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臨時 vol 81 「私たちも計画配置に反対します!」

医療ガバナンス学会 (2009年4月11日 10:44)


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北海道医学生の会が反対署名活動を行う3つの理由

北海道医学生の会
津田健司(北海道大学医学部6年)

【 地域住民と医師・医学生は共に歩む存在 】

北海道医学生の会は、北海道大学の医学教育をより良いものにするために、ア
ンケートや、学生同士、先生方との対話を通じて具体的な活動を積み重ねてきま
した。
(http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/opinion/mric/200903/5099
24.html


その中で、「教育とは何か」という本質的な課題に幾度となくぶつかりました。
医師は生涯を通じて自己研鑽を積み、その成果を地域住民に還元します。私たち
医学生も各自が理想とする医師像を心に描き、早く一人前の医師になって、それ
ぞれの地域で貢献したいと考えています。本来、地域住民と医師・医学生は、高
い質の医療を目指して共に歩む存在であり、医学教育と地域医療は両立するはず
です。

北海道医学生の会は、先日発表された臨床研修制度の改定案の中の「都道府県
別の募集定員の上限を設置すること」(いわゆる研修医計画配置)について、(1)
憲法上等しく保障されている居住、移転及び職業選択の自由を侵害するものであ
ること、(2)教育的視点が欠落しているため、医療の質を低下させること、(3)地
域医療の再生はおろか徹底的に破壊する危険性をはらむことを指摘し、性急な改
定に対して反対署名を開始しました。
北海道医学生の会:http://wiki.livedoor.jp/hokkaido_msa/

 私達の提案がベストとは考えていません。しかし、少なくとも厚労省の改定案
については更に議論を積み重ねるべきと考え、まず声を上げることにいたしまし
た。反対の理由を以下に述べたいと思います。


【 改定案の内容 】

 去る2月19日に厚労省「臨床研修制度のあり方等に関する検討会」は、「臨床研
修制度等に関する意見のとりまとめ」を発表し、従来の臨床研修制度に変更が2
点加えられることになりました。第一が研修プログラムの弾力化、第二が都道府
県別の募集定員の上限設置です。


【 研修プログラムの弾力化には一定の評価 】

まず、研修プログラムの弾力化とは具体的にはどのようなことでしょうか

2004年度から始まった臨床研修制度では、2年間で内科、外科、救急・麻酔科、
小児科、産婦人科、精神科、地域保健・医療の7診療科にて1カ月以上研修するこ
とが義務づけられてきました。これに対し今回の改定では、必修の診療科が内科
(6か月以上)、救急(3か月以上)、地域医療(1か月以上)に削減され、必修
でなくなる4診療科に関しては「選択必修」として2診療科の選択を義務づけられ
ました。なお、研修医の希望により改定前のように幅広い診療科を回ることも可
能です。

このように必修科目が削減されたため、2年目から各自が希望する専門科目を
研修することも可能になりました。プログラムを弾力化すれば、地域や時代によっ
て変化する研修医や国民のニーズに柔軟に対応しやすくなるため、好ましい改革
と考えています。


【 単一の価値観の押しつけである「臨床研修制度」では多様性が担保されない 】

しかしながら私たちは、「臨床研修制度」そのものを問題視しています。それ
は「卒後2年間はプライマリケア能力の習得を最重要視すべきか」という価値観
の内容の是非ではなく、単一の価値観を唯一絶対だと信じ、全国一律に突き進む
ことの脆弱性です。

「臨床研修制度」は、達成目標からもわかるように、「卒後二年間はプライマ
リケア能力の習得を最重要視すべき」という単一の価値観をすべての研修医に押
し付けています。医学部を卒業した新人に、さらなる教育=「研修」を行って、
能力のボトムアップを図ることは必要です。しかし研修がボトムアップではなく、
単一の価値観を押し付ける規格化であってはなりません。なぜなら、規格化は多
様性を削ぎ、地域や時代のニーズへの対応を困難にするからです。

実際、「臨床研修制度」が生み出したひずみはすでに表面化しており、外科系
学会1)の入会者数は3715人から2781人へと大幅に減少し、外科手術の危機的状況
に拍車をかけました。「外科崩壊」は既にマスメディアが広く報道している通り
です。

