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Vol.236 <第4回 提言>わが国の医薬品安全対策を科学的なものにするために -当局及び企業への提言- ~その2

医療ガバナンス学会 (2014年10月16日 12:00)


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一般財団法人 医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス財団
理事長 土井 脩

2014年10月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


2.市販後の使用成績調査の見直しの必要性
(1)使用成績調査の大きな問題点
薬事法第14条の4の再審査に関しては、同条第4項に規定されているように、再審査の申請者は「使用成績に関する資料」等を提出する必要がある。(2)にも述べるように、使用成績調査を完全に否定するものではない。しかし、現状の使用成績調査に対しては大きな批判がある16)が、なかなか改善されていない。主な問題点は以下に示すとおりである。
1)使用成績調査が、科学的なリサーチ・クエスチョンに基づいていない。
2)背景因子の検討が誤っている。
3)膨大な人的・金銭的コストをかけているが、使用成績調査の結果が、当該医薬品のリスク管理にほとんど役立っていない。
4)有害事象の過少報告の問題が認識されていない。
5)調査の方法が画一的で、選択肢が限られている。
6)収集する情報に無駄が多い。
7)現在の使用成績調査は、新しいリスクを発見するためには効果的ではない。

(2)使用成績調査の利点
これまで半ば習慣付けられていた使用成績調査を全面否定するわけではない。世界の安全性の歴史を振り返っても、最初は自発報告制度から始まり、それでは不十分であることから系統的に薬剤使用患者をモニターするような仕組みが必要となり、それが英国におけるGuidelines for Company-Sponsored Safety Assessment of Marketed Medicines(SAMMガイドライン)を経て現在のEMAの”Guideline on good pharmacovigilance practices (GVP) Module VIII?Post-authorisation safety studies”が出来上がった。さらに英国では、1980年代より開始されたPrescription Event Monitoring (PEM)はModified PEMとなり、現在でも実施されている。これらには使用成績調査と類似の単群コホート研究も含まれている。

これらの世界的に使用成績調査と類似する調査形態も合わせて使用成績調査の利点を挙げると、次のようになる。
1.調査のために一次データを収集すること:すでにあるデータを用いるデータベース研究における大きな欠点である欠測値やValidateされていないデータを用いることに比較して、特定の目的のためデータを収集することから正確である。
2.オーファンドラッグにおける全例調査は市販後の安全性評価に有用であること:承認時までのデータが少ない薬剤においては、単群のコホートであっても得られる情報は有用である。
3.抗がん剤における全例調査からは有用な情報が得られること:賛否両論はあるが、市販後に最終アウトカムまで追跡するような研究は、有用な情報を与えうる。
4.PEMに類する解析はシグナル検出に有用であること:PEMでは最初の1か月におけるIncidence Density(発生密度)と2から6か月までの期間における発生密度の比較をおこなうことにより、シグナル検出の手がかりとしている。これを使用成績調査に活かすためには、薬剤曝露情報を人-時間で算出できることと、何より重要なことは薬剤投与後に生じた事象については、有害事象ベースで収集することが不可欠である。

以上のように、これまでの枠組みを活かした使用成績調査も方法を工夫することにより、市販後安全性評価に有用なものになり得る。

(3)個々の問題点について
(2)のように使用成績調査にも利点はあるものの、(1)で指摘した問題点について以下に個別に説明する。
1)使用成績調査が、科学的なリサーチ・クエスチョンに基づいていない。
RMPが施行されている現在、最も重要なリサーチ・クエスチョンは、1.重要な特定されたリスク、2.重要な潜在的なリスク、3.重要な不足情報に関するものであるべきである。この観点から、現在でも最も多いとされている「市販後に0.1%以上の頻度で発現する未知の副作用を95%以上の信頼度で検出するための3,000例の使用成績調査」はリサーチ・クエスチョンとはなり得ないことは明らかで、まずは研究目的を示し、具体的な目標を示した上で、この目標に達するための最も適切な調査デザインを選択すべきであろう。RMPの枠組みにおいては、市販後の調査はまず、開発段階で得られた「安全性検討事項」に基づく必要がある。リサーチ・クエスチョン設定の解説については、製薬協データサイエンス部会が公表している17)。

