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Vol.009 被災地はグローバル人材になるためのキャリアパス ~ウーマノミクスの幻想に目を眩まされるな

医療ガバナンス学会 (2015年1月13日 06:00)


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※このコラムはグローバルメディア日本ビジネスプレス(JBpress)に掲載されたものを転載したものです。

http://jbpress.ismedia.jp/

 

相馬中央病院内科医
越智 小枝

2015年1月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


話を聞きに来てくださる人は大切にしなくてはいけないと思います。しかしこの4年間、それが看護師の増加につながったという感触は全くありません」
先日あるインタビュー依頼に対し、看護師さんがふと漏らされた厳しい言葉です。

相双地区には、震災以降、マスメディアだけでなく、研究者や政府関係者、NGOやボランティアの方々など、様々な人が話を聞きに来られます。相双地区を本当に心配され、現状を世に広めたい、という熱意を持っている方々ばかりです。
しかしその熱意が報われているとは言い難いのが現状です。
「震災後、取材は何度も受けましたが、その後も看護師不足に対しては何の変化もないので・・・その時間 私が病棟の手伝いをした方が良いのではないかと最近は思ってしまいます・・・」
「同情はいいからとにかく人をよこせ」端的に言ってしまえば、それが現場の本音なのかもしれません。
ではなぜインタビュアーの熱意は空回りしてしまうのでしょうか。改革が必要なのは、相双地区の中よりもむしろ外ではないのか。それがここ1年間相双地区を眺めた時の感想です。

◆なぜ?の矛先

「(相双に)残ってる私たちに『なんで人が不足しているんだと思いますか』って聞かれてもねぇ。聞く相手が違うんじゃないかと思っちゃう」
ある看護師さんが冗談半分に言われたことですが、これはかなり正鵠を射ているように思います。

「なぜ人が戻ってこないんだと思いますか」
その疑問を被災地に問いかけることは、いろいろな意味で矛盾をはらんでいます。
1つには、そこで得た回答は代弁に過ぎないということです。もちろん立ち去られた方々と親しい人は多いでしょうから、気持ちもよく分かるという方が大勢いると思います。しかしそれでも、その回答はあくまでそれは推測の域にとどまります。当たり前のことですが、回答者は被災地にとどまっているからです。

もう1つには、問われる方々が「残された側」であるという配慮に欠けることです。今、被災地で人員を集めようと奔走されている方々は、
「もしかして自分たちの能力不足で人を引き留められないのではないか」という心のしこりが残っています。
なぜ人が戻らないの、と問われるたびに、自分の努力不足を責められている、と感じる人もいるかもしれません。
先ほどの看護師さんのように、「出て行った人に聞いてよ」そう心の中では思いながら口に出せない方もいると思います。
そう考えてみればむしろ、被災地の人不足は、被災地ではなくむしろ「外」の人が問われるべき課題なのではないでしょうか。何よりも、被災地の外の方々に、
「なぜ被災地勤務をキャリアパスと考えないのか」
こう尋ねてみる価値はあると思います。なぜならその質問は、現在の日本に蔓延するお仕着せの「キャリアパス」を一変させる、一大改革へもつながり得るからです。

◆キャリアパスと被災地

例えば今回の震災の後、日本では初めての災害看護グローバルリーダー養成プログラムが発足しました(1)。女性の多い日本の看護師会でグローバルな視野を持ったリーダーを養成しよう、という画期的な試みです。
災害大国である日本にとって、自然災害という分野は、リーダーシップを取ることのできるチャンスが非常に高い分野です。さらに日本のキャリアウーマンの中でも最も「ガラスの天井」のない、看護という分野。この2点をかけ合わせたとき、そこには日本人女性のキャリアパスとしての未来が大きく開けているように思います。
しかし、グローバルリーダーとなるためには、当然日本の災害のことを世界に発信できる能力が必要です。特に国際機関で働くために重視されるのは、論文以上に現場の実績がものを言います。
例えば国際保健の分野で働く人々は、現場経験を積むために発展途上国で研修される方がほとんどです。つまり災害の分野では日本の被災地について、研究実績だけでなく、幅広い経験と視野を持つ人材こそが世界に望まれていると思います。
こう考えてみれば、現在の被災地というのは女性のキャリアパスの中でとても魅力的なポジションなのではないでしょうか。被災地の経験を手土産に海外へ繰り出す。そういう野心を持った災害ナースがこれから出てくるのではないか、そのように考えてしまいます。
しかし現実問題として、福島に限らず宮城・岩手でも、そのような考えを持って西日本から被災地に乗り込む看護師さんは非常に限られているようです。被災地研究を行っている看護師さんの中でみても、被災地に住みながら研究を行おう、と考える方は数えるほどしかいません。

◆感受性と人脈

「こちらで勤めてみて、今でも避難されたことを『逃げた』と表現する方が多いので驚きました」
お会いした時にそう語られたSさんは東京の大学病院に勤務する看護師さんです。昨年1年間休職され、南相馬市で外科の看護師さんとして勤務されていました。この1年間は、綺麗事で済まされない現場の実情を学ばれた、と言います。
「こっちの食べ物を『美味しい』って言うと、地元の人はがっかりされるんですよね。『震災前はもっと美味しかった、その時に来てほしかった』って」
一人ひとりの言葉をとても大切にされる彼女は、現在仕事仲間となった看護師さんにインタビューを続け、研究論文を執筆中です。しかしそれだけでなく、1年間被災地に滞在する間に、外から支援に来られる様々な方との人脈が増え、それを機に活動範囲も増えたそうです。
その結果、いわき市に新設される救急病院設立の責任者として抜擢されました。現在は被災地で知り合った一流研究者たちや、さらにその知り合いのネットワークを使って、病院マネジメントの第一人者たちとお会いすることで、着々と準備を進めていらっしゃるようです。
彼女がこのように人の輪を広げることができたのは、彼女の熱意もさることながら、
「この人に言えば伝わる」
という、顔の見える距離で築いた信頼関係によるものがとても大きいと思います。

