最新記事一覧

Vol.291 医療側から見える医療体制の崩壊 (1)

医療ガバナンス学会 (2014年12月17日 06:00)


■ 関連タグ

平成26年11月20日 於 福島市アクティブシニアセンター「AOZ(アオウゼ)」
今野 順夫氏主催 第79回ふくしま復興支援フォーラムにおいて報告
いわき麻酔と痛みのクリニック
院長 洪 浩彰

2014年12月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

●起
現状を俯瞰するため、まず世界と比較する。
日本は国土面積でこそ国連加盟国62位としながら、人口で10位、GDPでは3位の経済大国である。さらに医療レベルが世界トップクラスであることは、いまさら云うまでも無い。
しかしその実態には、意外と寂しいものがある。2011年OECD加盟34カ国中、一人当たりの医療費は18位、医師数はなんと29位でしかない。
ところで日本の財務状況。一般会計を財務省ウェブから探すと、シンプルな円グラフが掲載されている。社会保障費が平成26年度で歳出の31.8%を占めることが一目瞭然。ところが、特別会計となると一転見づらい表示。さらに進んでやっと棒グラフ。社会保障費は、平成26年度歳出純計額の57.8%と表示される。
これをよく見ると、まず2011年国民医療費。38.3兆円とあるが、公費負担はその38.3%、全歳出の2.9%に過ぎない。一方、国債関係は全歳出の63.3%を占める。実に全歳出の3分の2は借金なのである。1983年、当時の厚生省保険局長が「医療費亡国論」を唱えたが、真実は「国債亡国」あるいは「借金亡国」ではないか。このようなからくりの中、国民医療費は常に削減のターゲットにされてきた。一人当たりの医療費がOECD2011年平均を下回っていてもである。

さて、視点を医師数に絞る。OECD2011年平均は人口1,000人あたり3.1人。日本は2.2人で34カ国中、下から6番目である。平均でみてその7割、1位ギリシャのわずか3分の1なのである。新生児から高齢者まで、高度医療も先進医療も提供したいが、これでは明らかに限界があろう。
ちなみに、CTやMRIは余裕の1位。人より物にお金をかける文化と云うか、そんなお国柄なのだろうか。企業が儲かる仕組みなのかも知れない。病床数にしても余裕で1位だが、これには長期療養施設の不足が背景。しかし厚労省はやっきになってベッドを減らしている。そして市民の声は、そこには不在である。

●承
では日本国内の医師数はどうか。いわき市まで掘り下げてみる。
まず全医師数の2010年居住地別国内分布を偏差値図でみる。東京都を除き、明かな西高東低。数値化してみるとさらに詳細が分かる。福島県は47都道府県中43位。なんと下から5番目。人口10万人あたり、200を切った全医師数。全国平均の83%。徳島県と比べるとその63%。3分の2にも満たない。いわゆる医師の偏在と云われる由縁。このような人数で同じ仕事を求められても、それはそれは過酷なこと。医師の福島県離れが加速するだけと思う。
そんな福島県内にも偏在が当然存在。大学のある県北はさすがに医師が多く、県平均の1.3倍。いわき市のなんと1.5倍。いわき市は県北の3分の2の戦力。
おさらいすると、日本の医師数はOECD平均の71%。福島県の医師数は全国平均の83%。いわき市の医師数は福島県平均の84%。結果として、いわき市の医師数はOECDの49.5%。半数にも満たない。これが現実。
ここで震災前後で比較。人口10万人あたりの医師数で、他地域がほぼ不変あるいは減少する中、いわき市は微増。これはどのような現象か。その理由は著しい人口減。医師の減少以上に住民が他地域へ避難し、帰郷していない。他市が数千人減少の中、いわき市は1万1千人を超える人口減を認めた。そして数値に表せない実態がある。2012年で、双葉郡からの避難流入者が約2万2千人。さらに原発関係就業者が6~7千人。本来の医療圏である茨城県北部で数千~数万人。この方々がいわき市の医療を利用。となると実際の10万人あたりの医療者はさらに減少する。
想像して頂きたい。現在の半数以下の人数で同じ仕事をこなせるのか否か。それでいて質は落とすな、ミスするな。こんなこと、実際に可能なのか。この3年間、いわき市の医療はずっと耐えて続けている。

ところで医師不足と云われて久しいが、その養成はどのようなものか。
明治10年、現在の東京大学に本邦初の医学部が設置された。その後、戦争などの需要に応えながら、およそ100年後、一県一医大構想が提唱された。昭和54年、琉球大学医学部を最後に、この構想は完遂する。ところがその3年後、昭和57年、医学部の定数削減が閣議決定。医学部定数は徐々に削減され、昭和59年の定数8,280名をピークに、平成10年には最少の7,640名まで抑制された。実に最大で年間640名。単純計算で一県13~4名の医師が減らされたのである。それが一転、医師不足があまりに深刻化し、平成24年、医学部定員は実に9千人以上まで増加した。一体何が起きたのか。
この間、昭和58年には厚生省保険局長の医療費亡国論。さらに平成13年以降、小泉内閣発足から徐々に地方は衰退する。商店街はシャッター通り・駐車場と化し、平成18年、夕張市の破綻、市立病院の閉鎖という事態を経験した。その小泉内閣は財政再建のため、病院の赤字もまかり成らんとの通達。大学病院はこぞって赤字解消に走り、地方への人材はさらに縮小を進めた。

平成16年12月17日金曜日。医療界を震撼させる、哀しい出来事が起きていた。皆さんご存知の福島県立大野病院での、ある妊婦の手術中死亡である。手術1年2ヶ月後の平成18年2月18日、執刀産婦人科医が逮捕され、その瞬間がテレビ全国放映されたのである。さらに2年6ヶ月後、平成20年8月20日、福島地裁で無罪を得たが、医療界への影響は計り知れなく、いわゆる無過失補償制度の創設へ?がる。
手術に遡ること8ヶ月、とある制度が新たにスタートしていた。

 

 

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