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Vol.209 『フィールドからの手紙』 第7回目 アメリカ国民皆保険 実現への挑戦

医療ガバナンス学会 (2014年9月18日 06:00)


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星槎大学副学長
細田 満和子

2014年9月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


本気のヘルスケア改革

アメリカでは2010年にオバマ大統領によるヘルスケア改革法が成立し、国民皆保険の方向性が示されました。これはアメリカに住む人はすべからく健康保険に入る義務があることを規定した法律ですが、なかなか人々の理解を得られず、健康保険に入らない自由もあるという主張も根強くあって、これまで実現するには程遠い状況でした。
ところが2014年5月1日から、特別の例外を除くすべてのアメリカ人は、何らかの健康保険に入らなくてはならないことになりました。健康保険に入らない場合はどうなるかというと、「罰金penalty, fine」を払わなくてはならないのです。
罰金の金額は次の二つの方法から算出されます。ひとつは、1年間の世帯収入の1パーセントというもので、もうひとつは一人につき1年間95ドルというものです。これらのうちから、どちらか金額の高い方が罰金として徴収されます。すると年収が1万9650ドル以上の場合には収入の1パーセントが罰金になり、年収1万9650ドル以下の場合は1年間で95ドル(18歳以下の子どもは47.5ドル)の罰金になります。ちなみにこの計算式では、一家の罰金の合計が285ドルになると、それが上限となります。

年々増加する罰金

この罰金の金額は2014年度のものであり、年々増加される予定になっています。例えば2015年には年収の2%か一人につき325ドル、2016年には年収の2.5%か一人につき695ドルが罰金となり、その後は物価の上昇に合わせた金額になります。年度の途中から保険に入った場合にはどうするかというと、入らなかった期間だけ月割りで罰金が計上されます。ただし、未保険の期間が三か月未満の場合は支払う必要はありません。
こうした罰金は、年度末の連邦税申告の際に一緒に支払うことになります。2014年でしたら、罰金を逃れるためには2014年5月1日から保険に入っていることが必要です。

ヘルスケア改革

ここでちょっと2010年のオバマのヘルスケア改革のおさらいをしたいと思います。ヘルスケア改革は、正式には「患者保護と適正なケア法(PPACA: The Patient Protection and Affordable Care Act)」と呼ばれ、医療ケアと健康保険産業の両方を改革するアメリカの連邦法です。この法律は、4400万人以上の健康保険未加入者がいる中で、新しい規則、税制、加入義務、扶助を含むいくつもの施策を通して、医療の質を向上させ、医療にできることを増加させ、そして公的であろうと私的であろうと健康保険が人々にとって手頃なものとなることを目的としています。
この法律は、アメリカにおいて初めて国民に健康保険への加入を義務付けたことで知られていますが、その他にもいくつかの画期的な改革をしています。それは、かつては既往歴があると健康保険に入ることはできませんでしたが、既往歴があっても健康保険に入れるようになったことや、かつては何らかの病気になったら健康保険を解約させられていたのですが、継続して健康保険に入れるようにしたことなどです。どちらも健康保険会社から患者を守り、適正に医療を受けられるようにするための改革でした。

