医療ガバナンス学会 (2014年4月21日 06:00)
病院に出入りしているMRは景品表示法違反!?
※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。
http://jbpress.ismedia.jp/
関家 一樹
2014年4月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
今回(前編)は、この調査報告書の注目点や新たに浮上した問題を解説する。
後編では、この調査報告書と先行する3月14日になされた東大病院の中間報告との比較、社外調査委員会や調査報告書自体の検討、4月3日に行われたノバルティス社の記者会見、を取り上げていく。
●調査報告書の概観
報告書は11章からなり、各章題は以下のとおりである。
「第1章 調査の端緒とスコープ」
「第2章 当委員会が発見した問題となりうる行為」
「第3章 データ改ざんの有無」
「第4章 NPKKが守るべきルール」
「第5章 ルール違反の有無と程度」
「第6章 上司・役員の認識と責任」
「第7章 資金的繋がり」
「第8章 問題行為を発生させた背景」
「第9章 問題行為を防止するための内部統制システム」
「第10章 再発防止策に関する当委員会の提言」
「第11章 委員会の構成と調査の方法・限界」
先に第2章で問題行為をピックアップした上で、第4章でNPKKことノバルティス社が守るべき法令等を含む各種ルールを洗い出し、次章以降でそのルールへの違反と責任・背景へと話を進めている。
この記事では重複・省略する部分もあるが、章順に解説を行う。
●SIGN研究における経緯と問題行為
まず注目したいのはSIGN研究立案の契機である。報告書では「ノバルティス社では、タシグナのシェア獲得で苦戦している東京エリアで臨床研究を実施し、 タシグナの販売促進につなげたいという思惑があった。(中略)少しでも慢性骨髄性白血病(以下「CML」)患者がライバル社の薬を投与する臨床研究に登録 されることを防ぎたいという思惑である」(略語につき筆者修正、以降同様)とSIGN研究という医師主導臨床研究が、当初から製薬会社のMRの販促目的で 立案された側面があることが書かれている。
そして報告書によると、研究の手順であるプロトコールの作成検討会は、東大病院血液内科のA医師(報告書では「医師B」と記載されているが、報告書内の 「医師A」を「黒川教授」と記載する都合上、この記事ではA医師とする)参加の下で、ノバルティス社東京営業所の会議室で開催された、さらに作成されたプ ロトコールはノバルティス社主催のイベントの合間に発表された、とのことである。
つまり「利益相反がない」とされている医師主導臨床研究のプロトコールが当該薬の製薬会社の会議室で作られ、製薬会社のイベントで発表されていたのである。
実際にSIGN研究が開始されると「MRが、医師に対し、症例登録の対象となるCML患者をSIGN研究に登録するよう何らかの働きかけをしていた。その 多くは、通常のMR活動を通じて把握していた登録候補となる患者について、症例登録を働きかけたものだが、中には、医師と協議のうえ、医師が薬剤部から取 得したTKIを服用中の患者リストをもとに、そのリスト記載の全患者が登録されるようなフローを構築したMRもいた」と、患者情報をMRが積極的に取得 し、SIGN研究の拡大に利用していたことが書かれている。
また既に報道されているように、SIGN研究の中心である実際の患者に対して実施されたアンケートは、本来の手順に反してMRが運搬することとなり、MRはこれらの記入済みのアンケートをコピーし社内で保管していた。
かかる行為は一面において中心となったMRが情報を収集するために行っていたことが報告書で書かれており、これは個人情報の流出として東大病院が中間報告で明らかにした内容と一致する。
そして今回の報告書では、ノバルティス社内で組織ぐるみで証拠隠滅が行われていたことが以下のように明かされた。
「2013年の年末頃、多数のMRおよびMSAが、SIGN研究についてマスコミが取材していることを察知し、証拠隠滅のため、SIGN研究関連の紙媒体 の資料または電子ファイルを自宅に持ち帰ったり、削除したりした。証拠隠滅としての資料の持ち帰りや削除等が本格化した時期は、2013年12月24日頃 以降と考えられる。(中略)翌2014年1月17日のNHKの報道をうけ、MRⓐに対する社内インタビューが開始された時点でも一部残っていたが、MRⓐ は廃棄作業を停止することなく継続した」
