最新記事一覧

Vol.210 HPVワクチンのリスク・メリット―インターネット情報の真偽(1)

医療ガバナンス学会 (2014年9月19日 06:00)


■ 関連タグ

尼崎医療生協病院 産婦人科
衣笠万里

2014年9月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


概要

HPVワクチン、あるいは子宮頸がん予防ワクチンは現在世界120か国以上で承認されており、50か国以上で公費による接種がおこなわれている。しかしインターネットのサーチエンジンで同ワクチンについて検索すると、その危険性を訴える記事が目立つ:「有効性が証明されていないのに副作用がひどい」「戦後最大の薬害事件になる」等々。しかしその中身を吟味すると、科学的根拠(エビデンス)に欠ける内容のもの、または事実誤認あるいは曲解によって不当な評価を下しているものが少なくない。ワクチン接種後の慢性疼痛については引き続き精査と手厚い加療が必要であるが、現在までの世界のエビデンスを見渡せば、このワクチンにはリスクを上回る大きなメリットが期待できる。ワクチンによる発がん予防(一次予防)と検診による早期発見治療(二次予防)とを組み合わせることによって将来にわたって女性の子宮と命を守っていくことが望まれる。行政担当者、ジャーナリスト、そしてワクチン接種対象者の保護者の方々には、不確かなネット情報に踊らされて判断を誤ることなく、信頼のおける確かな情報に基づいて意思決定をおこなっていただきたい。

HPVワクチンのリスク

ヒトパピローマウィルス(HPV)ワクチン、いわゆる子宮頸がん予防ワクチン(商品名:サーバリックスおよびガーダシル)は現在世界120か国以上で承認されており、50か国以上で公費による接種がおこなわれている。日本では2013年4月から定期予防接種に組み入れられた。しかしそれと前後してワクチン接種後に注射箇所以外の広範囲の部位に慢性的な痛みを訴える症例が国内で相次いで報告された。ワクチンとの因果関係が否定できなかったことから、同年6月に厚生労働省(厚労省)は引き続き定期接種でありながら「積極的な接種勧奨を一時的に差し控える」旨を勧告した。その結果、まだ任意接種であったが公費負担で接種されていた前年度に比べて接種者数は激減し、対象者数の1割にも満たなくなった。多くの国民が同勧告を「このワクチンは危ない」ことを意味すると受け取ったからである。その後1年経過したが現時点でも接種勧奨は再開されておらず、依然低い接種率が続いている。
インターネットのサーチエンジンにキーワードとして「HPVワクチン」あるいは「子宮頸がんワクチン」と入れて検索すると、その危険性を訴える記事が目立つ。「有効性が証明されていないのに副作用がひどい」とか、中には「子宮頸がんワクチンは戦後最大の薬害事件になる」と唱えているものもある。それほどにこのワクチンは危険なのであろうか?

薬剤承認時の国内や海外の調査成績によれば、サーバリックスおよびガーダシルのいずれも注射部位の疼痛や発熱、筋肉痛や注射直後の失神などの一時的な副反応は他のワクチンより強かったことが報告されている。しかし長期間に及ぶ重大な副反応は認められなかった。世界保健機構(WHO)のワクチンの安全性に関する諮問委員会(GACVS)は、市販後の調査においても接種継続を見直すほどの重大な副反応は認められておらず、引き続き接種を勧奨するという声明を繰り返し出している[1]。
しかしこのワクチンの接種に反対の立場をとっている医師は少なくない。NPO法人・医薬ビジランスセンター理事長の浜六郎氏もその一人である。同氏は大阪大学医学部非常勤講師(公衆衛生学)、「正しい治療と薬の情報」副編集長、コクラン共同計画のノイラミニダーゼ阻害剤検討グループメンバーを兼任している。同氏自らが発行している「薬のチェックは命のチェック」誌に掲載されていた氏の論説「HPVワクチンは中止を」がウェブ上で公開されているので取り上げさせていただく[2]。

http://www.npojip.org/sokuho/no163-1.pdf#search=’%E6%B5%9C%E5%85%AD%E9%83%8E+%E5%AD%90%E5%AE%AE%E9%A0%B8%E3%81%8C%E3%82%93%E3%83%AF%E3%82%AF%E3%83%81%E3%83%B3+%E4%B8%AD%E6%AD%A2′

まず30頁に以下の記述がある。

―(ワクチンの)害は、サーバリックスの臨床試験でワクチン注射後4年足らずで、30 人に1人が慢性の病気になり、100人に1人が自己免疫疾患になり、800 人に1人が死亡しています。―
これを真に受けると、「なんと危険なワクチンだろう、どうしてこんなものが認可されているんだ!」と不審に思う人も多いだろう。この記述はサーバリックスの臨床試験(治験)の成績をまとめて2012年のLancet Oncologyに掲載されたLehtinenらの論文 [3]からの引用に基づいている。そのTable(表)3を見ると、確かに9319人のサーバリックス接種者のうち慢性疾患発病者は285人(3.1%)、自己免疫疾患発病者は99人(1.1%)、死亡者は10人(0.1%)であり数字の上ではおおむね正しい。しかし実際にはワクチンの効果や副反応を比較評価するための対照群としてサーバリックスの代わりにA型肝炎ワクチンを接種された女性でもほぼ同等の罹病率・死亡率であった。従って上記疾患や死亡はサーバリックスとは無関係とみなすべきである。
浜氏はサーバリックスやA型肝炎ワクチンに含まれるアルミニウム化合物自体が慢性疾患や自己免疫疾患を引き起こすので、対照群と差がないということは有害であるということだと主張している。同様にアルミニウム病原説を説く医師や団体は少なくない。しかしアルミニウム化合物はA型肝炎ワクチンのみならず、B型肝炎・ジフテリア・破傷風・百日咳・肺炎球菌・Hibワクチンなどにも広く含まれており、ワクチンの効果を増強させる補助剤(アジュバント)として過去数十年にわたって全世界で10億人以上に対して使用されてきた。それらのワクチンと神経疾患や自己免疫性疾患との関連を疑わせる報告が散見されるものの、多くの疫学的調査からその因果関係は否定されている[4][5]。

