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臨時 vol 164 「医療事故調査におけるインセンティブ設計の欠落」

医療ガバナンス学会 (2008年11月12日 11:14)


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           北海道大学大学院医学研究科医療システム学・助手
            中村利仁


******(引用)*********************************************************
制度は社会におけるゲームのルールである。あるいはより形式的に言えば、そ
れは人々によって考案された制約であり、人々の相互作用を形づくる。したがっ
て、制度は、政治的、社会的、あるいは経済的、いずれであれ、人々の交換にお
けるインセンティブ構造を与える。
- ダグラス・C・ノース「制度・制度変化・経済成果」
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本年10月9日付で、第3次試案、大綱案に寄せられた意見に対する厚労省の態度が明らかにされました。
「医療の安全の確保に向けた医療事故による死亡の原因究明・再発防止等の在り方に関する試案-第三次試案-」及び「医療安全調査委員会設置法案(仮称)大綱案」に寄せられた主な御意見と現時点における厚生労働省の考えの公表についてhttp://www.mhlw.go.jp/topics/2008/10/tp1009-1.html
率直に言って、制度設計の稚拙さがよく現れていると考えます。このFAQにはいくつか事実関係で杜撰な間違いが指摘されていますが、それとは別の制度設計の根幹での問題です。
特に陋劣なのは、11頁の14項です。
「第三次試案における「医療従事者等の関係者が地方委員会からの質問に答えることは強制されない。」との記述については、大綱案においては、第30において、地方委員会による報告の求めに対して虚偽の報告をした場合や、検査を拒んだ場合などには罰則を設けているのに対し、質問や報告の求めに応じなかった場合については罰則を設けていないことにより対応しています。」とあります。
この制度は原因究明と再発防止等を目的とすると繰り返し表明されています。
調査が強制的に行われることは、それが加罰を目的に行われる限り、自白や自己に不利益な証言を強制されないという基本的人権と矛盾します。
しかしながら、加罰を目的とせず、ほんとうに原因究明と再発防止だけを目的に行われるのであれば、医療専門職の職業倫理としてはもちろん、制度設計上も調査が強制的に行われることは正当化しうるお話であると自分は考えます。
制度設計者は、原因究明と再発防止よりも、「等」と表現された現場の医療従事者への行政、民事、刑事全ての分野での加罰にこだわるあまり、医療従事者に対して職業倫理に反して行動することを容認し、強制しています。さらに、そのような行動を採用した場合の社会的批判を職業集団として甘受することをも強制しています。
新たに職業倫理と法令の間に深刻なコンフリクトを生じさせるものであり、制度設計として陋劣という外はありません。
いったい、倫理的行動を取った医療従事者が行政、民事、刑事の全ての分野での加罰を覚悟しなければならない状況を創り出し、他方、反倫理的行動を取った医療従事者がそれらを回避する可能性を大きくすることが可能であるとすれば、この制度に於けるインセンティブは、非金銭的なものまでも含めて、隠蔽を称揚し推進するもの以外の何ものでもないと考えます。
およそ、医療の密室性と情報の非対称性に由来する隠蔽との長い戦いを続けていたという被害者団体や弁護士の一部が、この制度を容認する姿勢を見せるということ自体が、自分には到底信じられません。
そもそも、故意に行ったわけでもない物事の結果に対して隠蔽と改竄がほんとうに後を断たないとしたら、その罰を重くするだけでは事態の改善は望めないことを指摘する必要があります。医療従事者と医療機関を隠蔽や改竄に駆り立てるインセンティブが存在することを意味するからです。そのインセンティブを放置していては、その巧みさを競うことに拍車がかかるだけの結果に終わります。
必要なのは隠蔽と改竄を非倫理的行動として非難することでもありません。それは既に行われています。第三者による医療事故調査の必要を訴える数多くの市民団体によると、効果は全くなかったとされています。非難に効果があれば第三者機関の設立は必要ないわけです。未だに、医療訴訟では医療従事者による隠蔽と改竄は常に必ず行われ続けていると主張されています。
であれば、隠蔽と改竄が間尺に合わないだけでなく、逆に事実を公開することに大きな利益が期待できるという制度への変更が必要です。他に目的を達成できる制度設計はありません。
多くの医療従事者と医療機関にとって、これまでよりも少しは安全で効果の高い医療を実現できることは、それだけで充分なインセンティブになりえます。彼等に機会を与え、不足がちな人員を補い、必要な資金と設備と物資を供給するだけがまず何よりも必要で、少なくともこの件に関して他に必要なものはありません。
インセンティブに反した倫理的行動を要求するばかりでは、有能で良心的な医師から順に現場を離れていく逆淘汰が発生して当然です。
第三次試案と大綱案には、その視点が全く欠落しています。
また、モデル事業ですらうまく行っているとは言いがたい状況であるのに、同じ制度設計者がさらに新たな制度設計をして所期の目的が達成できるとは思えません。
人間の不条理な行動の理由を考えることを怠り、限定合理的な人間という存在への理解がなく、制度設計によって人々の行動原理を変えていくのだという制度変化・制度設計の原則に全く無知であることが明らかです。
担当者の更迭が必要でしょう。
以上を含めて、第三次試案および大綱案に於いて自分が必要と考える主たる修正されるべき点は、たとえば以下のようなものです。
1)信賞必罰
医療事故の隠蔽や証拠の隠滅等に対して厳しく対処する一方で、誠実に原因究明および再発予防に邁進する医療従事者および医療機関が不当な悪評に曝されることなく、むしろ高くその姿勢を評価され、その努力が報われるインセンティブ構造へと現状を有効に変更する制度設計を行うこと。
2)人権尊重
医療者従事者と患者及び遺族等の基本的人権を両者同様に守ること。また、遺族の心情に十分に配慮し、必要とされるメディエーションやグリーフケア等の提供される仕組みを作ること。
3)法的評価の独立
科学的原因究明と再発予防を、法的評価から切り離すこと。
4)医療専門職による司法と司法行政への支援
法的評価においては、以下の3段階それぞれに於いて医療専門職が司法関係者に対して適切な助言と支援を行う仕組みを作り上げること。第1段階では、国民等の死が犯人捜しを必要とするような犯罪であるか否かの法的判断に際して科学的根拠を提供(死因究明機関)し、第2段階では医療従事者、医療機関及び医療行政の故意あるいは怠慢等が看過されることのないよう、警察行政と司法行政に対して支援(照会と鑑定の仕組み)を行い、第3段階では司法が医学的問題点を正しく把握し、評価しうるように、診療に関連した訴訟手続に於いては裁判員制度に準じて医療専門職が参審する。
以上の4点です。

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