臨時 vol 161 「医療現場と国会が直結して、役人主導の医療行政を変えましょう」
1.東京でも妊婦搬送受入不能事態が発生
本年10月4日に東京都内で脳内出血を起こした妊婦さんが、8ヶ所の医療機関で受け入れを断られた後、都立墨東病院に収容されて出産されたものの3日後に亡くなるという痛ましい事件が起こってしまいました。
都立墨東病院は「医師不足で土日は基本的には母体搬送を受け入れていない」という理由で、最初の受け入れ打診には応じることができませんでした。出産に臨む母子の最後の砦である総合周産期母子医療センターにおいてさえ、妊婦さん受け入れに足る医師を確保できていなかった東京都の責任は重大です。
都立墨東病院の産科医不足は、今に始まった問題ではありません。同院は東京都東部に位置し、東京都内に9つある総合周産期母子医療センターのひとつですが、同院では、平成15年度に8人いた産婦人科常勤医師が漸減し、平成18年11月には産科の外来診療の縮小をおこない、救急を除く新規の患者受入を停止しました。厚生労働省が本年10月24日に発表したデータによれば、産科の常勤医師は3名でした。以前より総合周産期母子医療センターの指定返上など、「その機能自体の見直しを図るべき」との現場の声もあるなか、この状態が放置されてきました。
また、嘔吐等の症状を訴えた30代の妊婦が今年9月、調布市内の病院に入院中のところ、この病院から4km程度の距離にあり東京23区外の多摩地域で唯一の総合周産期母子医療センターである杏林大学病院(三鷹市)をはじめ複数の病院に受け入れを断られ、最終的に20km以上離れている都立墨東病院が数時間後に受け入れ、出産されましたが、都立墨東病院で脳内出血の処置を受けた後、まだ意識が戻らない状態とのことです。
平成18年8月に奈良県で分娩中に意識を失った妊婦さんが19ヵ所もの病院から受け入れを断られ、搬送先の大阪府の病院で亡くなった事件は記憶に新しいところですが、同じようなことが再び起こってしまったことは極めて残念です。
2.やったふり、やりっぱなし、情報隠蔽の厚生労働省
そもそも、奈良での事件を受け、平成20年度予算で厚生労働省は、「小児科・産科をはじめとする病院勤務医の勤務環境の整備等」に53億円を計上し、「母子保健医療対策等総合支援事業(統合補助金)」では周産期医療ネットワークの推進を始めていたはずです。厚生労働省は周産期医療ネットワークを国会で盛んにPRしていましたが、今回の件でも明らかな通り、情報を打ち込む人がおらず、案の定、機能しませんでした。周産期医療ネットワークは、人的ネットワークにしなければ意味がないのです。
厚生労働省は、本当に実態把握を怠っています。国が補助金を出しており最後の砦でもある総合周産期母子医療センターの実態把握すら出来ていませんでした。本年10月24日には、厚生労働省雇用均等・児童家庭局母子保健課は「総合周産期母子医療センターについて(指定施設、病床数、医師数)」で、都立墨東病院の産科・産婦人科医の常勤は3人で、非常勤が2.3人と説明していました。ところが、10月28日付の「総合周産期母子医療センターについて【電話等で聞き取った速報値】」によれば、墨東病院の産科・産婦人科医の常勤(研修医、レジデントも含む)は6人で、非常勤(実人員)は9人と発表しました。初回の調査に比べ、2回目の調査結果は見かけ上の数字が大きく向上しています。なぜ、こんなにも数字が食い違うのでしょうか。これは、厚生労働省はいろいろな言い訳をしていますが、いずれにしても、人数カウントの基本的考え方すら、省内においてきちんと整理されていないことは事実です。
また、私は、参院本会議で安倍首相(当時)に対して平成18年10月4日、「医師不足や医療現場の労働基準法違反の実態を調査し直すように厳命をしていただきたい」と申し上げ、総理は快諾して下さいましたが、厚生労働省は未だに動いていません。
やむなく日本産科婦人科学会「産婦人科医療提供体制検討委員会」が実態把握に乗りだし、本年10月30日に発表した「産婦人科勤務医・在院時間調査 第2回中間集計結果 報告と解説(修正版)」(http://www.jsog.or.jp/news/html/announce_20081031.html)によれば、当直体制の病院における月間在院時間は平均301時間(N=172 平均年齢41歳)、最大428時間であり、労働基準法の規定をはるかに超えている実態がやっと白日のも
とにさらされました。
