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Vol.010 求められているのは「医師集団としての自立・自律」:単純誤薬は警察に届けてはいけない −真のprofessional autonomyとは? −

医療ガバナンス学会 (2015年1月14日 06:00)


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現場の医療を守る会代表世話人
現場からの医療事故調GL検討委員会委員長
つくば市 坂根Mクリニック 坂根みち子

2015年01月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


2014年は、4月に国立国際医療研究センター病院で造影剤の誤薬による死亡事故があり、12月に大阪府立急性期・総合医療センターで類似薬剤名の取り違えによる誤投与で死亡事故が発生した。今まで何度も繰り返されている単純誤薬による死亡事故であり、いずれの場合も病院は記者会見をして警察に届け出た。ともに日本医療機能評価機構により「患者中心の医療」をしていると認定されている名の通った病院である。

日本医療機能評価機構は、このような類似の事故を報告させ、分析し、再発防止策を公表してきた。今回の問題点は少なくとも2つある。一つは、日本医療機能評価機能の医療事故情報収集等事業は現場の改善作業に役立っていない。分析して再発防止策は公表するが、その後の検証をしていないということである。上記のような有名病院でさえ、たった1カ所のエラーで、すぐ人の死に至ってしまうようなお寒い医療環境が実情だった。そこをまた「良い病院」と認定したのも日本医療機能評価機構である。この機構は産科医療補償制度も扱っているが、是非早急に自分達の仕事の内容を見直して頂きたいものである。

もう一つは、外表に異状のない診療関連死は警察に届ける必要がないにもかかわらず、各病院とも今もって警察に届けているということである。国立国際医療センターの事故では、記者会見で医療者が特定されてしまったことも含め、WHOの医療安全のための報告制度で示されている「非懲罰性」「秘匿性」に真っ向から対立するものであり医療者の人権侵害である。まして国立国際医療研究センター病院は、日本医療安全調査機構の事務局長が院長を勤めた病院である。今や、警察に届けるかどうかでその病院に真の医療安全の専門家がいるかどうかのリトマス紙になると言える。

大阪府立急性期・総合医療センターの内規では、インシデント報告者・医療事故の報告者は免責されるという規定があるにもかかわらず、「医療過誤が原因で患者が死亡または患者に重大な障害が発生した場合、速やかに所轄警察署への届け出、公表等の対応を行う」と相反する内規が放置されている。

日本の病院はほとんどがブラック企業である。医療安全の一丁目一番地は医師の過重労働の解消である。医師の人権が踏みにじられたままで、患者の人権が守れる訳がない。

日本医師会のいうプロフェッショナルオートノミーは、医師個人の知識と技術の研鑽に励み自己を律することを指し、医師集団としての自立・自律には触れていない。『医師が「患者の人権を尊重する」のは時代遅れで世界の非常識』の著者である平岡諦氏1)によると、世界医師会(WMA)では、2009年のマドリッド宣言で医師は「医師集団としても自律すべき」であるとした。つまり、専門職としての倫理規定は国内法の上に位置し、「悪法といえども法である」という悪法問題や製薬会社の意向からも医師集団として自律することで患者の権利を守ることにつなげようと宣言した。これは、正当な医療行為が業務上過失致死罪になり得る今の日本の法律や製薬会社との癒着から不正研究が問題となっている日本の現状をみれば、的を得ていることが理解できよう。

平岡氏によると、残念ながら日本医師会のマドリッド宣言は誤訳されており、日本医師会をはじめとする医療団体はプロフェッショナルオートノミーについて「医師集団としての自律」の視点をもたない。であるがため政府の低医療費政策や労働基準を全く無視した医療現場や製薬会社との癒着を放置している現状と対峙して来なかったという。

「医師集団としての自立・自律がない」ことが、現在の医療界の惨状を引き起こしていると理解するとあらゆることが腑に落ちる。まず挙げられるのは医師法21条の誤解も解こうとせず、司法界の言いなりになって、「自主的に」現場の医療者の首を差し出すようなことを続けていることであろう。

医師法21条(医師は、死体を検案して 異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない)は、そもそも殺人などの犯罪を見逃さないための法律であったのだが、1999年の都立広尾病院事件で突如として医療者に向かって牙を剥いた。医療事故は24時間以内にすべて警察に届け出なければいけないような間違った解釈がなされたのである。2004年の最高裁判決で「外表を検案して異状を認めた場合は警察に届け出る」という合憲限定解釈で決着がついたが、その間に医療事故の扱いは刑事化が世の趨勢となり、医療団体や厚労省は、司法界やメディアが誘導する世論に引きずられた。事故があれば遺族にきちんと説明謝罪し、院内の規定に沿って民事で賠償するのが筋であって、刑事化は全く不要であった。前科者となった医療者は大きく傷つき現場から立ち去ったが、医療現場の改善作業は、全くの手当不足で現在でも単純誤薬による事故も繰り返され、今回の2事故のように警察への間違った届出も継続されている。

現場の医療者にとっての更なる不幸は、医師会にも他の医療団体にも医師集団としての自立・自律(真のprofessional autonomy)がないことであった。まじめに取り組んでいてもエラーは起きる。諸外国と比べても圧倒的にマンパワーも予算も時間もない、マネ−ジメントもされていない医療現場である。そんな状況で起きたエラーであるならばどの医療団体もまず現場の医療者を守るべきだった。現場を改善しエラーをした医療者が失敗から学んで次ぎに生かせることが患者を守ることにつながるのである。私達現場の医療者だけで解決できることには限界があるにも係わらず、現状では個人の問題にすり替えられ、一番バックアップして欲しい時に、医療界は精神論のように「個人の自立・自律」を求める。これでは現場からリスペクトされないし、そのような団体の元にまとまろうという気が起こらない。

医師会をはじめとする医療団体はWMA(世界医師会)のマドリッド宣言を正しく伝え、実践しなければならない。

最後に、疲弊した医療者の家族にも言及している以下の文章を挙げておきたい。日本では、医療団体のトップはほぼ男性で占められているために家族の苦労まで想いが馳せられることはまずないが、筆者は日々の臨床で、医療者の家族もどれだけ苦しんでいるか、崩壊の危機に面している家庭がどれほど多いか身を持って感じている。

WMAの医療倫理マニュアル2005年  1) p167
医師は自分が自分自身や家族に対しても責任を負っていることを忘れやすいものです。世界各地で医師であることに対しては、自分の健康や福祉をほとんど考えず、医療の実践に自己を捧げることを求められてきました。週60〜80時間勤務もまれではなく、休暇は不必要な贅沢と考えられています。多くの医師はこのような状況でもなんとかやっているようですが、家族には悪影響が及んでいるに相違ありません。なかには明らかにこのような専門職としての仕事のペースに苦しむ医師もおり、その結果は、慢性疲労から薬物乱用、自殺に至るまでさまざまです。疲労は医療ミスの重大な要因なので、健康を害した医師は患者にとっても危険です。

参考文献
1)医師が「患者の人権を尊重する」のは時代遅れで世界の非常識 平岡諦 著
MRIC Vol.586 医師法21条改正に際しての注意 井上清成 2012年9月3日
MRIC Vol.148 医師法21条問題は外表異状説で解決 井上清成 2014年7月2日

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