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Vol.295 医療の法律処方箋-認知的予期の事故調施行へ

医療ガバナンス学会 (2014年12月19日 06:00)


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この原稿は『MMJ』12月号からの転載です。

 

井上法律事務所 弁護士
井上清成

2014年12月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

http://expres.umin.jp/mric/mric.vol.295.pdf

1.医療事故の定義
この11月14日より、厚労省の「医療事故調査制度の施行に係る検討会」が始まった。来年2月のとりまとめ予定に向けて、急ピッチの議論が続いている。
その中でも論争の筆頭は、改正医療法に言う独特の「医療事故」の定義の法解釈であろう。遺族への事故発生事項説明、センターへの事故発生報告、そして、院内医療事故調査の開始に直結するのが、「医療事故」の定義である。重大な論点と言ってよい。
改正医療法第6条の10には「医療事故」の定義が明示された。「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったものとして厚生労働省令で定めるもの」という定義である。
法律的に見れば、この定義は「規範的予期」的にも「認知的予期」的にも解釈しうるもののように思う。その中で、日本医療法人協会はこの10月に発表したガイドライン案において、「認知的予期」的な法律解釈を提示した。
そこでは、「予期しなかった死亡」の定義については、「『予期しなかった』というのは、法律用語というよりもむしろ、日常用語である。したがって、『予期しなかった死亡』とは、常識的に『思ってもみなかった死亡』即ち、『まさか亡くなるとは思わなかった』という状態である。死亡という結果を予期しなかったものであり、定義するとすれば、『通常想定しないような死亡』ということであろう。」と結論付けている。認知的予期類型である医療の性質に即し、しかも、よく法律にのっとった解釈であるので、支持すべきものであろう。

2.省令事項は医療事故全体
省令事項が「当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったもの」(以下「予期しなかった死亡」と略す。)だけであると考える説もあるようであるが、妥当でない。前半の「医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産」(以下「医療起因性」と略す。)も省令事項と考えるべきである。
このことは、現行の医療法施行規則第9条の231項第2号ロの定めとの対比でも明らかであろう。「誤った医療又は管理を行ったことは明らかでないが」とあるのと対比すると、改正医療法では「誤った」との関連が遮断されて、「管理」も削除された。「行った医療又は管理に起因して、患者が死亡し、若しくは患者に心身の障害が残った事例」の部分と対比しても、「管理」が削除され、「死亡した事例」が単に「死亡」と変わり、「心身の障害」も削除されながら、逆に、「死産」が新規に加わっている。つまり、類似の現行規則との整合性を図るため、厚生労働省令たる医療法施行規則によって、その異同を明らかにしておく必要があろう。

3.医療事故の要件は二本立て
つまり、医療事故の要件は、「医療起因性」と「予期しなかった死亡」との二本立ての法律構造となっているのである。図Aの構造と言ってよい。「医療起因性」と「予期しなかった死亡」の重なり合う部分が「医療事故」なのである。
ところが、医療事故の要件をいわば一本立てと考える説もあるらしい。「死亡」の中に、「医療起因性」があり、さらに、その中に「予期しなかった死亡」があるとの位置付けのようである。図Bの構造と言ってよい。しかし、これは「死亡」(結果)、「医療起因性」(因果関係)、「予期しなかった死亡」(過失)という構造を連想させるような、いわば過失(業務上過失致死罪、医療過誤)の規範的構造と酷似している。図Cの過失責任の規範的予期類型のモデルに近い。
そこで、認知的予期類型の医療には、やはり二本立ての構造の方がふさわしいように思う。「医療起因性」は客観的要件として、その医療起因性の存在または疑いを事後的に医学的に合理的な説明ができるかどうか、客観的に判断する。そして、「予期しなかった死亡」は主観的要件として、死亡という結果そのものに対して予期しなかったかどうか、組織としての当該医療機関を見る立場にある当該管理者が当該医療従事者と共に主観的に判断することになろう。つまり、過失責任の法律構造とは全く異なっているのである。

4.文理解釈
二本立て構造では、条文も素直に読む。
「・・・起因すると疑われる死亡又は死産であって、」(かつ、)「当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったもの」として(「医療起因性」と「予期しなかった死亡」とを)「厚生労働省令で定めるもの」と読むのである。
これに対して、「・・・起因すると疑われる死亡又は死産であって、」(そのうち、)「当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったものとして厚生労働省令で定めるもの」と読む一本立て構造は、技巧的に過ぎるようにも思う。
その結果、二本立て構造では「予期の対象」を「死亡という結果」そのものと捉えるのである。これに対して、一本立て構造では「予期の対象」を「死亡という結果」だけでなく、「死亡の時点」や「死亡に至る経緯」「死亡原因」「死亡の医学的機序」も含むものとして捉えることになろう。すると、一本立て構造は、二本立て構造に比べて、遥かに「予期しなかった死亡」の範囲が広がらざるをえない。
この二本立て構造は、現行の医療法施行規則や医政局長通知(平成16年9月21日医政発0921001)と比べても、整合的である。それらでは「死亡した事例」「当該事案」「当該事例」と表現しているのに対し、改正医療法では単に「当該死亡」とのみ表現しており、「死亡という結果」そのものを指すと読むのが整合的であり、素直でもあろう。

5.規範的予期から認知的予期へ
今まで医療事故調査の問題は、責任追及や医療過誤問題と分離できず、どうしても規範的予期のニュアンスを払拭できなかった。しかし、改正医療法に基づく医療事故調査は、本来の認知的予期類型たる医療にフィットしたものへと転換していく契機となるであろう。

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