そもそも厚生労働省は、本年6月までは医師不足は存在していないと強弁し続けていました。その見解を擁護するため、ほぼ全ての病院における労働基準法違反の長時間労働の実態を知りながら、調査をサボタージュし続けてきました。
3.地元医師会等、現場医師たちの声に耳を傾けて来なかった東京都
東京都も、やってるつもり、やりっぱなしです。医療法に基づいて各都道府県が策定する医療計画では、厚生労働省の示した雛形に沿って、周産期医療に対する対策に関する記述がなされています。本年3月に改定された東京都保健医療計画にも記載されていますし、かつ、東京都周産期医療協議会からは本年3月に報告書も出ています。にもかかわらず、今回、東京都のお膝元の都立病院でこのような事件が起こりました。書きっぱなしと言われても仕方ありません。
地方に比べれば東京の出産人口あたり産科医数は多い(全国平均の1.21倍)にもかかわらず、都立墨東病院をはじめとした都立病院において、特に医師の離職が深刻です。都は、医師たちが、とりわけ都立病院勤務を敬遠するという事実を直視し、手を打つべきでした。
都議会からの強い要請もあり、遅ればせながら、東京都は、都立病院の産科医不足解消に向け、平成20年度から年収を最大約300万円増やしていますが、都立墨東病院では、依然として常勤産科医は増えていません。ここまでしても解決の兆しが見えないことに、むしろ、東京都は危機感を新たにし、さらに、現場の声を真摯に聞くべきです。
本年2月には、墨東病院の地元医師会等6団体の長(すみだ医師会長、すみだ産婦人科医会長、江東区医師会長、江東区産婦人科医会長、江戸川区医師会長、江戸川区産婦人科医会長)は連名で、都立墨東病院及び東京都病院経営本部に対して、文書による要請をおこなっています。私は地方議会議員から上記の要望書を入手しましたが、そこには、「主力産科医の出身大学病院が東大から日本医大に変わった理由に反省点、改善すべき点があったのではないか、毎年減少している間に補充は何故出来なかったのか」との記述までありました。その上で「書面による回答を次回会議までにお願いいたします」と書かれていましたが、未だ東京都からの書面回答はおこなわれていません。
東京都は、都立墨東病院の産科を支え続けてくれた大学等関係者の声も十分聞き入れませんでした。先ほども述べましたが、総合周産期母子医療センターの看板を下ろそうという声に対して、的確なアクションはなされぬままでした。
4.現場に混乱を与え続ける政府・厚生労働省
厚生労働省は平成20年度補正予算において「医師派遣促進事業」59.2億などを計上し、また、「妊婦検診14回分を無料化する」としています。東京都も、本年10月31日に産科医療の窮状への対応策を含む緊急対策を平成21年度にかけて実施すると発表しました。これらのことは、医師確保を若干なりとも円滑にし、今まで妊婦検診をしたことのない妊婦が駆け込んで出産するというリスクも軽減できる上で効果的だと考えられます。
しかし、こうした医療現場の危機が再燃しているときに、麻生総理大臣が11月4日に、小泉元総理以来の社会保障費2200億円削減方針を堅持するとのメッセージを出したことに、医療関係者は大きなショックを受けています。本体部分の診療報酬が下がってしまっては、いくら、このような産科医対策を講じたとしても、病院の勤務医不足の更なる悪化は避けられません。
さらに、出産一時金の見直しについて、厚生労働省は現場に動揺を与えています。政府与党は、本年11月2日に少子化対策の一環として、病院に分娩費用を支払わずに公的負担で出産できる制度を来年度から導入する方針を固めました。都道府県ごとに標準的な金額を定めて差額分を公費で上乗せて支給をおこなおうとする案ですが、これでは、地方も都会も産科医がいなくなってしまうと、現場は大反発しています。
つまり、現状の分娩費用をもとに、標準額を算定してしまうと、現時点で分娩費が低い地域はそれで固定されることになります。その結果、その地域での分娩取扱業務への拡大・新規参入のインセンティブは働かなくなり、地域における分娩施設増は、ほぼ不可能になります。それどころか、ただでさえ地方には産科医がいないのにもかかわらず、ますます、標準的な分娩金額の高い都市部に産科医を流出させることとなり、地方の産科医療の崩壊を招いてしまうことが危惧されます。
