●はじめに
近年、「ドラッグ・ラグ」の問題がさまざまなメディアで報じられるようになっ
てきましたが、「国内の未承認薬に限った問題」といった伝えられ方が多いよう
に感じます
私たち治療を受ける患者の視点からこの問題を見てみると「未承認薬に限らず、
さまざまな理由から世界ではあたりまえに受けられるお薬での治療が、日本では
受けられない」ことがドラッグ・ラグなのではないかと感じています。実際、ド
ラッグ・ラグに取り組みはじめると、さまざまな理由から「治療薬が使えない」
といった相談を受けるようになりました。事例を知ることでドラッグ・ラグの問
題がより正確に把握できるのではと感じ、最近ではいろいろな患者会の勉強会に
参加をさせていただいています。今回はその中から、難病である肺高血圧症が抱
える問題をご紹介したいと思います。
●肺高血圧症治療薬「フローラン」、薬価は米国の10倍の日本
肺高血圧症の患者会「NPO法人PAHの会」理事長の村上紀子さんにお話を伺いま
した。
肺高血圧症は希少難病で、村上さんのお嬢さんが発症し、余命6ヵ月と宣告さ
れたのは14歳の時のことでした。当時は重症な肺高血圧症に対して有効な治療薬
は国内にはなく、村上さんは医師から「半年ほどで死んでしまうので好きなこと
をさせてあげなさい」と宣告されたそうです。
村上さんは諦めず情報を探し、米国・コロンビア大学にお嬢さんを連れて行き
ました。米国で治療薬「フローラン」を投与することができました。「フローラ
ン」は心臓にカテーテルを入れ、薬を直接心臓に約3分ごとに流し込むという治
療薬です。しばらくの間、村上さんとお嬢さんは米国に定期的に渡り、治療を続
けました。
その後、「フローラン」は日本でも承認を取得しました。グラクソ・スミスク
ライン株式会社より発売されることになり、国内での治療が可能になりました。
しかし「フローラン」の薬価は米国の約10倍。特定疾患(難病に指定されている
疾患)の医療費について、その保健適応分を公費にて負担する制度があり、患者
の医療負担はほとんどないそうですが、その後すぐにフローランに関しては問題
が発生することとなりました。
●「薬価10倍」が起こした問題
世界的に、患者の病状に合わせて「フローラン」を増量すると治療効果が高い
と言われています。日本でも「フローラン」は”使用用量に関して上限のない治
療薬”として承認されています。つまり、患者の病状に合わせてフローランを増
量して使うことができるのです。
しかし、他の希少疾病の治療薬同様、「フローラン」も薬価が高く、患者のレ
セプトを見ると、ひと月の「フローラン」にかかる薬剤費用は500万円、また
はそれ以上になる患者も少なくありません。
しかし治療にかかる費用は先に書いたように特定疾患であるために患者への負
担はほとんどありませんが、莫大な医療費に関して、下記のような問題も生じま
す。
例えば、扶養家族がフローランの治療を受けている場合、会社から「このまま
では会社の保険組合が破たんする」といわれ、「離婚してほしい」というような
プレッシャーを受けることもあるそうです。
医療機関も患者の命を救うために「フローラン」を適量で投与したいが、支払
機関から「減額査定」の通知が来るために適切な治療を行えず悩んでいます。減
額査定というのは処方箋を出した医療機関が保険償還されない額を支払わなけれ
ばならないシステムです。「フローラン」のように一カ月で数百万円という薬価
の場合、医療機関はその金額を負担することができないため、患者にフローラン
の増量が必要だとわかっていても増量ができないということが起きています。
医師が患者に対して「増量した方が、治療効果があがるのはわかっていますが、
フローランは高額なので減額査定されたら僕の首が飛んでしまうので…(増量で
きません)」と患者に訴える医師もいるそうです。医師が患者に対して「(あな
たには)フローランは効果が無いと思う」と伝え、はなから治療に踏み切らない
事例もでてきているそうです。
しかし、村上さんによると多くの患者は「フローラン」の薬価が高いといった
ことや、こうした支払機関からの「減額査定」と言うシステムに関しては知らな
いことが多いそうです。また、医師の言ったことに疑問を感じることはなく、
「フローラン」を適量で治療を受けられていないことを知らないといいます。
●この問題は肺高血圧症だけではないはず
多くの難病の治療薬は、薬価が高いと言われています。しかし特定疾患の場合、
治療費用を患者自身が負担することが少ないことから、日本では薬価に対して難
病患者からの声が上がることは少ないです。
しかし、現在の日本で、承認されており有効とされる治療薬である「フローラ
ン」が減額査定されている状態なのに、今後、日本でこういった特定疾患の薬価
を税金で支え続けていけるのでしょうか。
近年、少子化問題は顕著であり、先日の日本経済新聞にも「現在、15歳未満の
子どもは総人口の13%だが、2055年には8%に激減する。そのとき高齢者人口が
41%、現役世代は51%」といった内容が紹介されており、老人や障がい者に関し
ても一部医療費等の負担増ということがはじまっています。
今後、こういった医療費の問題が特定疾患の治療薬に対しても及んでくる可能
性もゼロではないのではないでしょうか。
「フローラン」は承認されて10年以上経過しているといいますが、競合する治
療薬が無いことなどもあり薬価は今も殆どかわらず米国の10倍だといいます。患
者は「フローラン」が承認されているにも関わらず適切な治療をされていないの
です。
「私たちは生きたいのです。フローランは日本で承認されているのにどうして
必要な量がつかえないのでしょう。命を助けてください。」村上さんは訴えます。
参考
肺高血圧症情報サイト「PAH.jp」
難病情報センター
連合「減額査定ってなに?」