また今まで議論されていなかった新たな問題として、MRらがSIGN研究に関わっていた結果として入手した副作用の情報につき、薬事法第77条の4の2に基づく厚生労働大臣に対する報告を懈怠していたことが指摘されている。
報告書では以上のような問題行為を招いた背景として、SIGN研究を推進していた中心的人物であるMRⓐ自身の努力とともに、MRⓐが社内の幹部育成教育 の一環で行われたアクションプログラムの設定にあたって、SIGN研究の推進によるタシグナの販売拡大を設定していたにもかかわらず「中止、再考を求めら れないまま、容認あるいは黙認された」として、ノバルティス社内でこうした医師主導臨床研究に関わることでの販促を容認する風土があったことを指摘してい る。
●製薬会社が守るべきルール
第4章ではノバルティス社が守るべきであったルールが列挙されている。
【製薬企業の臨床研究への関与に関するルール】として「法規制・行政ガイドライン(臨床研究倫理指針)・業界団体の自主規制・ノバルティスの社内ルール(当時)」
【医療機関等に対する労務提供に関するルール】
【医薬品の広告に関するルール】として「法規制・行政基準・業界団体の自主規制・ノバルティスの社内ルール」
【臨床研究における個人情報の取り扱いに関するルール】として「法規制・行政ガイドライン」
【副作用報告に関するルール】として「法規制・ノバルティスの社内ルール」
内容は多岐にわたるので注目点についてのみ概観する。
【製薬企業の臨床研究への関与に関するルール】の項目に「業界団体の自主規制」として「IFPMAルール」が挙げられている。IFPMAは日本製薬工業協会も加盟する国際製薬団体連合会である。
そこでは「9.2 プロモーションとの区別:あらゆるヒト被験者を対象とした研究は正当な科学的目的を有していなければならない。臨床試験や観察試験を含むあらゆるヒト被験 者を対象とした研究は、プロモーションとして偽装されてはならない」としてそもそも臨床試験とプロモーションの峻別が求められている。
【医療機関等に対する労務提供に関するルール】では「製薬企業が医療機関等に労務提供を行う場合、不当景品類及び不当表示防止法(以下「景表法」という) における景品類に係る規制が問題となり得る」として従来しばしば行われているMRの医療機関への関与に、景品表示法という視点からメスを入れている。
「景表法第11条第1項に基づき公正取引委員会及び消費者庁長官の認定を受けた『医療用医薬品製造販売業における景品類の提供の制限に関する公正競争規 約』(平成23年2月10日官報、公正取引委員会・消費者庁告示第1号、以下『公競規』という)」によると、「景品類」には「『便益、労務その他の役務』 が含まれる(公競規第2条第5項(4))」そして「運用基準によれば、『便益、労務その他の役務』の提供が『取引を不当に誘引する手段』として公競規によ り制限されるのは、(i)その内容が過大である場合、または、(ii)その行為が組織的、継続的である場合などとされている」MRの労務提供を景品表示法 という観点から切り込もうとする試みは大変面白く、同様の行為を行っている製薬会社にとって抑止となるだろう。
【医薬品の広告に関するルール】でも、従来バルサルタン(商品名:ディオバン)で問題とされていた薬事法第66条における誇大広告規制の他に、不正競争防止法と独占禁止法も問題になるとしており、今後の医薬品広告を考えていく上で大変有益な指摘がなされている。
●ノバルティス社のルール違反
第5章では今回のSIGN研究への不正関与で、ノバルティス社が前章で掲げた製薬会社が守るべきルールに違反したのかが検討されている。
まずMRの役務提供の点について報告書は以下のように述べて、SIGN研究において業界の自主規制に対する違反があったことを認めている。
「製薬企業従業員が、実際に不適切な影響を及ぼさなくても、また、そのような意図がなくても、及ぼす恐れのある行為をすれば、研究結果への信頼は失われ る。だからこそ、そのような恐れのある行為領域には、一律に踏み込んではならないのである。また、例外的に踏み込むのであれば、透明性の見地から公表され る必要があるのである」
「SIGN研究における各種労務提供は、製薬協コードおよびIFPMA指針の趣旨に反する」
そして先に指摘したMRの医療機関に対する労務提供が景品表示法に違反する恐れがある点について「SIGN研究の事務局としての東大病院に対する(ノバル ティス社MRの)労務提供は、公競規第3条による景品類の提供の制限に違反するものと言わざるを得ない」と法に基づき公正取引委員会及び消費者庁長官の認 定を受けた規約への違反を認めている。