2)背景因子の検討が誤っている。
安全性に影響を及ぼす背景因子の検討は、再審査申請資料概要の(5)イに位置づけられている18, 19)。この検討のために最も広く行われている手順は以下のようなものである。
1.少なくとも1件副作用を発現した症例を集計し、安全性評価対象症例に対する副作用発現割合(%)を算出する。
2.少なくとも1件副作用を発現した症例の集団について、様々な背景因子を用いて層別集計する。
3.χ2検定などの検定を背景因子ごとに実施する。
4.検定のp値が0.05未満となった背景因子について、層ごとに個別の副作用の発現割合を集計し考察する。
5.多くの場合の結論は、「臨床的に重要な差ではない」、「もともと当該患者集団が有していた特徴によることが推察される」などの定型文が用いられる。

1は一見妥当に見えるが、4)の有害事象の過少報告の問題が潜んでいる。さらに、2~4の検討の流れが妥当であるためには、あらゆる副作用の要因が共通であり、全ての要因が互いに影響を及ぼすことなく、副作用に影響を及ぼすという前提が必要であるが、そのようなことは医学的にも、安全性評価科学的にもあり得ない。この流れは、日本製薬工業協会・医薬品評価委員会・PMS部会継続課題対応チームが編集・公表している「再審査申請の手引き―平成22年改訂版―(通称 グリーンブック)」によるところが大きいと考えられる。このようなガイド的資料は、制度の黎明期には有益な場合もあるが、成熟期には、その通りやりさえすればよいと考えがちとなり、本来の目的が忘れられてしまう危険性がある。

3)膨大な人的・金銭的コストをかけているが、使用成績調査の結果が、当該医薬品のリスク管理に殆ど役立っていない。
使用成績調査には、膨大な人的・金銭的コストがかけられていることに異論はないであろう。ところが、最近の研究によると20)、2001年4月~2010年3月の9年間に承認された新薬に関する使用成績調査で得られた情報に基づく対応151件のうち、緊急安全性情報/安全性速報が出されたのは0件、警告/禁忌の改訂が1件、効能・効果/用法・用量関連使用上の注意の改訂7件、慎重投与/重要な基本的注意の改訂4件、重大な副作用の改訂6件と安全性に関する重要な情報の改訂に結び付いたものは1割程と少なく、特段の対応なし43件、副作用の発現率の改訂38件など、かけたリソースの割には医薬品のリスク管理にはほとんど役立っていないのが現状である。

4)有害事象の過少報告の問題が認識されていない。
さらに使用成績調査に関する問題として重要なのが、有害事象の過少報告の問題であり、文献で報告されている21,22)以外に、実際の業務に携わっている方々にはなじみのあることと思う。そもそも処方医のみから情報を得ようとするデザインの問題、処方医が有害事象の意味を理解していないこと、想起バイアス等様々な原因が考えられる。特定の医薬品との因果関係があるとの判断が前提となっている自発報告とは異なり、この場合、「依頼に基づく非自発的な安全性報告」であることが期待されている。少なくとも重要な有害事象については漏れなく報告される前提でなければ、科学的な考察・議論の妨げとなり、本調査等の科学的な価値を失わせることになる。

5)調査の方法が画一的で、選択肢が限られている。
これもいろいろなところで指摘されているが、改善は見られていない。大腿骨頸部骨折抑制効果を非治療群と比較したリセドロネートに関する使用成績調査23)のような若干の例外を除いては、従来からの非対照、非介入の使用成績調査と特定使用成績調査しか持ち合わせていないのが現状である。これには特に当局の責任が大きい。承認条件として義務付けられている市販直後調査の目的(早期に実地医療において発現する重篤な副作用を収集し、適正使用情報の提供に役立てる)と、使用成績調査や特定使用成績調査の目的とのすみ分けをする必要があると考える。
製造販売承認を取得するための開発・薬事の過程であれば、当局側と意見を戦わせるケースは多いと思われるが、市販後の調査に関しては、当局の指導・指示がないと、担当部署が合理的なデザインの試験・調査を提案しようとしても、社内の理解を得にくいのが現状である。
また、このような調査では、最近世界で問題となったCOX-2阻害剤による心血管系リスクの増大や糖尿病薬によるヒトの発癌リスクの増大のような発生頻度の極めて低いリスクを調べることはできない。

