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Vol.293 医療事故における前提となるもの (1)

医療ガバナンス学会 (2014年12月18日 06:00)


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長崎県医師会医療紛争処理委員会
島原市医師会医療紛争担当理事
山崎 裕充

2014年12月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


医療事故という用語は法律用語で、一般に、「医療事故とは過失の有無は問わず、悪しき結果が生じたものをいい、悪しき結果が医療側のミスにあると確定された場合は医療過誤という」と定義されています。医療事故には廊下での患者の転倒負傷事故のように、医療行為と直接関係しない場合も含まれ、また、患者ばかりでなく使用済み注射針の誤刺による感染事故のように、医療従事者が被害者である場合も含まれています。医療事故は交通事故と用語が似ていて、一般の人はその違いについてよく認識していません。かつて、医療事故調査についての検討会の中で、医療事故は交通事故(鉄道・自動車・海難・航空事故)と同列かと尋ねられて、出席していたある外科教授は、「交通事故などは人間が作った機械を人間が扱うことで起こる事故。医療事故は神がつくったものを人間が扱うことによって起こるもので全く違う」と答えられました。交通事故は人間が作ったもので起こる事故ですので、過失の原因の百パーセントは人為的ミスに帰結できますが、医療には人知の及ばない神の領域(医療の不確実性)が存在する為に、過失の判断は非常に困難です。医療は常に病気の進行の中で行われる行為であり、病気そのものと、治療の効果・副作用との綱引状態にあり、患者に傷害が起きてもどちら側の落ち度であるのかその判断は困難で、しかも結果だけをみて陽性か陰性か、過失が有ったのか無かったのか、あるいは有罪か無罪かといった二者択一でなされる性質のものでもありません。加えて、過失の判断に当たっては、医学的観点が必須であるのに、医学知識に疎い刑事司法にその判断が委ねられているのも問題です。医療紛争の多くのものは、一般の人々、医療者、法律家との間の用語や医療事故についての認識の食い違いから引き起こされており、こういう言葉の認識から変えていく必要があります。

医療行為は、手術治療を典型として、身体に針を刺したり管を挿入したりする検査や処置、あるいは副作用のある薬剤投与のように、程度の差こそあれ本質的に身体にとって傷害行為です。他人の身体に意図的に傷害を加える行為は犯罪であり、通常は傷害罪(刑法204条)になりますが、医師が治療のため患者を傷つけることは特別の理由があるために、刑法上の違法性から阻却されています(刑法35条、正当業務行為)。正当業務行為を行う職業は医師だけとは限りませんが、傷害罪を阻却しなければ医療行為そのものが成立しないことと、医療行為の国家許可として医師免許があり、それらが阻却条件になっていると考えられます。医療行為は傷害という犯罪の構成要件に該当しても、違法でない行為は有害でなく、従って犯罪は成立しません。医師の医療行為はこのように刑事罰から免責されていますが、この特殊性については、医療者自身も一般の人々もあまりにも当然のこととして認識していません。しかし、法律家は医療行為は犯罪ではないにせよ、医療における過失は犯罪であると考えています。実際に、医療過失はしばしば業務上過失致死傷罪という犯罪に問われています。自動車運転過失致死傷罪や危険運転致死傷罪が新設されるまでは、業務上過失致死傷罪のほとんどが自動車事故に適用されていましたが、いつからか医療過失に対しても、自動車事故と同じように単純に業務上過失致死傷罪が適用されています。ここには、交通事故も医療事故も同じ過失を構成要件としているから犯罪であるとの類推解釈がなされています。罪刑法定主義では、法律条文を全く異質のものに適用する類推解釈は禁止されているはずです。また、実行の時に違法性が無いとされている傷害行為を、後に出来た法律で遡って処罰するのは、罪刑法定主義でいう事後法の禁止にあたるのではないでしょうか。医療行為に違法性がないということは、究極的にみて、医療事故は事故を起こした個人の問題ではなく、医療をさせている制度の問題と考えられます。

医療事故調査制度の第三者機関への届け出の対象は、条文(第6条の10)には医療事故となっており、その医療事故の括弧説明として、(医療機関に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったもの)となっています。ここでいう「予期しなかったもの」というのは、「医学的に合理的な説明ができないもの」で、一方、「予期したもの」であれば、「医学的にみて持病や合併症によるもの」になるかと思われます。つまり、医学的にみて、「死亡原因が合併症によるもの」か「死亡原因が診療行為によるもの」かを当該病院等の管理者が区別判断して、第三者機関に届け出させることを義務付けたものと言えます。そうすることにより、医学知識に詳しくない刑事司法が、医学の専門家である医療者へ、「合併症による病死か」、「医療事故死か」の判断部分を任せたものと考えられます。医療事故調査制度は、届け出のあった医療事故死を第三者機関の専門家の医師が“公正さと透明性をもって”検証するシステムです。第三者機関から行政への報告や警察への通報は行わないことになっていますが、警察が独自に第三者機関の分析結果や調査報告書を見たり、参考にして捜査に入ることは何ら制限されていません。第三者機関が“公正さと透明性を保って”作製する報告書ですから、刑事司法は誤判することなく、「これはひどいミスだ」と思うものを捜査・起訴すればよく、結局、かつての第三次試案・大網案と内容的には変わりません。また、遺族から警察への告発は医療事故調査制度と同時並行することもあります。医療事故調査制度の奥の間には、調査報告書をいつでも利用できる刑事司法が控えている限り、医療事故調査制度は刑事司法の為の「医学的判断報告制度」になります。「予期せぬ死亡事故」かどうかはあくまで当該病院側の判断ですが、それは医療側の自主性や自律性とは関係なく、医学的コメントが必要とされているからと思われます。届け出のスイッチを入れるのは、医学的判断のできない遺族ではなく、当該医療機関の管理者に任されている理由です。

