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臨時 vol 169 「第70回日本血液学会 患者学シンポジウムを終えて」

医療ガバナンス学会 (2008年11月16日 11:11)


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東京大学医科学研究所
先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門
田中 祐次



2008年10月10‐12日、京都にて第70回日本血液学会総会(学会長:慶応大学須田年生教授)が開催されました。日本には血液学に関する大きな学会として日本血液学会と臨床血液学会の2つが存在していましたが、ここ数年、同時開催をしていた両会が今年1つになる初の総会でした。その中で、日本の学会総会で初めて「患者学」のシンポジウムが開催されました。
事の始まりは去年の冬、須田教授からいただいた連絡でした。患者学をテーマにしたシンポジウムの開催を打診されました。須田教授はご自身の闘病体験から、患者学の重要性・必要性を実感されたそうです。また、患者会や患者支援の方々が医師や大学関係者以上に豊富なアイデアを持っていることを間近に経験したため、患者学のシンポジウムを開催しようと考えるにいたったようです(詳細は9月25日の日経メディカルオンラインの記事に掲載http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/opinion/mric/200809/507925.html)。その後も須田教授が学会側との交渉を進めてくださり、今回の血液学会総会では公開シンポジウムのテーマを「患者学」とし、第一部を患者会の活動報告、第二部ではピアノリサイタルや白血病患者である市川団十郎さんのビデオレター、そして第三部に患者学の講演という内容に決まりました。そして、その第三部を私が企画させていただけることになったのです。シンポジウムに関して須田先生と相談を重ねた上で、今回は”まだ確立されていない学問としての患者学”を始めることから、「患者学はじめの一歩」という副題をつけさせていただきました。
私は、患者学とは「患者の視点で仮説を導き、研究を行い、その研究成果を患者が評価すること」と考えており、患者中心の医療を実践するために必要な学問と考えています。私自身は患者視点の仮説を導き出す試みとして、情報工学者との共同研究を行っています。共同研究者である大澤幸生東大工学部准教授の情報工学的手法は、言葉の関係性を数値化することで膨大なデータを視覚化し、重要なキーワードを見つける方法です(http://www.nhk.or.jp/zero/contents/dsp211.html)。骨髄移植患者家族のインタビュー内容をこの方法を用いて解析することで、今まで気づかなかった患者家族の悲しみの感情の存在に気づくことができました。このように、異分野との共同研究を行い、今まで気づかなかった人の気持ちを導き出す質的研究(暗黙知を形式知にする試み)を行っています。
また私は、患者学のアイデアは臨床現場にあると考えています。そこで、以前より患者学に関して議論をしてきた国立がんセンター院長土屋了介先生に講演を依頼しました。土屋先生は、臨床医の経験で得てきた患者とのコミュニケーションこそ医療崩壊の進む臨床現場に求められるものであり、それを後輩の医師に伝えるためには On the Job Training だけではなく、学問として伝える必要があると考えておられます。そのとき、医師の視点ではなく患者視点で考え、研究していくことが必要と考えられています。例えば、診察にあまり時間がないからといって患者との話を早めに切り上げるよりも、あえて「ゆっくりお話をさせてください」と伝えるほうが実は時間が短く済み、患者の満足も高いことがある、というようなことを今までの臨床経験から実感しているそうです。このような経験を科学的に分析することが患者学のひとつと考えられるが、人の気持ちを題材にするために今まで医療界が行ってきた分子生物学や統計学だけではなく、人文科学や社会学などの分野の知識も必要になってくるだろう、と話されていました。今回は残念なことに外科系の学会の会議と重なり当日はご来場いただけなかったのですが、事前に撮影した映像によるビデオレターという形で講演をしていただくことができました。
もう一人は、広告心理学および行動経済学の分野から患者の満足にアプローチを試みている西根英一先生です。西根先生は世界的な医療の広告代理店であるマッキャンヘルスケアワールドワイドジャパンのパブリックヘルスのヘッドかつシニアエディターとして活躍しながら、NPO法人 Evidence Based Health 推進協議会(http://ebh.or.jp/index.html) の事務局長を兼任しています。理事長である京都大学経済学部教授・西村周三先生より行動経済学を学んだことをきっかけに、西根先生は西村先生とともに NPO 法人を立ち上げ、活動をしています。行動経済学における消費者行動として、人は簡単に満足せず、満足してもいつかは飽き、そして次を期待します。この考えがもし医療にも当てはまるのであれば、患者は治療結果に満足した後、患者から生活者になり別のことを期待するかもしれません。そして、生活者からさらに消費者としての満足を期待する変化を生じるかもしれない。例えば、病気により歩けなくなった患者が治療により歩けることになった。歩けるようになると次は走りたくなり、走れるようになると次は山に登りたくなる、というように、変化します。このように西根先生は、医療における患者の意思決定などに関して広告心理学や行動経済学を用いて導き出すことができるのではないかと考えています。その概念について講演していただくことになりました。
シンポジウムの時間が1時間ということで演者3人が適当と思っていたところ、最後の一人は須田教授からの御推薦で東京大学埴岡健一特任准教授に決まりました。埴岡先生は、日経ビジネス編集部(ニューヨーク支局長、副編集長)時代に奥様を白血病で亡くされました。その経験から「インターネットを使ってガンと闘おう」を出版し、東大での研究の傍ら、NPO日本医療政策機構の理事として活躍しています。がん対策基本法の成立にも大きく貢献してきました。東京大学医療政策人材養成講座特任准教授としてかかわった研究にも、「患者の声をいかに医療政策決定プロセスに反映させるか」「『患者視点重視の医療』とは何か――英国における”Patient and Public Involvement(PPI)”の取り組みを通じて――」など、患者学といえる患者視点の研究があると考えています。とはいえ埴岡先生は、患者学というものについてまだはっきりとイメージがわかず、人によっても言うことが違うことなど問題点を指摘していました。ご自身は、「医療者の医療者による、医療者のための患者学」ではなく、「患者の患者による、患者のための患者学」であるという思いを持っており、それについて講演していただくことになりました。また、患者学を発展させていくために、例えば学会主導で患者学研究基金を設立したり、研究を公募し来年の学会で発表・表彰する等のアイデアをお持ちでした。
当日、学会最終日の午後にもかかわらず医療者と患者、患者家族の方が約230人講演を聞きに来てくださいました。その中に、今回のシンポジウムの重要性を理解してくださったメディアの方の参加もあり、講演会の内容を記事として全国の患者、患者家族、医療者に伝えることができました。記事に関してはキャリアブレインの下記のURLを参照してください。3時間に及ぶシンポジウムでしたが、以下の記事を読むことで会場に来ることができなかった全国の患者や家族の方にも講演の様子が十分に伝わると思います。