6)収集する情報に無駄が多い。
このような画一的な調査は、医療機関側から見ると、併用治療や病歴などの詳細情報の記載が一律に求められ、大きな負担となっている。収集された詳細な背景情報の主な用途は、2)で述べた誤った背景因子の検討であり、科学的にはほとんど意味を成さない。詳細な情報が必要な場合は限られており、重要な組入れ基準に関わる場合、重篤な有害事象、治療の中止に至った有害事象、他の重要な有害事象の因果関係判定において重要である場合のみである(併用治療の情報は、あるかもしれない薬物相互作用の検討に用いると考えられているが、薬物相互作用が問題となるのもこれらの重要な有害事象に関連する場合である)。したがって、これら周辺情報を網羅的に収集するのではなく、重要な有害事象の因果関係判定に関わる場合に的を絞り、必要に応じて収集する調査票の設計、あるいは記入の運用を工夫すべきである。

7)現在の使用成績調査は、新しいリスクを発見するためには効果的ではない。
使用成績調査は、たった1回の大規模なものである場合が多い。大規模ゆえ、これにより当該医薬品の安全性プロファイルが適切にアップデートされたと取り扱われがちである。しかし、大部分の調査デザインは非介入、無対照であり、過少報告の危惧も大きい。したがって、新しいリスクを発見する力は非常に小さく、エビデンスレベルも低いと言わざるを得ない。

以上7つの問題点を挙げたが、使用成績調査には上述したように利点もあり、要は長所を活かして如何に使いこなすかが重要である。そのためには最初に挙げたリサーチ・クエスチョンを科学的に吟味し、それに見合った安全性監視計画として、正しい研究方法を選択することが重要である。対照(群)との比較を必要としないリサーチ・クエスチョンに対しては、単群の使用成績調査を行うことで、研究目的を達成できる可能性もある。

http://expres.umin.jp/mric/img/mric_219figure3.pdf

RMPの枠組みは、図3を反映したもので、知見を更新し、更新された情報に基づき次なる一手を打っていくサイクルを構成している。このサイクルは、ある医薬品のすべての安全性情報に対して一緒に回していくものではなく、課題ごとにサイクルがあり、別々に回していくものである。歴史的に、副作用であることが結論づけられた重大な副作用は、因果関係が確立するまでの評価プロセスにおいて、さまざまな情報源(自発報告、症例集積、(大規模データベースを用いた)コホート研究やケース・コントロール研究、臨床試験、メタアナリシスなど;これらには外国で行われた研究も含まれる)を用いて重層的に行われてきた。長期間に及び、限られた数の使用成績調査等を実施し、再審査申請までにサイクルを1度や2度回すだけでは、遅すぎる。課題ごとにもっと小刻みにサイクルを回していくことを考えるべきである。それに合わせてRMPの改訂ももっと頻繁に行われるべきではないだろうか。製薬企業は「そんなにたくさんの研究を行うことになれば、お金や人的リソースが無尽蔵に必要となる。到底承服できない。」と考えるかもしれないが、そのような無尽蔵な出費を強いることは意図していない。研究課題によっては、外部情報(自発報告、海外の情報、類薬の情報など)の蓄積を待つという戦略もありうる。情報の蓄積を待つことは製薬企業が何もしないのではなく、新たな情報を入手するたびに逐次評価を行うことを意味する。従来型の使用成績調査に投じてきた巨額の資金を、より低コストのデータベース研究や薬剤疫学的研究に使ったり、国際共同の研究に使うことも考えられる。遺伝的要因を検索するためにGWAS(Genome-wide Association Study)を行うことも考えられるし、特定の遺伝的要因が特定されつつある場合には、より少数例の遺伝子解析を行うことも考えられる。海外でも使用される医薬品については、我が国の情報が世界共同で行うエビデンス創出にどのように役立てられるかの視点を常に持つべきである。世界同時開発が行われた革新的な医薬品であり、人類全体で使用経験が十分でない場合には、日本の市販直後調査は、世界に向けた最速の情報発信ツールになりうる。

欧米では、政府関連研究機関、製薬企業、アカデミアがそれぞれ独立に、あるいは協働して、検討課題に合わせてさまざまな研究を行なっている。特定のドラッグクラス横断的な比較効果研究(CER;Comparative Effectiveness Research)が行われることもある。日本の薬事行政を見直し、社会全体で、世界全体で安全性監視や因果関係のエビデンスレベルを上げるための研究を行える国内の環境を醸成すべきであろう。

 

 

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