「過失」の法的な概念は、特に医療分野には馴染みません。法律上の過失は、軽度の過失(軽過失)と重大な過失(重過失)の2つに分けられていますが、重過失の方に適用されるものが業務上過失致死傷罪(刑法211条1項前段)となっています。つまり、業務を冠することにより、人や薬を取り違えるというような過失自体は軽度なものであっても、運転免許や医師免許を持つような業種では、どんなに軽度の過失でも常に重く罰するという政策判断が示されています。医療事故では、単純な過失ほど罪を重くするよりは、過失の内容を検討して背後要因の改善を図ることが重要です。法律書には「重過失とは、注意義務違反の程度が著しい場合をいう」とありますが、医療では注意義務を尽くせば、悪い結果が回避できるわけではありません。また、行為の違法性がもともと存在しないのですから、そこには注意義務違反や回避義務違反は生じませんし、「程度が著しい」という基準も曖昧です。
医療過失に業務上過失致死傷罪を適用して、個人の断罪に終るだけの刑事訴追システムには弊害があります。犯罪事案として処罰を前提とした捜査が開始されれば、自己負罪拒否特権(憲法第38条1項、黙秘権)により、事故に関わった医療者は真実を話せず原因究明が阻害されます。また、医療制度そのものの問題点の分析が疎かとなり、再発防止や改善施策が等閑になり、個人にとっても医療機関にとっても安全性向上には役立ちません。医師は公益性の高い職種であり、その養成には長い年月と多額の費用がかっています。医療事故を起こした医療者を、逃亡性も狂暴性もないのに安全性確保という名目で、犯罪者として医療現場から間引きすることは国民全体の不利益になります。処罰より再発防止と再教育を徹底して、医療現場に戻す方が社会にとってはるかに有益です。個人の責任を追及し、厳罰に処してもヒューマンエラーは減少しないと言われており、世界保健機関(WHO)のガイドラインを始めとして、事故に関係した個人に対する刑事責任を問わないのは世界の趨勢となっています。

医療事故の多くは、診療行為の失敗が原因なのかも知れませんが、その失敗は業務上過失致死罪に値するのか疑問です。診療行為の失敗(過失)が明らかであれば、医療者側には謝罪や治療費の返還や、慰藉料、あるいは損失の補償といった責任が生じます。しかし、医療者は、日常診療が原因で逮捕されたり被告人になるなど考えも及ばず、少なくとも医療での過失が犯罪であるとは思っていません。もし過失を犯罪として扱う医療システムであれば、人の生死や傷害に深く関与する救急、外科、産婦人科、小児科などリスクの高い診療科を選択する医師はどんどん減り、医療萎縮あるいは医療崩壊といわれる状況が起こります。結果的に日本の医療全体の質の低下や医療の安全性の低下につながり、国民のためになりません。近代刑法の大原則である罪刑法定主義(憲法31条、39条に規定)には、「国民の権利・行動の自由を守るために、犯罪は前もって成文法により明示されなければならない。しかも、いかなる行為が犯罪であるか国民自身がその代表を通じて決定しなければならない」とあります。医療事故調査制度が医療安全・再発防止の目的で機能するためには、その前提として、「医療での過失は犯罪対象としない。医療過失は別の枠組で扱う」と国会で決議されることが重要と思われます。そうすれば医療事故も犯罪対象ではないのですから、警察では扱わず、警察はこれまでどおり犯罪を扱います。医療事故は犯罪対象ではないのですから、遺族の告訴する権利を制限することなく、医療事故調査制度へ窓口を1本化することも可能となります。遺族は院内事故調査の結果に納得できなければ、第三者機関に再調査を依頼することができます。「医療過失は犯罪対象としない」となれば、医療事故は業務上過失致死傷罪から切り離され、これまで行詰っていた相反する論点は整理されます。すなわち、事件捜査は事故調査となり、責任追及は原因究明となり、医療事故調査制度は「医学的判断報告制度」ではなく、医療安全・再発防止を図るための制度となることが期待されます。調査にあたっては、病理解剖を含む医学的観点から死因の分析を行い、医療事故の原因はやはり病気の進行や合併症によるものか、医療側の人為的エラーであったのか、医薬品や医療機器の安全に問題があったのか、医療の運営や連携、情報などのシステムエラーであったのかの調査を踏まえ、遺族へ説明することができます。勿論、殺人のように治療目的ではなくて、悪意で行われる行為は医療とは無縁のものであり、医療関連死でも医療事故死でもありません。医療であるかないかは医療施設の場所ではなく、患者の利益に即した目的で行われた行為であるかどうかの観点から、医療の専門家が調査すれば判ります。

医療事故調査制度は、これから運用ガイドラインが具体的に策定され、来年10月1日から施行されます。それに合わせて「医療過失は犯罪対象としない」と国会で決議されれば、我国の医療事故は、これまでの「責任追求・処罰型」から「医療安全・再発防止型」へ大きく舵を切ることができます。そして「医療過失は別の枠組で扱う」ことにより、医療過失に対する医療者側の責任問題の検討がこれからの重要な課題になります。医療者側も患者側も双方が納得できる国民的コンセンサスの形成こそが急務と思われます。

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