またMRによる労務提供において、報告書が以下のような指摘をしていることも興味深い。
「医療機関等の側もこれらの労務提供を当然のこととして期待しこれを受け入れたという実態があり、医療機関等の側にも規範意識の鈍麻が見られることを指摘しておく」
後編で詳しく検討するが今回の社外調査委員は、元裁判官・検察官・厚労事務次官で組織されている。これが意味することは今後、刑事・民事訴訟化した際の司 法判断や厚生労働省が行う行政処分において、この調査報告書と同様の判断をされる可能性があるということである。従来から当たり前のように行われてきた MRの労務提供について、製薬会社と医療機関は本気で考え直す必要がある。
プロモーション活動については次のような指摘がなされている。
「東大病院の中間報告では、臨床研究の中間データを広告に利用させたことについて、慎重さを欠くとの指摘がなされている。この点、中間発表を広告に利用す ることについては、法令等による規制は特段存在しない。しかしながら、東大病院も指摘するとおり、中間発表はあくまで臨床研究の中途段階における情報を提 供するものにすぎず、最終的な研究結果は中間発表時の内容とは大きく異なる可能性があることに鑑み、中間発表を広告に利用することについては慎重であるべ きであろう」
この指摘は他の製薬会社のプロモーションにおいても妥当し、同様の問題が他社にも拡大していく可能性があることを示唆している。
個人情報関係については後のような記述があり、ノバルティス社のMRによってSIGN研究に参加した患者さんの個人情報が不正取得されたと結論づけている。つまり特定個人の患者さんの血液がんに関する情報が流出していたということになる。
「SIGN研究において利用される患者の個人情報については、SIGN研究関係者以外の第三者に開示したり、研究以外の目的で使用したりすることは許され ていない。よって、ノバルティス社の従業員がアンケート用紙等に記載された患者情報を入手、利用した行為は、患者の同意なく上記説明に反して不正に個人情 報を取得し、目的外に利用したものと評価すべきである」
「MRの中には現に他の情報を総合することで患者個人を特定していた者も存在する」
利益相反について、報告書ではSIGN研究に患者さんを参加させるにあたって「利益相反が無い」と説明し同意を得ていることについても検討している。
「患者との関係について見た場合、ノバルティス社がSIGN研究に労務提供という形で関与していたことは、研究結果に対して重大な利害関係を有する者が研 究に関与していたことを意味するのであるから、プロトコールおよび被験者用説明文書の利益相反関連事項に関する箇所で明示されるべきであった」
「利益相反関連事項の適正な開示を欠く状態でなされた各被験者のSIGN研究への参加の同意は、インフォームド・コンセントの見地から有効性に疑義が生じ るおそれがある。この点は、本来はSIGN研究の実施主体である医療機関側の問題として位置づけられるべきものであるが、(中略)責任の一端がノバルティ ス社にあるとの批判を免れないものと思われる」
すなわち医療系の臨床研究という、身体への侵襲行為を伴う研究が許容される前提となる、患者さんの同意の有効性に疑問があるということである。SIGN研 究自体が不当な身体への侵襲行為を行ったことになる可能性があると同時に、参加した患者さんから訴訟の対象にされる可能性が有るということを意味してい る。
またこの指摘はSIGN研究の実施にあたって、各医療機関の倫理委員会が出した承認の詐取という議論に対しても妥当するだろう。
繰り返しになるが、今回の社外調査委員は元裁判官・検察官・厚労事務次官で組織されている。こうしたメンバーが刑事・民事事件や行政処分の対象となる行為 に対して「責任の一端がノバルティス社にあるとの批判を免れないものと思われる」というコメントを出している重みについて理解する必要がある。
医師主導の臨床研究であるSIGN研究をプロモーション活動に利用した点については、以下のように述べて業界団体基準に違反しているプロモーションであったと指摘している。
「『医師主導臨床研究の活用』『TCCの活用』等、臨床研究をタシグナの販売促進のための基本戦略の一つとして位置づける表現が多用されている。・MRⓐ は、TOP GUN SCHOOLにおいて作成したアクションプラン(活動計画)の中で、『各MRが積極的に医師主導臨床研究に介入、Drをサポートする事により、TCC参加 施設の拡大。また結果としてタシグナ切替えの機会が増し、個人のみならずブロックの計画達成に寄与する(目標症例数達成により●●/半期(千円)タシグナ 売上UP)』と記載している。」「ノバルティス社の姿勢は、社内規約、IFPMAコードにおける『ヒト被験者を対象とした試験のプロモーション目的利用の 禁止』の精神に反するものと言わざるを得ない」