WHOの諮問委員会(GACVS)はアルミニウム含有ワクチンによって重大な健康被害が生じることを裏づける科学的な根拠(エビデンス)はないと結論している [6]。またワクチンに含まれているアルミニウムはごく微量であり、それ自体が人体に悪影響を及ぼす量ではない [7]。
世界各国の女性を対象としてHPVワクチンの治験が開始された当初はその効果も安全性も十分に証明されていなかったことを考えると、中には厳しい生活環境の中で経済的なインセンティブによって治験に参加した女性たちも含まれていたかもしれない。彼女たちの献身的な貢献によって医学・薬学の進歩が得られたことに対して感謝すべきであるが、彼女たちの生活水準・健康水準をそのまま日本人女性に当てはめることはできない。臨床試験で薬剤投与群と比較されるのは一般人口ではなく、あくまでも試験に参加した対照群の人々である。もう一つのHPVワクチンであるガーダシルでも同様に同ワクチン接種群と対照群との間で罹病率・死亡率に差がなかったことが報告されている[8]。
臨床試験だけでなく市販後の大規模な疫学的調査でもHPVワクチンの安全性を支持する報告が出てきている。昨年ブリティッシュ・メディカルジャーナル誌に発表された北欧からの論文では、ガーダシル接種者約30万人と非接種者約70万人との間で各種自己免疫疾患・神経疾患・静脈血栓塞栓症の発生頻度を比較したところ、両群間で明らかな差がなかったことが報告されている[9]。同様に米国・英国・フランス・オーストラリアの市販後調査でもHPVワクチンによって特に問題となる健康被害は出ていないことが報告されている。

引用文献・関連ウェブサイト

[1] WHO: Global Advisory Committee on Vaccine Safety Statement on the continued safety of HPV vaccination. March 12, 2014.  http://www.who.int/vaccine_safety/committee/topics/hpv/GACVS_Statement_HPV_12_Mar_2014.pdf
日本語訳はこちらを参照されたい(子宮頸がん征圧をめざす専門家会議より引用)

http://www.cczeropro.jp/assets/files/2014.3.12J.pdf

[2] 浜六郎.「HPVワクチンは中止を」薬のチェックは命のチェック2013. 52:29-43. http://www.npojip.org/sokuho/no163-1.pdf#search=’%E6%B5%9C%E5%85%AD%E9%83%8E+%E5%AD%90%E5%AE%AE%E9%A0%B8%E3%81%8C%E3%82%93%E3%83%AF%E3%82%AF%E3%83%81%E3%83%B3+%E4%B8%AD%E6%AD%A2′
[3] Lehtinen M, Paavonen J, Wheeler CM, et al. Overall efficacy of HPV-16/18 AS04-adjuvanted vaccine against grade 3 or greater cervical intraepithelial neoplasia: 4-year end-of-study analysis of the randomised, double-blind PATRICIA trial. Lancet Oncol. 2012 13(1):89-99.
[4] DeStefano F, Verstraeten T, Jackson LA, et al. Vaccinations and Risk of Central Nervous System Demyelinating Diseases in Adults. Arch Neurol. 2003. 60(4):504-509.
[5] Jefferson T, Rudin M, Di Pietrantonj C. Adverse events after immunisation with aluminium-containing DTP vaccines: systematic review of the evidence.
Lancet Infect Dis. 2004. 4(2):84-90.
[6] WHO: Statement from the Global Advisory Committee on Vaccine Safety on aluminium-containing vaccines. (23 October 2008) http://www.who.int/vaccine_safety/committee/topics/aluminium/statement_112002/en/
[7] Offit PA, Jew RK. Addressing parents’ concerns: Do vaccines contain harmful preservatives, adjuvants, additives, or residuals?  Pediatrics 2003. 112(6):1394 -1397. http://pediatrics.aappublications.org/content/112/6/1394.full
[8] FUTURE II Study Group. Quadrivalent vaccine against human papillomavirus to prevent high-grade cervical lesions. N Engl J Med. 2007.356(19):1915-27.

http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa061741

[9] Arnheim-Dahlström L, Pasternak B, Svanström H, et al. Autoimmune, neurological, and venous thromboembolic adverse events after immunisation of adolescent girls with quadrivalent human papillomavirus vaccine in Denmark and Sweden: cohort study. BMJ 2013;347:f5906 doi: 10.1136/bmj.f5906 http://www.bmj.com/content/347/bmj.f5906.long

 

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