マーケットプレイス

罰金をいくら払ったとしても、それだけでは保険に入ったことにはなりませんので、医療機関にかかったとしたら、100%自費で医療費を支払わなくてはなりません。こうした事態を避けるために、最小限の基礎的な保険(Minimum essential coverage)でもいいので保険に入ることが勧められています。保険料が支払える人でしたらいろいろな保険会社やNPOの運営する保険が選べますし、保険料の払えない低所得者の人だったらメディケイドや子ども健康保険(CHIP: Children’s Health Insurance Program)に加入することができます。
ただ、そうは言ってもアメリカの健康保険の仕組みは複雑で、契約のプランも様々なものがあり、よほど詳しくないとどんな保険に入ったらよいのか全く分からないという事情もあります。そこで政府は、保険に入ろうと思った人が、どの保険に入ったらいいのかをナビゲイトする健康保険マーケットプレイス(Health Insurance Marketplace)をインターネット上に設置しました。
健康保険マーケットプレイスは「HealthCare. Gov」のホームページからアクセスできます。このページに行くと、住んでいる場所、家族構成、勤務先からの補助の有無、年収などを入力する画面が次々と現れてきます。そこでひとつひとつに答えてゆくと、自分の家族に合った健康保険のメニューの一覧が出てきます。そこには各種保険のプランの毎月の保険料、ディダクタブル(一定額までの自己負担金)、自己負担金の上限、コペイ(毎回の受診ごとの自己負担額)が記されています。
たとえば試しにミシガン州のケント地方に住む 42歳、40歳、15歳、10歳で、年収800万円程度(1ドル=100円で計算。以下同様)の家族で、雇用先からは補助が出ないという条件で入力してゆくと、37種類の健康保険のプランが出てきます。それぞれのプランの毎月の保険料、ディダクタブル、自己負担金の上限、コペイも一覧表になっているので、これを参考にして人々は自分の家族に合った保険を選びます。ちなみに37種類の保険の毎月の掛け金は、12,900円から125,700円までと幅広く、ディダクタブルや自己負担金も様々です。ですので、この中から一つを選ぶのもやはり大変そうではあります。
2014年度に間に合わせるための前回の健康保険マーケットプレイスの利用時期は、2014年3月31日に終了してしまいました。しかし、2015年の為の利用期間は、2014年11月15日から始まり、2015年2月15日まで使えるとのことです。

皆保険への道

2000年9月の国連ミレニアム宣言の中では、極度の貧困や飢餓の撲滅などを目標としたミレニアム開発目標(MDGs: Millennium Development Goals)が掲げられました。この目標の実現のために、人間の安全保障(Human Security)という理念が掲げられ、世界の健康課題の解決に向けての取り組みがされてきました。そこでの重要な対策は何かというと、国民皆保険(UHC: Universal Health Coverage)なのです。
UHCの早期実現は、2012年12月の国連総会でも国際社会の共通目標として決議されていますし、日本も国民皆保険50年の歴史を踏まえて、途上国などの国際援助としてUHCを推進しようとしています。UHCは、人々が基礎的な保健医療サービスを受けられるためのあってしかるべき仕組みと考えられているといっていいでしょう。この度のアメリカでの保険加入の推進は、このような世界情勢の中でアメリカだけ特異にUHCを実現していない事態は改めるべきという牽引力も働いたのではないかと思います。
日本は現在、国民皆保険(=UCH)となっていますが、実際には健康保険への未加入者も少なくないようです。日本にも健康保険に加入していないと国民健康保険法第9条の届け出の義務に違反しているとして罰則もありますが、健康保険の加入率を上げるために罰金や罰則を設けるだけでは、人々の健康を守るというUHCの目標は達成されません。病気やけがで働けずに収入が少なくなってしまって保険料を支払えない人もいるからです。
このような低所得の人々に関しては、アメリカでも日本でも補助や扶助が用意されていますが、審査が厳しかったり、手続きが複雑であったりしてなかなか利用されづらい場合もあるようです。どんな時も理念と現実、制度と運用、それぞれの間に幾分距離があるのは周知のことでしょうが、人々の健康が守られるために、少しでも実践に結びついていけばと思います。

<参考資料>
・アメリカ政府のヘルスケアに関するホームページ

https://www.healthcare.gov/what-if-i-dont-have-health-coverage/

The fee you pay if you don’t have health coverage
・オバマケア・ファクトhttp://www.obamacarefacts.com/
・世界保健機関(WHO)のUHCのプログラムの紹介

http://www.who.int/universal_health_coverage/un_resolution/en/

細田 満和子
星槎大学副学長。
社会学をベースに、医療・福祉・教育の現場での問題を、当事者と共に考えている。主著書は『脳卒中を生きる意味』(青海社)、『パブリックヘルス 市民が変える医療社会』(明石書店)、『チーム医療とは何か』(日本看護協会出版会)。近刊書は東日本大震災後の子どもたちの心のケアを扱った上昌広氏との共編著『復興は教育からはじまる』(明石書店)。

 

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