最新記事一覧

臨時 vol 176 「医薬品等の安全性確保のためのレセプトデータベースの有効活用について」

医療ガバナンス学会 (2008年11月26日 10:02)


■ 関連タグ

東京大学大学院医学系研究科臨床試験データ管理学特任准教授
東北大学未来医工学治療開発センター検証・情報管理部門客員教授
山口拓洋
※厚生労働省「薬害肝炎事件の検証及び再発防止のための医薬品行政のあり方検討委員会」(2008年11月11日)に、委員の山口拓洋先生が提出された要請文を、許可をいただいて配信させていただきます。厚生労働省のホームページにも掲載されています。

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/11/s1111-6.html

なお、内容の一部は、2008年7月28日発行の「医薬品等の安全性確保のためにレセプトデータの有効的な活用を!」でも発表させていただいています。


 既に欧米には、保険請求などの大規模なデータベースが何十も存在し、医薬品の使用状況、副作用なども含めた患者の健康状態などがデータ化されていますので、市販後の医薬品に安全性対策、例えば、医薬品等の適正な使用、未知・重篤な副作用の早期発見とタイムリーな対応、などに重要な役割を果たしています。一方、日本にはこれまで医薬品等の安全性確保のための大規模データベースは存在しませんでした。医薬品等の安全性に関する懸念を迅速に、科学的かつ効率的に確かめる情報基盤(インフラストラクチャ)の整備が進んでいないのです。実際には、医薬品医療機器総合機構には自発報告に関するデータベースが存在しますが、自発報告制度のみでは医薬品の安全性確保、特に、未知・重篤な副作用の検証には限界があります。自発報告される副作用は、実際に発生した副作用のごく一部にすぎないことが知られていますし、マスコミなどで報道されると、報道された副作用の報告率が大きく跳ね上がることもよく知られています。したがって、自発報告から発生割合を推定することはできません。また、類似の薬と比較して多いのか少ないかの比較もできません。どのような患者さんが何人その薬を使用して、副作用と思われる症状が使用者の何%に発生したのかを調べるには、多数の病院や診療所の処方や検査結果や病名などを統合した大規模データベースが必要です。つまり質の高い大規模データベースが存在してこそ、副作用発現に関する定量的な評価や様々な仮説の検証が可能となるのです。
2006年1月に総務省IT戦略本部より「IT改革戦略」が発表され、医療分野においては、診療報酬請求(レセプト)の完全オンライン化の実現、さらに、厚生労働省によるレセプトデータの学術的・疫学的利用の推進が謳われています。2007年7月から翌年1月に厚生労働省保険局に設置された「医療サービスの質の向上等のためのレセプト情報等の活用に関する検討会」において、レセプト情報等を医療サービスの質向上等のためにどう活用すべきか検討されてきました。電子化されるレセプトには、患者の性、年齢、医療機関(薬局)コード、レセプト原本に記載された全傷病コード、全診療行為コード、調剤日及び全ての薬剤コード(調剤レセプト)が含まれています。これらの情報をもとに、2011年度までに大規模なデータベースの構築が進められており(ナショナルデータベース構想)、世界で最大の薬剤使用に関するデータベースが構築されることになります。このデータベースを医薬品等の安全性確保のために有効活用することは、国民が安全にかつ安心して医薬品等を使用するために必須と考えます。しかしながら、その「医療サービスの質の向上等のためのレセプト情報等の活用に関する検討会」の報告書では、厚生労働省が今後実施する施策には、医薬品等の安全性確保という観点からはいくつか課題があると言わざるを得ません。
課題1: 重篤な副作用を発生する医薬品を誰が使っているか(使ったか)がわかりません。
電子化されたレセプト情報は限りなく連結不可能の匿名化されたデータです。レセプトデータから個人を特定する道があれば、例えば、特定の薬剤の使用により重篤な副作用が発生した場合に、レセプトデータベースを用いて当該の薬剤を使用している患者さんが特定可能ですし、新たな副作用の発生を未然に防げる可能性があります。また、何らかの理由により使用禁止措置がとられた医薬品がその後も不正に処方されている場合に、不適正使用を発見することも可能です。このようなタイムリーな安全性対策(緊急時の対応)は、匿名化されたデータのもとでは実行不可能です。仮に、連結可能なデータベースが過去に存在したならば、薬害肝炎事件の場合も、病院内に記録が残っていなくても、肝炎の可能性のある人に対して通知し、精査してください、と案内できたのです。既にレセプト情報がデータベース化されている韓国では、不正な血液製剤が投与された患者の特定にレセプトデータベースが活用されたそうです。
もちろん、個人情報保護の観点から匿名化は当然必要ですが、しかし十分に注意した上で連結可能性を残しておくことは可能であり、それが重要なのです。
