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臨時 vol 82 「これでいいのか、研修医制度の改革」

医療ガバナンス学会 (2009年4月13日 09:40)


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武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕

このコラムは世界を知り、日本を知るグローバルメディア日本ビジネスプレス
(JBpress)に掲載されてものを転載したものです他の多くの記事が詰まったサ
イトもぜひご覧ください

URLはこちら → http://jbpress.ismedia.jp/

2月18日、厚生労働省と文部科学省の検討会で「新医師臨床研修制度」見直し
の最終報告がまとめられました。

その席で舛添要一厚労相は、「最大の問題は、国家の統制がどこまで許される
かということ。憲法のことを言えば、職業や住居選択の自由もある。(中略)統
制はできるだけ避けたいが、どこまで国民が納得できるか」と述べました。

新人医師の研修と、「国家の統制」「職業や住居選択の自由」などという言葉
がどうして結びつくのか、にわかには分からないと思います。

今回の制度見直しの一番の特徴は、医師の地域偏在を解消するために「研修医
の定員について、都道府県ごとの上限新設に加え、すべての研修先病院の募集枠
を制限する」ことが定められたことです。

どういうことなのかと言うと、要するに、人気病院の研修医の定員を削って、
不人気な病院へ強制的に割り振るという決定なのです。

人手不足の病院で頑張っている医師たちを責めるつもりは毛頭ありません。し
かし、不本意な病院で研修することになった新人医師はモチベーションを保って
いけるのでしょうか。また、実際にそこで充実した教育が行えるのでしょうか。

今回は、「新医師臨床研修制度」見直しがもたらす問題について考えてみたい
と思います。


●新医師臨床制度は医療崩壊の本質的な原因ではない

現行の新医師臨床研修制度は2004年4月から導入されました。NHKなどのように、
新医師臨床研修制度が現在の医療崩壊を引き起こした元凶であるかのように解説
しているメディアもあります。

確かにこの制度だと、卒業してすぐに各科の医局に入局するわけではないので、
研修が終わるまでの2年間は医局の医師が足りなくなります。そのため、地域の
病院から大学へ医師を引き上げざるを得ないという事情がありました。

でも、それが本当の医師不足の原因ならば、制度が導入されてから2年経過し
た時点で問題は解消されているはずです。しかし、5年経過した現在でも 医師不
足は解消されていません。そして、この研修制度導入の際に全新人医師に必修化
された小児科や産婦人科の医師不足は、深刻さを増すばかりです。

私は個人的には、新医師研修制度は医師不足の直接的な原因にはなっていない
と思います。この制度は、新人医師のマッチングシステムを通じた流動化により、
より良い職場を求める医師たちの動きを加速させるきっかけを作っただけだと思
うのです。

では何が本質的な原因かと言うと、私は病院間における医師の教育環境の優劣
の差にあると思っています。


●新人医師が求めるのは教育環境

かつて私が在籍していた医局は研修先病院(延べ26か所)を「くじ」で勝った
者から順に選んでいくという方式でした。その際に、研修医が最重要視していた
のは、決して給料や福利厚生ではありませんでした。

「優秀な指導医がいる」「研修体制が整っていてる」「切磋琢磨する優秀な仲
間がいる」「経験も多く積める(扱っている症例が多い)」といった理由で、人
気が決まっていたのです。こうした新人医師たちの思いは、10年経った今でも変
わっていないはずです。

希望する病院の研修定員を、受け入れ余力があるのにもかかわらず減らされて
しまい、希望しない病院に行かなければならない新人医師たちの失望は、察する
に余りあります。誰だって、一番気力に満ち溢れた伸び盛りの時期を、少しでも
良い教育環境のもとで過ごしたいのです。

医療は他の職業とは違って公的な意味合いを持つ、という考えはもちろん分か
ります。そうだとしても、新人医師教育の機会を奪う改革では、医師偏在の解消
にはならないと思うのです。


●効果はもしあったとしても2年間だけ

研修が終了して一人前の医師として扱われる時になったら、「研修先で学べな
かったので・・・」という言い訳はできません。経験症例数が少ないまま過ごし
てしまっては、技量の伴わない未熟な医師になってしまう恐れすらあるのです。

私は、初期研修を終えて、外科学会専門医試験を受ける際に、東海大学の幕内
博康教授から「君は指導医から嫌われていたの?」と 聞かれました。どうやら、
経験症例数が専門医申請で必要とする数ぎりぎりだったので、「干されていた」
のかと思われたようでした。

でも、決して干されていたわけではありません。私が初期研修医として行った
病院ではその症例数だったのです。当然、他の病院で研修した同期たちとの差は、
その時点でかなりついてしまっていました。

そこで私は、より経験を積む機会を求めて、別の病院の後期研修医へと応募し
ました。初期研修で十分な経験が積めなかった医師たちは、初期研修が終了した
時点で私と同じことをするに違いありません。

すなわち、強制的に研修先を割り振ったとしても、その効果は2年しかないと
いうことになります。

もっと言うならば、現行の医学部の授業内容では、卒業したての研修医は医師
としての実務能力はほとんどありません。医師不足の現場が求めているの は即
戦力です。教えるのに時間のかかる新人ではないのです。ましてやその新人が定
着しないならば、ただ単に現場を疲弊させるだけなのです。


●将来につながる新人医師教育を犠牲にするのは本末転倒

新人医師はこれから先、おおむね35年くらいは現役医師として働くことが見込
まれます。伸び盛りの最初の2年間だけでも、人気病院で一流の指導者の下、多
くの同期たちと切磋琢磨する環境で研修を受けさせることはできないのでしょう
か?

厚生労働省の医道審議会は3月中旬にパブリックコメントに諮る方針のようで
す。世間一般の見方からすると、「就職できるのだから、就職先にこだわってあ
れこれ言うのはわがまま過ぎる」という意見が出てくるかもしれません。

でも、今回の研修先制限は、単なる就職先の割り振りではありません、これか
ら何十年も日本の医療を担う新人たちの教育機会を制限するという決定なのです。

厚生労働省はまず全国の病院に対して、「研修内容の充実を図るように」とい
う通達を出すのが筋だと思うのです。

研修医が研修先を自由に選ぶようになったから、地方の医師不足が一気に進ん
だという指摘が聞かれます。しかし、地方でも沖縄県立中部病院(沖縄県うるま
市)や亀田総合病院(千葉県鴨川市)のように、研修制度が充実していれば研修
医が殺到している病院もあるのですから。

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