臨時 vol 142 「福島大野事件判決解説1」
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■□ 結果回避義務について ~医療事故と交通事故の違い~ □■
大岩睦美(医療・法律研究者)
1 過失とは
業務上過失致死傷罪などの過失犯は、過失により結果(人を死傷させること等)を生じさせることにより成立するが、ここに過失とは、行為者が自らに課せられた注意義務に違反することをいう。この注意義務は、具体的内容として、結果の発生を予見すべき義務(結果予見義務)と結果の発生を回避すべき義務(結果回避義務)の二つに分けることができる。
2 結果予見可能性、結果回避可能性
そして、結果予見義務と結果回避義務があるというためには、それぞれの論理的前提として結果発生の予見可能性及び結果発生の回避可能性を考えるのが一般的である。実務上は、結果予見可能性が存すれば結果予見義務があり、結果回避可能性が存すれば結果回避義務があるとされる。
すなわち、「過失がある」(注意義務に違反する)と認められるには、(1)結果予見可能性、(2)結果予見義務、(3)結果回避可能性、(4)結果回避義務の各要件が検討されることとなるが、実務上(検察官の立証上)は、(1)が認められれば(2)は当然に認められ (3)が認められれば(4)は当然に認められることとなるため、(1)と(3)が立証されれば足りることとなる。
3 一般的な過失犯の事例
よそ見運転で人を轢いてしまったという自動車事故の例を考えてみると、
(1)結果予見可能性:よそ見運転をしたら人を轢いてしまうかもしれない
(2)結果予見義務 :「よそ見運転をしたら人を轢いてしまうかもしれない」と予見すべき
(3)結果回避可能性:よそ見運転をしなければ人を轢かなかったかもしれない
(4)結果回避義務 :よそ見運転をしてはいけない
となる。
自動車事故の例では、わざわざ危険な行為を行うことが必要となる理由はないのであるから、結果の発生を予見し回避することができるのであれば、予め結果を予見しこれを徹底して回避しなければならないのであり、 つまり、予見可能性、回避可能性さえあれば、予見、回避する義務が生じるのは当然のことと言える。
4 医療行為の場合
では、医療行為においては、
(1)結果予見可能性:手術したら合併症で死んでしまうかもしれない
(2)結果予見義務 :「手術したら合併症で死んでしまうかもしれない」と予見すべき
(3)結果回避可能性:手術しなければ合併症で死ぬことはなかった
(4)結果回避義務 :手術してはいけない???
となることから、(1)~(3)が満たされるからといって、当然に(4)の結
果回避義務までも当然に認められてしまうと、危険を伴う医療行為を医師は一切
行えないこととなり、不合理となる。
5 福島県立大野病院事件一審判決
この判決で裁判所は、医師に結果予見可能性、結果回避可能性を認めながら、結果回避義務を否定するという画期的判断を下した。
判決は、「医療行為が身体に対する侵襲を伴うものである以上,患者の生命や身体に対する危険性があることは自明であるし,そもそも医療行為の結果を正確に予測することは困難である。したがって,医療行為を中止する義務(=結果回避義務)があるとするためには,検察官において,当該医療行為に危険があるというだけでなく,
(a)当該医療行為を中止しない場合の危険性を具体的に明らかにした上で,
(b)より適切な方法が他にあること
を立証しなければならない。」としている。
本件では,(a)子宮が収縮しない蓋然性の高さ、子宮が収縮しても出血が止まらない蓋然性の高さ、その場合に予想される出血量,及び(b)容易になし得る他の止血行為の有無やその有効性を、検察官が明らかにして立証しなければ、医師には医療行為を中止する義務(結果回避義務)は認められないとされたのである。
そして、これらを立証するためには,少なくとも,(ア)相当数の根拠となる臨床症例, あるいは (イ)対比すべき類似性のある臨床症例 の提示が必要不可欠であるといえる。
6 まとめ
本判決により、医療行為によって患者の生命・身体に対する危険性があることは医療行為の性質上自明のことであり、したがって、医療行為においては、結果予見可能性、結果回避可能性があったとしても、それだけで、直ちに結果回避義務があるとは認められないこととなった。結果回避義務(治療中止義務)があるとするためには、(a)治療を続行した場合の具体的な危険性 (b)より適切な他の方法があること が要件となる。
しかし、結果回避義務が発生するための要件として、(a)(b)で必要十分といえるか、(a)(b)の立証のために必要な事項は何かについては、法曹界、医療界を交えての議論を重ね、具体的内容の検討が必要となるであろう。