また既に報じられている、MRのインセンティブプログラムにおいてSIGN研究への不正関与活動を推奨しコーヒーチケットや会食を提供していた点については、かなり手厳しく断罪している。
「本来不適切であるSIGN研究への関与を達成目標として掲げること自体が不当であることは勿論のこと、患者を対象とする研究に係る事項をゲーム感覚で競 争の対象にするという発想は、製薬企業の従業員として不謹慎極まりなく、上司を含め、当時これを問題視する者がほとんどいなかった点については、倫理観の 欠如を指摘せざるを得ない」
●組織ぐるみの証拠隠滅と医師主導臨床研究不正利用の風土
第六章では上司・役員の認識と責任について述べている。
まず実際に不正に関与した社員のみならず、上司の監督責任、そして役員の不正防止の内部システム構築義務をしっかりと検討している。そして昨年12月末頃から組織ぐるみで証拠隠滅が行われていたことが率直に述べられている。
「第二ブロックマネージャーは、隠蔽工作(2013年12月末から翌年1月初めにかけてのSIGN研究に関わる資料廃棄・データ消去)については、データ消去を指示し、資料の隠匿を黙認した」
「東日本営業部長(中略)は、本件問題行為のうちかなりの部分について、黙認していたものと認められる。また、隠蔽工作(2013年12月末から翌年1月 初めにかけてのSIGN研究に関わる資料廃棄・データ消去)については、MRに対してこれらを促したとも受け取られかねない発言を行ったことが強く疑われ る。そして、東日本営業部長自身、自己が保管していたSIGN研究のプロトコール、症例登録一覧表等の電子データをディオバン問題の刑事告発を受けて内部 調査が入るという情報を得て2014年1月消去した」
組織ぐるみで医師主導臨床研究を営業に利用していた風土があることについて、以下のような記述から認めている。
「営業統括部長は、本来医師主導臨床研究に関与するべき Global Medical Affairs(GMA)の人員・人材不足から、ノバルティス社が医師主導臨床研究に関して十分な情報提供ができないことや、ライバルであるブリストルマ イヤーズ社が契約型医師主導臨床研究を使ってスプリセルの営業を効果的に行っていることに苛立ちを感じていた。そこで、タシグナのマーケットシェアを上げ るべくTASMAXというプロジェクトを率先して立ち上げ、推進していたが、その中で医師主導臨床研究の利用を慫慂していた」
また当時既に存在していた臨床研究不正関与防止のためのGMAという機関が機能不全になっていたことも指摘されている。
「MRはGMAに連絡してもGMAが不十分な対応しかしてくれないことに不満を感じていた。また、GMAが対応したとしても、ノバルティス社が委受託契約を締結することは少なく、GMAに連絡しても無駄であると感じていた」
●ノバルティス社と東大病院血液内科・TCCの資金的関係
ノバルティス社から東大病院血液内科に出されていた奨学寄付金については、以下のように営業目的としての性格が強かったと結論づけている。
「支出の制約がなく手続も簡易なことから、営業現場では、奨学寄附金を営業活動の手段または医療機関にMRが出入りするための前提として用いていることが うかがわれる。実際、一部の医療機関等から、露骨な奨学寄附金の要求が行われている事実がうかがわれる記載を含む資料もあった。こうしたことからも、医療 機関等が製薬企業に財源的に依存している実態がうかがわれるところである。また、ノバルティス社の医薬品を使用した医師主導臨床研究を実施してもらうこと との見合いで寄附されることが多かった模様である。これは、奨学寄附金の目的に反する点で問題であるのみならず、医師主導で行う臨床研究の精神にも反する という、二重の問題点を含んでいる。この問題点については、契約型医師主導臨床研究の導入により一部対策がとられたが、契約型医師主導臨床研究が実施され ることは少なく、解決には至っていない。」「『奨学寄附金』という名目とは異なり、営業活動の手段またはその前提のための資金提供という性格が強かったと 言わざるを得ない」
TCCの実態については以下の通り、ノバルティス社の丸抱え団体であったと示している。
