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Vol.014 CRNA (麻酔専門看護師) は日本の医療を変える可能性を秘めている

医療ガバナンス学会 (2015年1月20日 06:00)


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横浜市立大学大学院生命医科学研究科博士課程
川上 裕

2015年01月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


私は福島県会津若松市の基幹病院で二年間の初期研修を修了し、地元の医局で一年間の麻酔科後期研修の後、再び福島県郡山市で麻酔科医として手術麻酔だけでなく三次救急および集中治療の診療を行ってきた。現在は大学院で神経科学の基礎研究に従事している立場であるが、麻酔科標榜医でもあり現在も非常勤医師として臨床業務に従事させていただいている。一人の麻酔科医として、多額の負債と悲観的な将来予測を抱える日本の現状を打開する方策を模索しているところである。

今回、私は多くの方々のご協力の下、神奈川県横須賀市にあるUS Naval Hospital (USNH)の手術室への入室を許可され、そこで働く方々と対談させていただく大変貴重な機会を得た。今回経験した事とCRNAについてまとめたいと思い筆を執った。本稿を読んでくださる方々の知識と論考の一助となればと思う。

なぜ私がUSNHでの見学を希望するに至ったかというと、私が福島県の会津地方でみた地域医療の現状に大いに思うところがあったからである。会津地方では医師も看護師も含めて慢性的に医療者不足、いわゆる医療過疎の状態が続いている。急性期の患者を診療する病院または慢性期医療の病院でも、常勤医師が少なく高齢化傾向であるため、実質的な病棟管理はベテラン看護師が行うことが少なくない。さらに、入院患者の急変対応といった待ったなしの状況では、看護師の対応は極めて迅速であり電話で医師から指示を受ける前に最低限の処置と準備を調えてはくれるものの、気管挿管や薬剤を用いた蘇生行為は医師の到着を待たねばならない。その現実に歯がゆさを感じる若き情熱に満ちた看護師が地方にはたくさん存在する。麻酔科医も慢性的に不足しているため、外科医が自ら麻酔管理を行ってぎりぎりの状況で運営している病院も多々ある。しかし一方で、地方で十分な常勤医師を雇うためには高額の給料が必要となり、病院経営の観点からも大きなジレンマに陥ることとなる。

そんな時、USNHで研修を受けた友人から私が聞いたのは、アメリカの病院では看護師が普通に麻酔をかけている、しかも麻酔科医の監督もなく独自に勤務している、という私にとって衝撃的な内容であった。それと同時に、このCRNAの制度がいずれ日本に導入される時代が到来することが強く予測され、一抹の不安とともに地域医療の現状を改善しうる打開策となることの期待をも抱くようになった。そのために自らの体躯を以て実際のCRNAの勤務の様子とそこに勤務する様々な職種の方々の生の声を聞いてみたい、そう思ったのである。

体験記の前に、CRNA (Certified Registered Nurse Anesthetists)について概略する。CRNAは手術麻酔や麻酔に関する病棟対応を専門的に行う看護師のことをいい、急性期医療の看護業務をある程度経験した看護師がさらに大学院課程を修了した後に正式に賦与される公的資格である。制度的には1956年から正式なものとなったが、麻酔業務を専門的に行う看護師は実は150年以上前からアメリカで存在していたようで、現在ではアジアや中南米など多くの諸国にCRNAの制度は存在する。CRNAを養成する大学院については州ごとに要件や就業年限、取得学位が異なるようだが、概して以下のようである。要件については、①看護学士またはそれに匹敵するものを有する、②看護師資格を有する、③1年以上の急性期の看護業務に従事経験を有する、④1学期あたり約4万ドル程度の学費を支払うことができる(1年で3学期ある)、といったものである。就業年限は二年から三年で、もともとは修士卒の扱いとなることが主流であったが、今後は三年間の就業年限の下博士卒の扱いとなるようだ。大学院の教員は大学病院の医師だけでなく、現役のCRNAも担当となる。大学院課程を修了した後、国家試験に合格すれば晴れてCRNAの資格を賦与される。CRNAは全米で約三万七千人存在し、年間約三千万件の麻酔業務を行っている。特に内陸部を中心とした地方医療圏における麻酔業務は主にCRNAによって行われており、そのうち三割の地域ではCRNAのみが麻酔業務に従事している。さらに、CRNAと麻酔科医の比較研究では、CRNAを養成するためのコスト及び雇用のためのコストは麻酔科医のコストの約四分の一であり、かつ周術期合併症および死亡率に有意差がなかったことを示す報告もある (Brian et al. 2010)。以前は麻酔科医の監督下での業務が要件とされていたが、2001年から州ごとの選択権を認められ、徐々に麻酔科医の監督を要件としない州が増えてきている。以上のように、CRNAは客観的かつ統計的にみれば、低コストかつ安全性の問題もなく、医療過疎の地方医療圏に有効な存在となりうることが窺えるであろう。