http://www.cabrain.net/news/article/newsId/18671.html

http://www.cabrain.net/news/article/newsId/18693.html

http://www.cabrain.net/news/article/newsId/18694.html

第三部の講演の後に行われた質疑応答では、患者側、医療者の双方から意見が出ました。例えばJR東京総合病院血液内科医の小林一彦医師からは、「医師と患者のコミュニケーションを助けてもらうために外部の人が入るとして、もしその人が私(医師)と違うことを言うようになると、私(医師)と患者の溝が埋まるのではないか、疑問がある。患者会などに医療者が参加した場合、参加している患者さんには主治医がいる。その患者さんと主治医の関係をどのように考えればいいのか」との質問がありました。私自身は、主治医の先生と違う意見を言うのではなく、患者と主治医の間の溝を作り出しているのが情報の格差である場合は必要な情報を伝え、感情である場合には感情のもつれにいたる原因を探る、そういったかかわりをしています。それでも小林先生の危惧する点についても、十分に注意すべきことだと感じました。このように、医療現場における情報のギャップの問題や、患者と医師とのコミュニケーション、人間関係や信頼関係の構築に関しては、患者と患者家族だけではなく医療者も同様に悩んでおり、その現状を改善するための患者学であることを熱望する声が多く上がりました。また、患者自身が病気になり悩み苦しんでいるが、その過程を経てきた経験者がどのように乗り越えてきたのかわかれば、それが悩みや苦しみ解決する手段の提供となりうる、というような意見も出てきました。終了後にある患者家族の方からも、「いろいろな意見が出ることが大切で、今回はそれがあった。良い意見も悪い意見も貴重ですね」というコメントをいただきました。今回のシンポジウムは副題に託したとおり、参加者が患者学を一緒に考える第一歩になったと思います。

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