同時に、厚生労働省は健康保険の診療報酬の枠組みに出産分娩を入れることを検討しているとのことですが、これは今、自費診療で分娩費用設定が自由という環境下で分娩をおこなってきた産科開業医に、多くの場合、収入減を招きます。これによって、都会では、今まで分娩を扱ってきた産科病院や医院が、分娩をやめ、不妊治療や婦人科部門にシフトしてしまうでしょう。また、若くて志ある産科医も、研究に戻っていくでしょう。都会でも、分娩施設の閉鎖に拍車をかける一方となります。
厚生労働省は、政策づくりの根本思想を改めるべきです。絶対的に医師不足であるなかで、分娩への勤務を強制すればするほど、産科医は、どんどん分娩から分娩以外の業務に立ち去り、若手医師はますます産科医になることを敬遠します。つまり、徴兵制的発想は、自由主義の国では、そもそも成り立たないのです。むしろ、いかにすれば志願兵が増えるかを考えなければなりません。ポイントは、インセンティブと尊敬です。
5.縦割り行政の害
今回のケースの難しさは、周産期医療と救急医療の連携の難しさでもありました。
そもそも、総合周産期母子医療センターと地域周産期母子医療センターは、各都道府県知事あて厚生省児童家庭局長通知である「周産期医療対策整備事業の実施について」(平成8年5月10日・児発第488号)によって、平成8年から整備が始まりました。厚生労働省の担当部署は、雇用均等・児童家庭局母子保健課です。ところが、他のすべての医療提供体制や保健医療に関わることを担当するのは、医政局です。現場の産科医の皆さんが、救急医療をはじめ他の診療科医師の皆さんのネットワークから切り離されてしまっている根源的な問題のひとつは、周産期医療だけが離れ小島のように、他のすべての医療を担当する医政局から切り離されてしまっているという、行政の縦割りにあります。
縦割りの厚生労働省内にあって、周産期医療以外には関知しない母子保健課が考えた総合周産期母子医療センターと地域周産期母子医療センターは、まさに周産期医療のみ、つまり産科と小児科(新生児科)のみを対象としています。産科以外の、例えば脳や心臓の治療が緊急に必要な妊婦さんは対象としていないと言えます。従って、最近報道された2人の妊婦さんのような、脳の治療を必要とする妊婦さんを受け入れる体制を、縦割りの厚生労働省では、作ることができないまま、時が経ちました。
また、厚生労働省の別のセクションでは、医療事故に関し「標準的治療に逸脱した場合は警察に通知する」というルールをつくろうとしています。こうした厚労省のメッセージは、現場医療に新たな混乱を招きます。今回のように、妊婦が脳疾患で死亡にいたるのは、毎年、100万件中20件程度とのことですが(産科婦人科学会理事長談)、このような合併症の場合において、何が、標準的であるか判断が難しく、何かあったら警察へ通知されるとあれば、受け入れを躊躇することは容易に想像できます。
病院勤務医師の就業に関する労働基準法の適用についても、縦割りの弊害が出ています。現場は、厚生労働省の各局・各課が、それぞれ全く調整せず、整合性をとることなく、アトランダムに現場におろしてくる様々な行政方針に翻弄されています。
6.望まれる現場主導の周産期医療改革
改めてわかることは、厚生労働省や都道府県任せではだめだということです。現場の皆さんの声が当局に対して発信をしていることは私も承知しています。
10月31日には、日本産科婦人科学会が厚生労働大臣に対し、「周産期救急医療体制特に母体救命救急体制の整備に関する緊急提言」をおこないました。その中には、「救急医療提供体制、周産期医療提供体制の整備を強力に推進すること」、「周産期医療対策整備事業の抜本的な見直しを行うこと」、「過酷な勤務条件の医療現場を適正に評価し、改善の方向に導くための諸施策を緊急に実施すること」などが謳われています。これを受け厚生労働省は「周産期医療と救急医療の確保と連携に関する懇談会」を11月5日に立ち上げました。
今回、産婦人科学会から速やかにメッセージが発せられたことは率直に評価したいと思います。
しかし、医療界や医療現場にさらなる奮起をお願いしたいのは、こうした現場からの当局への要望が、十分に受け止められなかった場合に、そこで諦めてしまわないでくださいということです。都立墨東病院及び東京都病院経営本部に対して声を上げた地元医師会等6団体の皆さんは勇気ある取り組みをされたと私は思います。しかし、それが聞き入れられなかったときに、東京都医師会、日本医師会が、それをサポートされなかったのは、残念です。
