がいろいろな方面からの批判がありながら、信念を持って活動を続けている姿を見て、福島の問題と向き合っている阿 部住職に比べれば私のことは小さなことに感じました。また阿部住職が向き合っている放射能の問題は数十年単位で取り組んでいかねばならない問題であり、そ の間、福島の方は苦しみ続けていくことになることを考えたときに、医師となって少しでも寄り添えたらと思い、福島の問題に取り組むこと、そしてそのために 仕事を辞める決意をしました。

それからしばらくして、ボランティアに参加した帰りに阿部住職に食事に誘っていただき、医師を目指していることを話す機会がありました。すると阿部住職は 私の考えに非常に賛同していただき、東京大学医科学研究所の上昌広先生と上先生の大学の後輩で予備校講師である藤井健志先生を紹介いただきました。お二方 とも本業の傍ら福島県相馬市や南相馬市で支援活動をされている行動派の方々です。私が普通に生きていたら出会うことがなかったであろう方々との出会いは私 にとって大きな刺激となりましたし、上先生には進学や学費など、藤井先生には受験勉強全般に関する相談に乗っていただけて、安心感にもなり、勉強に集中す ることができました。

その後、2012 年8 月に会社を辞め、受験勉強を開始しました。センター試験まで4ヶ月という中で必死に努力したのですが、センター試験の成績はボーダーラインから大きく下回 り、前期試験は一次不合格(足切り)、後期試験は点数が遠く及ばず不合格という結果でした。また私立では2 校受けたうちの1 校で補欠合格となりましたが、連絡が来ることはなく、自分自身辛い気持ちでしたし、応援してくれた方々にも申し訳ない気持ちでいっぱいでした。ただ、4ヶ 月間の勉強で成績は伸びていましたし、もう少し時間があれば勝負できると感じていました。そこで親にもう1 年挑戦させて欲しいとお願いすると、親は反対することなく、「どうしてもやりたいのならがんばれ」と背中を押してくれました。

それから一年、実家近くの図書館で勉強を続け、今年まず私立2 校の合格を無事いただくことができました。ただ、私立は学費が高く、親にそれだけの余裕があるわけではなかったので、親は何が何でも国立に受かってくれと 言っていました。国立大学の試験目前でそんなに追い込むのか!と思いましたが、心配する気持ちもわからなくは無いですし、私も医師になれる機会を得たわけ ですから、私立でも何とかなるということを示すことができればお互いに安心できるだろうと思いました。そこで上先生に金策について相談し、公的な奨学金や 地方自治体の奨学金、学校独自の奨学金、あるいは銀行の教育ローンなど様々な方法を一緒に検討していただき、何とか学費の目処をつけることができました。 そのおかげで気持ちに余裕ができ、国立大学の試験に集中することができました。その甲斐あって、山形大学の試験は平常心で臨むことができ、無事に合格をい ただくことができました。

仕事を辞めてから1 年半の間受験勉強をしてきたわけですが、やはり大きな不安との闘いでした。一年目に失敗した経験から、どうしても悪いイメージしか浮かんできませんし、私 の場合は年齢的に失敗したら後が無いと思っていましたし、予備校等に通っておらず悩みを共有する友人もいなかったので、余計に不安だったように思います。 ただ、今になって思うことは、そんな不安を感じていたときも勉強から逃げなかったことがこの結果につながったと思います。逃げなかったのは私自身にしっか りとした目標があり、私を応援してくれている多くの方々の期待に応えたいという思いがあったからだと思います。そんな友人を持てたことが今の私の誇りで す。

最後になりましたが、震災から3 年が経ちますが福島では未だに原発事故関連のニュースを見ない日はないと聞きます。放射線は目に見えないだけに余計に不安だと思います。ただ、そんな状況 の中でも阿部住職を初め、逃げずに立ち向かっている方がたくさんいます。そんな方がいることをぜひ知っていただき、時々でいいので思い出して、できれば応 援いただけると福島の人たちの力になると思います。

【略歴】
2001年3月石川県立金沢錦丘高校卒業
2002年4月名古屋大学理学部入学
2007年3月名古屋大学理学部物理学科卒業
2007年4月名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻入学
2009年3月名古屋大学大学院理学研究科物質理学専攻卒業
2009年4月株式会社ニコンシステム入社
2012年8月株式会社ニコンシステム退社

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