それから、もう一つの問題点は、レセプトデータベースからは、生死などの転帰や保険病名が正確に把握できない可能性がある点です。レセプトには死亡に関する記載欄がありますが、その記載がレセプト査定でどのような役割をはたしているかは不明であるなどの理由から、死亡例についてもその記載欄が正確に記載されていない可能性があり、また、死亡直前にレセプトを発行することが必要な医療行為が行われていない可能性があります。昨年(2007年)に、ロシグリタゾンという糖尿病治療薬が心筋梗塞を増やす可能性が報じられ大きな問題になりました。この報道のあとすぐにアメリカなどの大規模データベースを用いて、ロシグリタゾンを使用後に心筋梗塞を発生・死亡した患者さんが、他の糖尿病治療薬使用後に心筋梗塞を発生・死亡した患者さんより多いかの検討結果がいくつか報告されました。このような調査をする時に、生死が不明であることは致命的です。一番重要なアウトカムである死亡が不明であるのは利用価値が大きく減ずると思われます。また、同様に、保険でカバーされない正常妊娠・正常分娩についても不明です。サリドマイドによる奇形は薬の被害の歴史の中で忘れられない事件ですが、今後、他の薬で奇形発生が問題になったときに、特定の薬を使用したお母さんから生まれた赤ちゃんの何%で問題がおこったかを調べる上で、正常妊娠・分娩がわからないのは大きな問題です。レセプトデータベースから直接これらの情報が得られなくとも、レセプトデータを連結可能にする道を残しておけば、たとえば、十分な倫理審査を受けた上で、死亡統計のデータと連結するとか、出生のデータと連結することなどにより質の高い調査に結びつけることができます。
そのほか、レセプトに記載されている「保険病名」を上手に使うためには十分な審査などを経て、通常は匿名化されている情報に関する「連結」を必要なデータに限って可能として、医療機関内の原データと見比べて検証し、「信頼できる保険病名」と「信頼できない保険病名」を区別することが必要です。欧米(おもにアメリカ)のClaims Database (保険請求のデータベース)に関する研究では、病名自体の信頼性だけではなく、病名と医薬品や検査などをどのように組み合わせると、より信頼できるアウトカム情報を得ることができるかの研究が進んでいますが、このような研究も、必要に応じて通常は匿名化されているデータの連結を許すようにすることができるからにほかなりません。さらに、必要に応じて通常は匿名化されているデータの連結を許すことにより、レセプト情報からえられる数年から十数年前の特定の医薬品の使用者のデータと最近のがん登録データや心血管疾患・その他の疾患の登録データを組み合わせることで、通常は長期間のフォローアップが必要なコホート研究を実施するのに必要な経費の1%以下で、特定の医薬品の使用とアウトカムに関するタイムリーな調査を実施することも可能です。ただし、これらの実現のためには日本では十分確立していない、全国規模のがん登録や疾患登録を進めていくことも重要です。
課題2: 国以外の主体によるレセプトデータの活用には制限があります。
前述の検討会報告書には、データの利用目的として公益性の確保が必要であることのほか、データの利用にあたっては目的や計画、データの管理方法などを示し個別に審査を受ける必要があると書かれています。もちろん、個人情報保護の問題など、データの利用にあたっては一定のルールは必要だとは思いますが、国民の安全性確保という観点からは利用主体などが著しく制限されることは望ましくなく(この点は本委員会でも意見が出されました)、医薬品機構はもとより、アカデミアなどにおいても積極的に利用できるような仕組みができることが望まれます。
以上の課題をどう克服していくかがレセプトデータを医薬品等の安全性対策に有効使用するための大きな鍵を握っています。従って、レセプトデータベースを医薬品等の安全性確保により有効に活用できるように以下を要望いたします。
(同様の要望は、日本薬剤疫学会からも「医薬品等の安全確保のためのレセプト情報活用に関する要望書」として、平成19年12月17日に厚生労働大臣宛に提出されています。)
1.未知・重篤な副作用が発生した場合に、レセプトデータベースから当該患者を特定できるようにすること。
2.必要に応じてレセプト情報が他のデータソースと連結可能となるようにし、より質の高い薬剤疫学研究が実施できるようにすること。
3.レセプトデータの利用にあたっては、利用者が著しく制限されることがないようにすること。
4.レセプトデータのみならず、他の様々なデータ(病院情報のデータ、保健統計のデータ、疾患登録データ、大規模コホート研究データなど)が必要に応じて互いに連結可能となり、臨床・疫学研究が盛んに実施され国民の生活向上に寄与できるような体制づくりを進めること。
以上

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