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臨時 vol 170 「医療と経済」

医療ガバナンス学会 (2008年11月18日 11:10)


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社会・経済における障害の研究(READ)
東京大学経済学研究科
松井彰彦


平成19年4月、「総合社会科学としての社会・経済における障害の研究」(研究代表者:松井彰彦、READ(Research on Economy And Disability)、URL:http://www.read-tu.jp)が学術振興会科学研究費の学術創成部門に採択されました。日本を含む先進国では高齢化が進み医療技術が進歩し、途上国では貧困化が進む中にあって、約6億5千万人を占めるとされる障害者人口(世界人口の約1割)は、いずれの国においても今日増大しています。国際連合の国際障害者年行動計画(1979年)の一節を借りれば、「一部の者を排除する社会は脆い社会であり」、障害者の置かれている不利な状況は、「万人のための社会」に向けて国際社会全体が取り組むべき大きな課題です。かかる課題に対処するため、本プロジェクトでは5年間にわたり、さまざまな研究者がさまざまな視点を学びながら障害と経済の関わりを見つめていきます。
学問がわたしたちに与えてくれるのは体系的なものの見方です。障害を医学的現象としてのみ捉えるのではなく、社会・経済的現象として捉えるとき、何が見えてくるのか。医学、社会学、経済学といったさまざまな視点から障害に係る問題を見つめるとき、突然風景が変わるかもしれません。障害という概念が「ふつう」という概念と密接に結びついていることは言を俟たないでしょう。たとえば、多くの「ふつう」の人がオリンピックの体操選手のような身のこなしができるような社会であれば、何も2階に上がるのに階段は必要ありません。上り棒を何本か付ければ、安価な昇降手段が確保できます。建築基準法などの法律もそれに沿った形で定められていきます。そのような社会では、現在の社会にいる多くの人は「障害者」と呼ばれることになるでしょう。障害は極めて社会的な現象でもあるのです。
これまでにも障害を社会科学の対象として捉える方向がなかったわけではありません。しかし、従来の社会科学においては、障害者を治安や福祉や保護の客体と捉えるという障害観が投影された研究が支配的でした。1970年以前の障害研究は社会福祉や刑事分野に限定して発展してきたと言えます。そのような学問的風景を大きく変える転機となったのが、障害学(Disability Studies)の登場です。障害学とは、1970年代のイギリスに生まれ、主として政治学、歴史学、社会学の領域において、障害当事者が自ら牽引して発展してきた学際的な障害研究をいいます。その研究上の特色は、障害を心身の障害 (impairment)と社会的政治的な障害 (disability)とに区別する点にあります。障害学は40年に満たない歴史しか持たない新たな学問領域ですが、その影響力は今日世界規模に及んでいます。
もっとも、所得保障や雇用差別など障害学の中心的課題の解明にとって不可欠となる近代経済学の知見は、今日なお障害学に活かされておりません。換言すれば、さまざまな障害問題の分析にとって経済学的な視点(特にゲーム理論的な分析道具)が潜在的な有用性を持ちうるにも拘わらず、学際領域たる障害学において経済学の視点は等閑にされてきました。かかる問題意識に照らし、3年ほど前から東京大学経済学研究科において経済学と障害学を融合する試みが始まり、昨年から研究費もいただき、10名の研究スタッフ(特任准教授1名、特任講師1名、特任研究員8名)および14名の分担者・連携者とともに本格的な研究分野の構築が始まったのです。
これらの観点から障害問題を見つめていくため、これまでの調査とは異なる独自の調査が必要となります。かつて経済学の巨星マーシャルは、「冷静な頭脳と温かい心(cool heads but warm hearts)」を持った社会の指導者を育てることが経済学の目的だと語りました。その言葉は本研究にこそふさわしい、その想いでメンバー一同研究に邁進し、調査に奔走しております。とは言え、まだよちよち歩きの状態で、少し押されればすぐ転んでしまうような脆弱な研究分野です。この小さな研究の火を育て、できるだけ多くの人に光を当てていくためには、われわれの考えに一定の理解を示してくださる方々のサポートが欠かせません。ぜひとも、温かくかつきびしい眼差しでわれわれの研究を見ていただければ幸いです。

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