このような事実は、プライマリケアと高度医療のバランスが崩れつつあること
を示しています。言うまでもありませんが、わが国の医療には両方が必要です。


【 都道府県別募集定員の上限設置は地域医療再生の処方箋になりえない 】

第二点、都道府県別の募集定員の上限設置(いわゆる研修医計画配置)は、(1)
憲法上保障されている居住、移転及び職業選択の自由を侵害し、(2)教育的視点
の欠落により国民が受ける医療の質を全体的に低下させ、(3)地域医療の再生は
おろか徹底的に破壊する危険性をはらんでいると考えます。

以下でそれぞれについて検証していきたいと思います。

(1) 憲法上保障されている居住、移転及び職業選択の自由を侵害する

日本国憲法第22条は「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職
業選択の自由を有する」と謳っており、自由主義国家において個人の権利は最大
限に尊重されます。しかし、国家による医師の計画配置は、医師個人の自由に制
約をかけるものであり憲法違反ではないでしょうか。まして、これほどに重大な
政策変更を、国会での審議が必要な法改正という手続きを経ず、厚労省の通知で
行おうとしていることには賛同できません。

また、この状況に関して、マスメディアや厚労省の情報の多くは不十分で誤解
を招くものです。例えば、研修医計画配置を推進するモデルとしてドイツにおけ
る州医師数の上限が引き合いに出されますが、ドイツでは各専門医学会と各州医
師会が州別に必要な専門医の数を計算しています。ドイツにおける医師配分は、
定数をめぐる自由競争の中で行われており、地域間での移動の自由が保障されて
いる点で、わが国が導入しようとしている中央政府よる強制配置とは完全に異
ります。

では、国家が行う危険性はどこにあるのでしょうか。例えば一般企業の場合、
社員の地方への転勤は業務命令であり、社員自身の信条により業務命令を拒否し
会社を変える権利は保障されています。医師の場合も、地方自治体、専門医学会、
医師会、企業などが強制配置を行った場合は、地方自治体を移動したり、医師会
から脱退する権利があります。そうした配置に従うことはその医師の選択ですが、
他方、国家による拒否権のない形での強制は、憲法で保障されている個人の権利
に対する侵害だと考えられます。

日本の国公立大学他学部も、ドイツ・フランス等における国立大学医学部にも
国費が注入されていますが、自由主義国家による強制配置には前例がありません。
それはこのような強制配置が憲法に抵触するおそれがあるからでしょう。

2007年にはフランスにおいても、医師偏在解決のため、「医師過剰地域に行く
新規開業医を非保険医にする」という法案が議会に提出されました。これは、医
師過剰地域での開業規制、言い換えれば、僻地への派遣という国家による強制派
遣ということもできます。フランスでは法案提出直後から、「個人の職業・場所
選択の自由」と「皆国民健康保険制度の公平性」に違反しているとして、医師イ
ンターンを中心に猛烈な反対運動が巻き起こりました。全国病院インターン労組
(ISNIH)、全国チーフ・レジデント労組(ISNCCA)、全国ジェネラリスト青年部
(SNJMG)に加え、フランス医師会も運動支持を表明し、結果、1ヶ月後に同案は廃
案となりました。このように、フランスにおいても医師偏在問題は重大ですが、
国家による強制配置は世論の支持が得られていません。そのかわり、地方自治体
による開業誘致、診療所の無償提供や補助金による助成制度、国による医学生定
員増、社会保障費用負担の増額等により対処しているそうです。

ちなみに、わが国では、法改正なくして唯一国が強制配置を行うことのできる
医師は、国家公務員である国立病院の医師と医系技官のみです。前者に関して厚
労省は、平成19年5月から「緊急医師確保対策」と称して国立病院機構、日赤、
済生会などの協力のもと医師派遣を行ってきましたが、わずか9人の実績しかあ
りません。つまり、失敗したわけです。この事業の失敗の原因が分析されないま
ま、厚労省はなし崩しで研修医を計画配置しようとしています。

(2) 教育的視点の欠落により、国民が受ける医療の質を全体的に低下させる

現行の臨床研修制度においては、少ない研修医の数(8,543人)に対して多くの
研修施設(募集定員合計11,563人)が研修プログラムの魅力をアピールし、医学生
の選択を受けています。しかし上記のように改定された場合、募集定員の合計は
9,911人に減らされ、各病院は努力なしに研修医を獲得できるようになります。
その結果、教育に対する競争的環境が失われ、医師の質が低下することが危惧さ
れます。もちろん、このツケは国民に回されます。