「SIGN研究はTCCの資金により実施されることになっている。しかしながら、ノバルティス社は、次のとおり、TCCと共催で行う講演会に係る費用を支 払っていた。TCC活動に鑑みた当該費用の大きさからすると、ノバルティス社がTCCを丸抱えし、医師主導臨床研究実施の見合いとして共催費用を支払って いたのが実態であるようにも見える。」「TCCが行う講演会は年に1回だけであり、その唯一の講演会がノバルティス社との共催としてノバルティス社の費用 負担で賄われている。また、講演会に参加した医師の負担が1人1000円にすぎないのに対し、ノバルティス社の負担は220万円を超える。また、講演会の 準備や受付・誘導等も全てノバルティス社の従業員が行っている実態に照らせば、このような講演会は、まさにノバルティス社丸抱えの講演会と評価せざるを得 ない。加えて、当該講演会に関してノバルティス社が負担した費用は、全て情報提供関連費として取り扱われているため、透明性ガイドラインによれば年間の件 数・総額が公表されるに止まり、個別の対象、件数、金額が公表されることになる奨学寄附金に比べて、その実態はより不透明と言うほかない」
●旧時代に取り残されたMRたち
第8章ではSIGN研究において不正関与が生じた背景が語られている。
報告書によると製薬会社と臨床研究の関係は、医療機関との協力関係を推進する旧時代から距離を置く新時代に移行していたのに、ノバルティス社のMRとその上司たちは旧時代に取り残されていた、と批判している。
「第2世代治療薬の分野では、ノバルティス社のタシグナとブリストルマイヤーズ社のスプリセルとが競合している。ノバルティス社では、タシグナの効果がよ り高く、副作用のリスクがより低いと認識していたこと、グリベックの特許期間満了が近づいていること等の理由から、タシグナを訴求することの必要性が強く 認識されていた」
「競争の中で、ノバルティス社シェア奪回のため、対抗医師主導臨床研究としてSIGN研究を利用しようとして、本件が起きた」
「MRは、上記のような各種ルールを遵守すべきことは理解していた。しかし、本件問題行為を行うに際し、それほどの罪悪感を有していなかったように見受け られる。その理由は、上記のような、皆がやっているという業界慣行の認識、シェアを奪回しなければならないという使命感であった」
「多くのMRは、SIGN研究を手助けして患者のために役立ちたいと考え、自分の売上成績向上やノバルティス社の売上増大などを目指して行ったものではな いと言う。(中略)患者に届けば効能を発揮するからといって、届ける過程で何をしても良いことにはならない。MRの言い分は、不適切な行為を正当化するた めに、自らを納得させた言い訳であると言わざるを得ない」
「MRの医師主導臨床研究に関する認識の混乱をよそに、ノバルティス社がとっていた対応は、まことに不十分である。かつては医師主導臨床研究への関与を推 奨する方針をとっておきながら、時代が移行してこの方針を大転換したにも関わらず、それをMRに対して宣言せず、医師主導臨床研究に関する行動基準を示す わけでもなかった。GMAの設置や契約型医師主導臨床研究の導入は、ノバルティス社なりの時代への対応であったかもしれない。しかし、GMAは陣容不足で あり、契約型医師主導臨床研究は実施例がごく少なく、会社の対応それ自体としても不十分である。まして、MRを時代の変化に対応させる方策は、全く講じら れていなかった」
●社外調査委員会が求めるノバルティス社の行動
第10章の再発防止策では以下が注目に値する。
「SIGN研究に関する問題は、医薬品という人の生命身体に関わるセンシティブな製品を扱う会社として当然に有すべきガバナンスやコンプライアンス体制の不備・不足に由来するものと思われる」
「売上よりもコンプライアンスが優先することを明確なメッセージとして社内外に発する(中略)ことが適切である」
「ノバルティス社製品に関連して日本全国で現在進行中の全ての医師主導臨床研究について、程度の差こそあれ、MRが関与している可能性があると考えられ る。したがって、ノバルティス社は、自社製品に関連して日本全国で現在進行中の全ての医師主導臨床研究について早急に実態を把握し、MRの不適切な関与が 認められた場合には直ちにこれを止める必要がある」
以上のように前編では、ノバルティス社外調査委員会の調査報告書の内容について概観した。紙幅の都合上、要約が不十分な点も多々あるのでぜひ原典を参照していただければと思う。
後編ではこの調査報告書をもとに、東大病院側の中間発表や、調査報告書の意義などを検討していく。
後編へ続く
【略歴】
1986年東京生まれ。2009年3月法政大学法学部卒業。現在は企業で法務担当