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臨時 vol 170 「マネジメント」信仰に覚える違和感

医療ガバナンス学会 (2009年7月23日 06:14)


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           武蔵浦和メディカルセンター
               ただともひろ胃腸科肛門科
               多田 智裕
  このコラムは世界を知り、日本を知るグローバルメディア日本ビジネスプレス
(JBpress)に掲載されたものを転載したものです他の多くの記事が詰まったサ
イトもぜひご覧ください
URLはこちら → http://jbpress.ismedia.jp/

Summary: 確かに医師はマネジメントの知識が少なく、病院の経営力は一般企業
に比べて十分でないと言えるでしょう。でも、それは「マネジメントをしっかり
すれば問題は解決する」ということとイコールではないはずなのです。
 病院に欠けているのは「経営力」だという声を聞くことがあります。
 最近も、『日経ビジネス』(7月6日号)が「『医療崩壊』のウソ」という特集
を組み、「マネジメントが危機を救う」という内容の記事を掲載していました。
 その特集では、米国の医療現場がトヨタ方式の小さな「カイゼン」を積み重ね
て、「たらい回し」をほぼゼロにした事例などが取り上げられていました。経営
力で医療の「質」向上を図り、病院間の連携を高めていったといいます。
 特集内の個々の記事は、現時点で解決すべき問題をきっちり示しており、よく
まとまった記事だと感じました。
マネジメントの効果があるのは間違いないのだが
 ただし、医療現場で働いているものにとっては、どうしても違和感を感じざる
を得ない点があったことも確かです。
 その特集では、「日本の医療に求められているのは『マネジメント力』」「医
療界よ、他産業に学べ」「病院経営に関わる企業人が増えていけば、医療の質と
効率性を高める動きが加速する」といったことが唱えられていました。
 個々の部分については全くその通りだと思います。ただし、全体を貫く「マネ
ジメントで医療崩壊は簡単に防げますよ」というスタンスには、本当にそうだろ
うかと首をかしげてしまうのです。
 病院にしっかりしたマネジメントや細かい改善が必要なのは、まったく異論が
ありません。
 ただし、忘れてはならないのは、医療改革においては「質の高い医療」の実現
こそが達成すべき主目的だということです。マネジメントは「質の高い医療」を
達成するためのツール、つまり、サポート因子の1つに過ぎません。
 世界金融危機を見通していたとして話題になった『ブラック・スワン』という
ビジネス書があります。著者のナーシム・ニコラス・タレブ氏は、「黒い 白鳥
がいる証拠はないこと」と「黒い白鳥がいない証拠があること」を取り違える
「講釈の誤り」を人々は起こしがちであると解説しています。
 確かに医師はマネジメントの知識が少なく、病院の経営力は一般企業に比べて
十分でないと言えるでしょう。
 でも、それは「マネジメントをしっかりすれば問題は解決する」ということと
イコールではないはずなのです。
医療関係者と一般の人たちの感覚は違うのか
 ほぼ同時期に、日経BP社のWebサイトで、「医師の増員に賛成か反対か」を読
者に問うアンケートが実施されていました。医療専門サイトである 「日経メディ
カルオンライン」と、一般ビジネスパーソン向けの「日経ビジネスオンライン」
が共同で実施するという大変興味深いアンケートでした。
 アンケート結果(7月10日時点)を見たところ、日経メディカルオンラインで
は医師増員に賛成が41%、反対が59%と反対派が多いようでした。逆に、日経ビ
ジネスオンラインでは、賛成が79%、反対が21%と賛成者の割合が圧倒的多数で
した。
 このアンケートについて気になったことがあります。それは、この結果だけを
見ると、まるで「医療関係者と一般国民の感覚が違う」ように思えてしまうこと
です。
 アンケートを掲載した記事の冒頭には、「(医療崩壊の最大の理由が)医師と、
医療を受ける一般国民の『情報の非対称性』にあることは間違いありません」と
書かれていましたので、狙い通りの結果なのかもしれません。
 しかし、私は質問の仕方に少し違和感を感じました。
 「医師増員に賛成ですか?」と問われれば、医療現場の人たちは「いやいや、
頭数だけの問題ではない。質の担保が大事だ。数だけ増やされては混乱するだけ
だ」と思う人が多いでしょう。
 逆に、一般のビジネスパーソンは「足りないのであれば、(自分たちの負担が
多少増えるとしても)増やすべき」と思うことでしょう。
 では、質問の仕方を変えて、「医師は足りていますか?」と聞いたらどんな結
果になっていたでしょうか。
 医療現場の人たちは「足りないよ。増やしてくれ!」という答えが多くなるこ
とでしょう。
 逆に一般のビジネスパーソンは、「駅の看板や電柱広告は病院ばっかりだし、
駅の近くにはクリニックが結構あるよ。医師はいっぱいいるのに、安心して受診
できる病院が少ないだけだ」と考える人がけっこういるのではないでしょうか。
誰もが質の高いベストな医療を求めているはず
 私はマネジメントやリーダーシップの力を否定しているわけではありません。
むしろ、その逆です。
 心配しているのは、マネジメントやリーダーシップなどの力で改革を行なうと、
医療の質が二の次にされていても「改革」できてしまうことがあるのではないか、
ということなのです。
 こういうことを書くと、「自分たちの領域が侵犯されるのを嫌っているだけだ
ろう」という批判を受けるかもしれません。確かに私は医師であり、医療界の中
にいる人間です。
 しかし、「企業では当たり前のマネジメントが病院では行われていない」「医
療関係者は一般国民と感覚が違う」といった論調の根底には、「医師が目指して
いるものと、一般国民の目指しているものが違う」という発想がある気がしてな
りません。これは、以上で挙げたメディアのみならず、他の多くのメディ アに
共通して見られる発想だと思います。
 でも、それは違います。医療関係者は誰だって質の高いベストな医療を提供し
たいと思っていますし、一般の人たちも質の高い医療を求めています。「質の高
い医療」というゴールは同じはずなのです。
 その点だけは共通認識として持たないと、議論がうまく進まないような気がし
てならないのでした。
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