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Vol.247 米29歳女性をめぐる「安楽死」大論争:「尊厳をもって生きる」こと

医療ガバナンス学会 (2014年10月28日 06:00)


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この原稿は新潮社「Foresight」より転載です。

http://www.fsight.jp/30098

内科医師
大西 睦子

2014年10月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


ブリタニー・メイナードさん、29歳。末期の脳腫瘍のため、医師に余命が6カ月以内と告知されました。彼女は自分の病気の予後や終末期医療などについて慎重に考慮して、自宅のあるカリフォルニア州サンフランシスコ湾岸地域から、オレゴン州に転居することを決断しました。なぜなら、オレゴン州は、米国で尊厳死が合法化されている5つの州(ワシントン、モンタナ、バーモントとニューメキシコ)の1つであるためです。

現在、彼女は愛する夫と母親と共に、オレゴン州ポートランドに住んでいます。そして彼女が自ら自分自身についての“重大な決意”をウェブ上で公にしたため、メディアでも大きく取り上げられ、いまや全米で彼女自身の尊厳死の権利について大論争が沸き起こっています。

ただし、ここでまず注意していただきたいのは、米国で議論になっている「尊厳死(death with dignity)」は、「医師による自殺幇助」を意味します。しかし、日本で言われている尊厳死(必要以上の延命行為なしで死を迎えること)は、米国では「自然死」を意味しています。この米国での「自然死」については、リビングウィル(生前の意思表示)に基づき、「患者の人権」として、現在ほとんどの州において法律で許容されています。目下、米国で合法化の是非が議論になっている「尊厳死」は、日本で言われている「安楽死」を意味します。このあたりの違いについては、フォーサイトでの拙稿「『合法化』へと向かう米欧『安楽死』の現場」(2014年9月1日)をご参照ください。
◆胸が張り裂けんばかりの決断

10月14日、ブリタニーさん自身が書いたコラム「My right to death with dignity at 29」が『CNN.com』に掲載され、約6000件のコメントが寄せられました。以後、彼女のYouTubeは840万回以上も再生され、尊厳死の権利に関する全米での大論争のキッカケとなりました。

そのコラムによると、彼女が重大な決断をするに至った経緯はこういうことでした。

結婚して約1年が過ぎ、夫と家族を作ることを考えていたとき。彼女は数カ月間の頭痛による衰弱に苦しんだ後、今年の元旦に、脳に腫瘍があることを知らされました。そして、 腫瘍の増殖を抑えるために、部分的な開頭術による脳の側頭葉の部分切除を行いました。

ところが4月、脳腫瘍の再発だけでなく、腫瘍がもっと急速に進行していることを知りました。そして医師から、もはやその進行は止められない状態であり、このままだと余命がわずか6カ月以内であるという残酷な事実を告げられました。多くの脳腫瘍治療には放射線照射が必要ですが、医師は、彼女の脳腫瘍が非常に大きいため、「全脳照射」という治療を推奨しましたが、彼女は、それによって脱毛、皮膚炎、さらに通常の日常生活が送れなくなるなどの深刻な副作用があることを知りました。

その後彼女はいくつもの病院、医師の診察を受け、数カ月かけて自らの病状と治療方法について出来うる限りの情報を集めました。その結果、病気が治癒することはないこと、医師が推奨した治療は自分に残された時間を破壊することになると知ります。さらに、仮に自宅のあるサンフランシスコ湾岸地域のホスピスケアで緩和治療をしても、そのうちにモルヒネでもコントロールできない激痛、それに伴う人格の変化、そして身体を動かすこともままならないどころか会話もできず、愛する夫や家族、友人などを認識することすらできなくなる苦しみに陥ることも……。しかも、そんな見るに忍びない自分に何もしてやれず、ただじっと見守ることしかできない家族のことを考えました。

そうした苦悶の日々を重ねた挙げ句、最終的にブリタニーさんと家族は、胸が張り裂けんばかりの思いで、究極の結論である「尊厳死」に至りました。ブリットニーさん自身が医師に要求し、致死量の薬剤の処方箋を受け取り、肉体的かつ精神的なあらゆる苦痛に耐えられなくなったときに自分で摂取して、「生きる」プロセスに終止符を打つ――。つまり、「医師による自殺幇助」です。

ブリタニーさんは、最終的に「尊厳死」が自分と家族のための最良の選択肢であると判断しました。そのために、尊厳死が合法化されているオレゴン州に移住したのです。
◆「私は死にたくない」