私は横須賀にあるUSNHでの見学を許可され、軍服姿のCRNAである中佐に案内され手術室を訪問した。病院規模が大きくないため重症患者の手術は行われていないが、朝から夕方前まで途切れなく手術が続く。当日は二人のCRNA

と一人の麻酔科医が担当の手術室での麻酔業務をお互い独立して担当していた。ひとりのベテランのCRNAがCRNAの担当する手術室を巡回するものの、薬剤の種類と投与量の決定、静脈ラインの確保や気道確保のためのデバイスの挿入、抜管のタイミングに至るまで全て担当のCRNAが単独で行っていた。さらに、corpsmanと呼ばれる軍隊直属の医療スタッフが静脈ライン確保や気道確保の手技を指導するという、驚くべき光景もみることができた。日本であれば、救急救命士の気管挿管研修の指導役として、日本麻酔科学会専門医以上の資格を有する者でなければならないのとは対照的である。手術室の外でも、産婦人科病棟で無痛分娩のための硬膜外麻酔の要請に対して硬膜外麻酔を施行したり、病棟急変の際にオンコールのCRNAが対応したりなど、活躍は多岐にわたっていた。

CRNAである中佐の話では、麻酔の担当者は手術や患者の重症度によって特に変更しておらず、麻酔管理のなかで難易度が高い心臓血管外科手術や脳神経外科手術の麻酔も担当したことがあるとのことであった。USNHにいるCRNAは軍人でもあり一人で戦艦の医療任務を担う必要があるため、いわゆる一般病院で勤務するCRNAとは少し事情が異なるかもしれない。また、州によっては麻酔科医の監督下でのみ麻酔管理が許されるところもあるとのことであった。ただ、多くのCRNAは、いわゆる日本の麻酔科医が日頃施行している医療行為を自立的に行っている、ということが事実であるといってよかろう。CRNAの中佐に医療過誤や緊急事態の対応についても伺ってみた。まず、麻酔業務において医療過誤が生じた際には、CRNA本人に責任が生じるため責任の所在についても麻酔科医から独立しているとのことであった。さらに、気道確保困難症例や術中の緊張性気胸や腹腔内大量出血による出血性ショックなどの緊急事態においては、輪状甲状靱帯切開や胸腔ドレナージなどの外科的処置についても大学院またはACLS, ATLSといったトレーニングコースで研修を受けているため処置を行うことができるということであった。また、何よりも、独力でできないことに対しては外科医や麻酔科医に応援を求める態勢を整えることで、安全性を高める努力をしている、とのことであった。

ただし、CRNAの存在については懐疑的な見方もある。アメリカの病院や州では麻酔科医とCRNAの間でコンフリクトが慢性的に生じているところもあるとのことだった。USNHの麻酔科医との対談の中でも、CRNAは看護師ではあるもののエリート意識が高く、高いモチベーションとともに傲慢になる傾向があるため危険性を潜在的に含んでいる、との話があった。外科医によっては、そのリスクを十分理解した上で麻酔管理をCRNAではなく麻酔科医に予め依頼することもあるとのことであった。したがって、CRNAは難関をくぐり抜けてきた看護師ではあるものの、麻酔科医と同じくその能力はピンキリであるから、麻酔科医が十分にかれらの能力を見極めることでお互いの信頼を生み出すことが非常に重要である、という言葉が印象的であった。

今回の見学の総括として、USNHのCRNAは極めて優秀でありキャラクターも非常に友好的であったため、もし同僚にこのような方々がいたら周術期の医療体制はよりよくなるであろう、しかし一方で彼らのような優秀なCRNAを養成するためには、その教育体制を十分な計画と不断の刷新のもとで構築する必要がある、すなわち、看護師サイドのみによる大学院課程ではなく、当然に麻酔科医などの医師を計画段階から巻き込んだものでなければならないと感じた。

日本の医療資源においては、医師のみならず看護師も不足しているという点、さらに、それがゆえにCRNA養成機関で十分な教育を行う余裕があるとは決していえない点、また日本の麻酔科医や学会の特性上、また安全管理の最後の担い手を自負する職種たる特性上、規制緩和の実現が困難であろう点などを鑑みるに、日本にCRNAの制度を構築するのはまだまだ多くの課題があろう。とはいえ、医療過疎の地域で勤務した者であればCRNAの存在は極めてプロミシングなものに思えるものであるから、今後もCRNAを巡る議論を発展させ構造改革特区などで試験的な導入を進めていくことも日本の医療制度の改善に向かうものと私は信じている。

Referrences:
Brian Dulisse and Jerry Cromwell. No harm found when nurse anesthetists work without supervision by physicians. Health Affairs, 29, 8 (2010): 1469-75.
プロフィール
川上 裕(かわかみ ゆたか) 平成22年横浜市立大学医学部卒、会津中央病院での初期研修を修了。横浜市立大学附属市民総合医療センター麻酔科、および福島県郡山市の太田西ノ内病院麻酔科での後期研修を経て、現在横浜市立大学大学院生命医科学研究科博士課程1年。経済学士、麻酔科標榜医、日本麻酔科学会認定医。

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