大変、酷なお願いであることは重々承知の上ですが、医療現場の皆さんにおかれましては、役所の目を気にすることなく、本当のことを、当局だけではなく世論に届くまで諦めずに、ねばり強く発信し続けてほしいと私は強く思います。
そうでなければ、当局の、思いつき、思いこみ、縦割り、面子による、誤った政策は、医療現場を直接的に混乱させます。また、現場の改善につながらない政策、政策のやりっ放し、誤情報の流布を黙認によって世の中の方々をぬか喜びさせ期待値のみを高めたままにしておくと、高いツケを医療現場が負わされることになってしまいます。
こうしたお役所仕事に対して、抗議し、対抗し、現場の悲鳴を伝え続けなければ真の変革はありえません。
また、現場関係者ならではの情報発信も是非積極的におこなっていただきたいと思います。今回の一連の事件を見てみると、産科医の不足という問題もさることながら、患者の受け入れを要請する側、患者を受け入れる側のコミュニケーションの問題もあったのではないかと感じられます。
確かに産科問題は、放置し続けてきた期間があまりにも長すぎるために、その解決は極めて困難です。しかし、そうしたときには、現場で本当に何が起こっているのかについての事実を全ての人々が共有し、立場を超えて、日本の周産期医療の再建のために熟議を積み重ねることしかかありません。まずは情報隠蔽・操作の一掃をおこない、それぞれが非難の応酬ではなく、建設的な知恵を出しあい、それぞれが出来ることを出来ることから始めていく、そうした努力をそれぞれが継続するなかで、少しずつ問題が解決されていくのだと思います。
7.役所仕事を廃すために政治と現場が直結を
私は仲間の皆さんといち早く周産期医療の現状に対して警鐘を発し、多年に渡り周産期医療制度の抜本的拡充を訴えてきました。
私も、平成17年7月11日の参議院行政監視委員会において、厚生労働大臣にNICU・PICUの整備促進を訴え、平成18年5月8日には、参議院行政改革特別委員会において厚労働大臣に対し、産科・小児科問題への警鐘を鳴らしました。また、「小児医療緊急法案」の成立を目指しました。
民主党においても、この度、民主党周産期医療再建WTが設置され、私が座長に指名されました。
危機打開のポイントは、現場と政治が行政を通さずに直結することです。「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟」(超党派)は、本年3月6日には日本産科婦人科学会・産婦人科医療提供体制検討委員会委員長である海野信也先生からヒアリングをおこない、本年4月12日には、青森県立中央病院総合周産期母子医療センター新生児集中治療室管理部部長の網塚貴介先生、日本救急医学会理事長で昭和大学病院副院長の有賀徹先生、都立府中病院産婦人科部長の桑江千鶴子先生らの諸先生方をお迎えし、シンポジウムをおこない、1000人近い方々にお集まりいただきました。そのお陰で、はじめて、公式な場で、周産期医療の深刻さが世論の共感をえることとなりました。
本年6月には政府に医学部定数削減を撤回すべく「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟」の決議を行い、厚生労働大臣、経済財政担当大臣、財務大臣と談判し、6月18日には、政府方針の大転換がなされました。厚生労働省が頑なに「医師は不足ではなく、偏在である」と主張してきた方針を、「医師不足である」と転換したのです。77大学で来年度から医学部定員が693人増となりました(ピークだった1980年代前半の8280人よりも206人増)。
もちろん、今の医療者が病院に留まっていただくための支援の拡充に全力で傾注し続けてまいります。
民主党周産期医療再建WTや「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟」(超党派)の活動を通じ、周産期医療再建を官僚の手から取り戻し、実効的な対策を探り、実現します。まず、本WTにおいては、(1)都立墨東病院をはじめとする東京都の周産期医療提供体制等に関する検証、(2)全国の周産期医療提供体制等の検証、(3)実効的な改善策の検討、(4)縦割り行政の改革などをおこないます。そして、立法府の一員として、然るべき法整備も視野に入れながら運動を展開していきます。
私は、現場で汗を流されている産科医の皆様、妊婦の皆様などと連携し、現在、崩壊しつつある周産期医療の再建のために全力を尽くしてまいります。是非、現場からの情報やお知恵を直接お寄せください。