私たちの試算では、今回の改訂で大学病院、市中病院に関わらず研修医の定員
は削減されます。例えば定員100人の大学病院が過去3年間で最大50人/年の研修
医しか確保できていない場合、今回の改定によりその大学病院の定員は最大で50
人になります。「医師派遣業務」を勘案しても最大で10人の定員しか付加されず、
都道府県ごとの定員をオーバーしないようにそれぞれの病院の定員を減らすため、
この大学病院が獲得できる研修医定員が60人を超えることはありません。例えば
良い指導医が赴任すると病院には研修医が集まることが予想されますが、定員が
削減されると、その病院に行くことのできる研修医の数は減少し、研修医がよい
教育をうける機会が奪われます。この点からもやはり教育の視点は欠落している
と言えるでしょう。

大学病院、市中病院、医師、医学生が、あらゆる利害関係を超えて、医療を守
るために声を上げることが必要だと考えます。

(3) 地域医療の再生はおろか徹底的に破壊する危険性をはらむ

都道府県別募集定員の上限設置によって、希望していた研修先に行けなくなる
事例が増加します。そして自分の希望とは異なる研修先を選ばざるを得なかった
研修医が、2年間の研修後に、もともと自分が行きたかった場所に行こうと考え
ることは十分に想定できます。せっかく来た研修医も、2年後には多かれ少なか
れ地域を離れるのです。そして、異動した医師の後任については、この臨床研修
制度ではまったく保障していません。

つまり上案を施行したところで、確実に地域にいるのは毎年送られてくる研修
医だけなのです。研修医には、上級医の十分なバックアップが必要です。どう考
えても、研修医だけで地域医療を支えることは不可能です。

私たちは、地域医療再生の鍵は、地域コミュニティによる個別的できめ細かな
医師循環の構築だと考えます。

例えば大小600の離島を抱える長崎県では、医師個人がひとつの離島診療所を
支えるのではなく、「長崎県離島・へき地医療支援センター」というチームで長
崎県の地域医療を支えています。具体的には、離島の市町からの要請を受け、医
師を全国的に公募して県職員として採用し、離島の公立診療所へ医師を派遣して
います。派遣医師は給与面でも遜色ないのみならず、原則2年1単位の交代制のと
ころ、1年半勤務したのち本人の希望があれば残り半年間の有給自主研修期間が
取得できます。これにより、離島に勤務することで最新の医療情報や技術から取
り残されるという医師側の不安解消と、慣れない離島生活からのリフレッシュを
図っているということです。

また、山形県では山形大学蔵王協議会を設け、大学医学部、大学病院、民間病
院、県医師会、行政、医学生などが集まって、関連医療施設との連携や、地域の
医師の適切な配置、卒後臨床研修体制の整備等を行っています。

このように、地域の特性に応じた個別的できめ細かな医師循環システムこそが
必要とされているのです。一方、重層的な場の形成もなく、研修医や中堅医師を
国が頭数だけで配置したところで、医師は疲弊し、持続的な地域医療の復活には
なりえないのではないでしょうか。


【 いったい誰のための臨床研修制度改定か? 】

以上のように、計画配置は地域医療再生の処方箋にはなりえず、逆に医療の質
の低下をもたらすと考えられます。車の両輪である地域住民と医師・医学生どち
らのためにもならない本改定は、いったい誰のために行われるのか、疑問を持た
ざるを得ません。

このような問題意識のもと、北海道医学生の会では臨床研修制度改定に対する
反対署名をお願いしております。趣旨にご賛同いただける方は、
北海道医学生の会:http://wiki.livedoor.jp/hokkaido_msa/

よりご署名を頂戴できますと幸いです。医療を守るために、利害関係を超えて、
医療界自ら声を上げることが必要ではないかと考えています。


1) 日本外科学会、日本産科婦人科学会、日本皮膚科学会、日本整形外科学会、
日本眼科学会、日本耳鼻咽喉科学会、日本泌尿器科学会、日本脳神経外科学会

 

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