◆グローバル化と「現場感覚」

先日世界保健機関(WHO)の神戸センターを訪問した時のことです。
「WHOが今後優先して進めなくてはいけない調査はなんだろう?現場の経験から3つ挙げてみてもらえないだろうか」と、所長のAlexさんから聞かれました。
「1つには疾患に特化したデータではなく被災地の健康に対する包括的視野。2つ目には高齢者の問題、特に寝たきり問題。3つ目には医療スタッフの長期的な不足、特に医師だけでなく非医療関係者にも焦点を当てたデータがほしい」
現地の例を挙げながらお願いしたところ、非常に関心を持って聞いていただけました。

世界中から災害の情報が入ってくるWHOにおいても、最も重宝されるのは「現場感覚」です。実地を知らずにどんな提言をしても、画餅に過ぎない。一番それを理解しているのは、このような大きな機関のトップの方々かもしれません。
海外の災害関連の学会などでも、仮設住宅の健康問題、病院避難の問題、地域の急速な高齢化や作業員増加による医療ニーズの急増などの話は非常に興味を持って聞いていただけるのです。

先日南相馬のNPOが作成した放射線の絵本を英訳したもの(2)や、福島の現状を英文でエッセイにしたもの(3)なども、海外の研究者やジャーナリストに歓迎していただいています。私自身、福島に入ることで留学中以上に世界への視野が開けた、そう感じています。
インターネットで気軽に情報が手に入り、一流大学の授業ですらオンラインで受けられる時代になりました。どんな田舎であっても情報や知識が手に入る昨今、電子化可能な「情報」の価値は急速に下がってきています。同時に情報のアクセスという理由で都会に住む価値というものも低下するかもしれません。
むしろこれからますます価値が高まるのは現場の肌感覚ではないか、と思います。相双地区の看護師さんたちは、今でも全国各地に引っ張りだこで講演の依頼を受けている、という事実一つをとっても、この「現場感覚の価値」の高さを示していると思います。
もちろんすべての人が、現場に入っただけで何かを得られるとは限りません。日常の業務は淡々と過ぎていきますから、その業務の合間に自身の感受性、幅広い視野に加えて旺盛な知的好奇心と熱意を保たなくてはいけない。
普通以上の努力が必要だと思います。しかし前述のSさんのように、聴く耳と見る目を持って現場に入れば、同じ意識を持つ人々との人脈がアック実につながります。意識の高い方々であればあるほど、自分の力を試すチャンスになるのではないでしょうか。

◆福島の外から始めよう

「そんなに実情を知りたいのなら、現場に入って実際に働けば一目瞭然なのに」
地元の看護師さんたちからはそのような言葉も聞かれます。誤解のないように言えば、これは話を聞きに来られた方を責めているのではありません。ただ、
「そんなに知りたいことはここに転がっているのに。もったいない」
こういう感覚に近いのではないかと思います。

キャリアパス、という単語をよく聞きます。将来のためにどのような形で経験を積んでいくかという計画を指す外来語です。
日本では、特に女性のキャリアパスの幅が非常に狭いと思います。特に、社会的地位、という無機質かつ実態のないものを追究するあまり、顔の見える人間関係を忘れがちではないかと思います。
「これからは『どこでやるか』ではなく『誰とやるか』の時代になるよ」
東京大学の国際保健学教授が言われた言葉です。仕事のパートナーの価値は、その人が所属する組織というブランドではなく、その人が何を持っているかで決まってくる。企業だけでなく研究もまた、そういう時代に入ってくるだろう、ということなのだと思います。

グローバルリーダーとなるための女性のキャリアパスという点で被災地を眺める方はまだほとんどいません。これは、災害とは急性期のものである、という昔ながらの思い込みのせいなのかもしれません。
あるいは「一流」病院以外にキャリアパスはない、という旧態依然とした先入観がまだまだ生きているのかもしれません。
有名どころでない病院への勤務は、確かに少し努力をしなければ開けない遠回り道かもしれません。しかしそこに未来へと続く「パス」を見出し、「奇貨おくべし」と一歩を進める勇気とセンスが、これからの社会には必要なのではないかと思います。
ウーマノミクス、女性の躍進、様々なことが議論されている中、まるで、
「正解のあるキャリア」
があるかのような幻想を抱かせるうたい文句によく出会います。私はむしろ、ウーマノミクスに踊らされることにより、女性が男性社会の隙間家具としてますます切り捨てられる時代が来るのではないかと思っています。
キャリアとは、自分のやりたいことをやれる自由を勝ち取るための過程ではないでしょうか。その戦いの中に「輝く」、自由人としての女性キャリア。そのような未来がここ、被災地には転がっている、(かもしれません)。ここにカッコをつけるのは、それが決まった未来ではないからです。
Future From Fukushima(FFF)。

「福島からはじめよう」という福島県のスローガンは、福島県人でなく、むしろ福島の外の方々へ向けてのメッセージです。

Future From Fukushima, for foreigners(FFFFF)。

災害から4年、被災地にはまだまだ解決すべき問題が山積みです。その一つ、一つが女性キャリアへの一助になれば。被災地に住む一女性として、そう願ってやみません。

(1)http://www.dngl.jp/japanese/

(2)Veteran Mothers’ Society(2014). First held in Minamisoma: Radiation and Health Seminar by Dr. Tsubokura

(3)Global Energy Policy Research Sep1, 2014.

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