ブリタニーさんは、『CBSテレビ』のインタビューで次のように答えています。

「私は死にたくないのです。もし誰かが魔法の治療法で私の命を救ってくれるなら、私はそれを選びます。そうすれば、私は、夫と子供をもつことができるのです」

ブリタニーさんの選択を「自殺」と批判する人もいますが、彼女は、自分は死にたくて自殺をする人と違う、自分は死にたくない、ガンに“殺される”のだということを強調しています。

と同時に彼女は、頭蓋骨が割れるような頭痛や絶え間なく襲いかかるてんかん発作、そして会話もままならず、最愛の夫の顔を見ていながら彼の名前を考えられなくなる、といった堪えがたい現実を経験したことのない人が自分の決断を批判することは不当だと訴えるのです。

ブリタニーさんの母親は、当初は、どんな状況になっても娘の世話をすることが誇りだと思っていました。が、今は、娘の選択を理解しています。ブリタニーさんは、「子供を失いたい母親などいません。誰も自分の娘が死のうとしていることを聞きたくないのです」「私の母は、苦しんでいる私ともう1日でも一緒に過ごしたいと言うほど、利己的ではありません」と言います。そしてブリタニーさんの夫も、当初は彼女のそばにずっと一緒にいることを望んでいましたが、今は、人生の「長さ」ではなく、その「充実ぶり」の重要性を理解しています。

ブリタニーさんはこう言います。

「私にとって、11月1日が“その日”だと思います。もしその日まで生きられていたらですが……。でも、その日までに私自身の考えが、決心が変われば、私は11月2日になっても生きていてもいいし、あるいはそれでも、すでにその日に私はいないかもしれません……。そしていずれにしても、それは私の選択なのです。私のこの選択に反対している人は、私が“自分で死ぬ日を決めている”という大きな誤解をしています。そうではありません。私は“生きる日”を決めたいのです」

ブリタニーさんはいま、医師から処方箋を受け取り、自身の死をコントロールできることで、平安な心持ちを感じています。

そして彼女は、家族と一緒に10月26日の夫の誕生日を祝うことを計画しています。その後、状態が劇的に改善しない限り、最愛の夫、母、義父と親友たちに「I love you」と伝え、平安のうちに、2階の自分の寝室で、処方された薬を服用する予定です。
◆欠かせない「終末期医療」の議論

ちょうど9月17日から21日にかけて、米国イリノイ州シカゴで、「死の権利協会世界連合」の国際大会が開催されました。2年おきに開催されるこの大会には、世界26カ国から、尊厳死やリビングウィルの法制化問題に取り組んでいる49の団体が参加し、医療制度や文化、宗教など背景のまるで異なる人々が「死の権利」について議論し合います。

欧米社会では、認知症と自己決定権の問題が深刻であり、今回もリビングウィルの重要性が議論されていました。

また、欧米における「死の権利」の議論は「尊厳死」の合法化、すなわち医師による自殺幇助を法律で認めるか否かに向かっています。が、今回の大会に参加し、さらに「自発的積極的安楽死(voluntary active euthanasia)」と呼ばれる、医師による致死薬の注射などによって患者の生命を積極的に終息させる行為の支持者までいることを知り、非常に驚きました。

ちなみに、日本からは日本尊厳死協会の岩尾總一郎理事長と長尾和宏副理事長が参加され、岩尾理事長は「高齢化社会日本における、リビングウィル法制化への取り組み」と題した講演をされました。リビングウィルの実現率が0.1%と極端に低い日本の現状や、世界で最も高齢化社会が進む日本においてリビングウィルの法制化を進めるための苦闘を説明されました。また、副会長の長尾先生は、国民皆保険制度や在宅医療制度、在宅緩和ケアなどの技術がある日本では、「自宅での平穏死」こそ、日本の文化に適した死であることを提唱されていました。ただし、日本尊厳死協会は、医師による自殺幇助は支持していません。

私自身は、終末期を迎えている患者さんの権利を守るために、リビングウィルの法制化は必須だと考えています。まだまだリビングウィルが定着しない日本ですが、今後、尊厳をもった自分らしい人生を送るために、自己決定権による終末期医療の議論は欠かせないと思います。
【略歴】おおにし むつこ
内科医師、米国ボストン在住、医学博士。1970年、愛知県生まれ。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月からボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、2008年4月からハーバード大学にて食事や遺伝子と病気に関する基礎研究に従事

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